第20話 祝福ではない不老不死

「こんなつもりじゃなかったんですよ」

「リークすればもう隠蔽できないから一般人に迷宮を開放のながれになると」

「今度こそ貴族も民衆も一体になって試練に挑むのだと」

「結局僕も一般人の気持ちわかってなかったんですね」

「ああ、こんなに僕ら恨まれてたんだなぁと」

「僕らの意図通りになるくらいなら死んだほうがましだと」

「死ぬ方が選択肢に選ばれるなんて恨まれすぎだろうと」


「なのに僕ら死ぬことすら許されないありさまになっちゃったんですよね。ははは……ははははははっ!」


 何時からだろう迷宮貴族とその恩恵に受けていた者達に一つの能力が発現したのは。



 不老不死。病にもかからず、今現在患っている病も完全に治癒する健康体を維持する不老不死。


 地上の誰もがそれを祝福として与えられたのだとは勘違いしなかった。


 それは間違いなく呪いなのだ。


「死に逃げるな」

「病で気を紛らわせるな」

「最後まで生き残れ」

「死んで責任を取ったつもりになるな」

「無駄だとしても抗え」

「お前達が戦え」


 そんな声を幻聴として聞いたものが多かった。


 異世界人はいつの間にか姿を消していた。


『神々の隔離処置が解けたらしいので帰還できることになりました。悪あがきかもしれませんが一応応援はしておきます。後、嫌な予感がするから一般人に対しての迷宮開放はやめておけと言ったはずだぞ、とだけ書き残しておきます。あれが憎悪の火をつけたと今だと分かる。やるべきではなかった』


 というどうでもいい書置きを残して世界から去った。







「本を読むのが趣味の一つなんだ。色々な物語が見れていい。迷宮貴族制度ができてからは検閲とかあって息苦しくなったのか味気ない文章が増えたように思うがね。迷宮貴族を打倒する物語。作者は殺されたがあれは今になっていうが嫌いじゃなかった。きっと人類の存続のためにはあの物語が現実になった方が良かったと思うんだよね」


「眠りにつく前の最後の言葉がそれか」

「死ねないから本当に眠りにつくだけなんだけどね。病も消えたから病気を原因にすることもできないよ。本当に僕ら恨まれているよねぇ」



 賀茂川重蔵がベッドで横になる段階になった旧友にかける言葉は数少なかった。


 色々な思い出を語った。あの頃は大変だったがよかった。あの頃は楽しかったとかそんな感じの話だ。



 不思議なことに楽しかったと話題に出るのは迷宮貴族制度が起こる前のまだそこまで老いていなくて地位もそれほどなかったころのことばかりだった。迷宮貴族になってからの良い思い出はあったはずなのに語られなかった。


「なあ、賀茂川。迷宮貴族なんて制度正しかったのかなぁ。人類存続がかかっていたのに一部の者が力を独占なんてやってる場合じゃなかったんじゃないか」

「今更だ。こうなってから言っても仕方ないことだろう」

「だよね。国民には申し訳ないことをしたなぁ」

「自分から死を選ぶなど軟弱でしかない。乗り越える機会は与えてやったのだからそれをものにすればよかっただけだ。それを選ばなかったのは奴らの方だ」

「散々甘い蜜を吸って今更乗り越える機会やるなんてただの傲慢だよ。償いをしてやった気になっているだけなんて叩かれていただろうね」

「……好きに言わせておけ。生まれも機会も平等に与えられるものではない」

「死ぬ権利だけは平等に与えられた。だからこうなったか」

「……そうだな」


「お前は迷宮に潜るのか。そんなに肥えた体をして」

「地上にはもう美味い料理と呼べるものがない。無くても生きられるのが忌々しいがな」

「ははっ。はあ、じゃあそろそろ眠るとするよ。眠りに逃げるなんて何事かとたたかれそうだけどね」


「眠りにつく権利も平等に与えられるべきものだ」


 旧友がまた一人終末長期睡眠プログラムに参加した。






 豚の魔物を持った剣で両断する。

 潜り始めた当時は突き出ていた腹も今は引き締まり、それどころか容姿も若返り精悍なものになっている。美容目的で潜るものもいたな、とふと思い出した。


 若さを金を大枚はたいてまで取り戻したいと思ったことはなかったので老いた容姿だったのに金の価値が何もなくなった今、その分以上の価値の若さを手に入れている。皮肉を感じて久しぶりに少しだけ笑った。


「賀茂川様、ほんと、強いですね。とても元は老人だったとは思えない」

「そうか」


 やることがなくなり迷宮に潜るようになった20以上下だったはずの男が今の自分より老いた姿で言う。若返りの具合が自分の方がはるかに大きいのだ。


 つまりそれは


「貴方は迷宮の申し子なのかもしれませんね。我々とは力がかけ離れている」

「正直、我々ではついていけないと言わざるを得ないです」


 自分の探索者としての才能が突出していること、そして他のメンバー達とかみ合わないことを意味していた。


 皮肉なことだ。


 迷宮に潜るつもりなんてなかったし、そんな肉体労働をする地位にはもういなかった。全てが破綻してやることがなくなり憂さ晴らしに迷宮に潜り


 老人であったはずの自分の才能が突出していた。


 迷宮の適正に老若男女関係はないと言うことを自分の身で今更痛感した。才能だって平等ではないのだ。だが、それでも意欲さえあれば少しずつでも成長できるはずだ。それが迷宮なんて嫌いになった自分の迷宮への評価だった。だからこうやってほかのメンバーと合わないのは自分の姿を見た程度でやる気を失った者たちにも原因があった。


「やはり効率を重視して成長しやすいと評判の笹倉ダンジョンにまた行くべきでは? 賀茂川様ならもっと」

「いらん。効率はどうでもいい。というよりもあそこは効率がいいわけではない。罠だ。今更気づかされるとは」


「は? 罠? 何を」

迷宮を罠と言わず何という。必要なのはそれだけではない。魂の練度も上げねばならんかった。完全に育成方針を間違えた。今更気づかされるとは最悪の気分だよ」


 しかも魔力を大量に保持するようになると能力の発現が体感遅くなるようだ。まだ魔力を薄くしかまとっていない初心者の頃や魔力が枯渇するほどの死闘で成長が早いのはそのためだ。魔力の増加は成長の証だと同時に迷宮からの肉体と魂の精錬を阻害する弊害もあったのだ。完全に育成ミスだった。


 だから進捗が遅かったのだ。効率的な成長だと勘違いして馬鹿な鍛え方をした結果高難易度の迷宮を踏破するには成長が足りずに進んでいない。


 不老不死でごり押しした面はあるにしてもこの勘違いによる成長速度の差を考えると見限られても不思議ではない致命的な失態だった。











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