第19話 予想以上にため込まれたヘイトが迷宮貴族を襲う
重鎮である賀茂川重蔵にとって、いやそれ以外のすべての迷宮貴族とされている者たちにとって夜会中唐突に中央に現れた異世界人を名乗る男によって告げられたその情報は寝耳に水だった。
中止された夜会の後、神に聞いてみればいいという言葉から神と交信が可能な技能を持つ巫女、最上位の神巫の少女に「異世界人の男が言った言葉は真実であるか」を訪ねるように言った。
巫女は頷いた後神を交信するためか目を閉じていたがびくりと一度身を震わせ、目を開いた時には涙を流していた。
「全て事実だ。神々はこの世界の者が試練としてしていた迷宮のすべてを踏破する見込みはないと判断している、と仰られています」
驚天動地の有様だった。順調だと思っていた迷宮探索が実は見込みがないと言われるほどに芳しい進捗ではなかったのだ。それはつまり16年後には試練の未達成で人類が滅ぼされる可能性が高い、ということを意味していた。
「どうする……こんな事実大衆に知られてはまずかったというのに!」
誰かがリークをした。
国民達はどういうことだと叫び暴動を起こしてきた。だが、年月をかけて築き上げた力の格差は多数の国民を少数の迷宮貴族で抑え込むことに成功していた。
「戦力が圧倒的に足りない……危険だが迷宮を開放するしかないか。今更事実は隠ぺいできんし終末まで遊蕩にふけることも出来んしな」
「何となくだがやめた方がいいと思うな」
「君の直感はろくでもない当たり方をするからご老人、覚悟をした方がいいぞ」
「誰だ!」
男は見覚えのある男だった。異世界人を名乗った男だ。隣にいる女は初めて見るがおそらくは同様の異世界人だろうと思われた。
「たぶん、貴方の思うような結果にならない。そんな気がする。もう民衆には期待せず何とかするなら自分達でした方がいい。というより今更迷宮に潜らせてもたぶん結果がついてくるまでに期限が来ると思う」
「黙れ! 異世界人風情が私たちの世界のことをあれこれ言うな!」
「他世界事だから権力者にも何のしがらみもないから遠慮なく言うんですよ。嫌な予感がする。やめた方がいい。ろくでもないことになると直感が言っている」
「黙れ!」
「まあ、そう言われるなら帰りますよ。ただ、心の片隅にでも置いておいてください」
「奴らの所在を特定しろ!」
「はっ!」
所在はつかめなかった。
迷宮の一般開放はされたはずだった。なのに潜るものは数千人程度。迷宮での取得物は高価買取する、と喧伝していたにもかかわらず全く迷宮に国民は関心を持たなかった。
「誰が今更潜るかよ」
「もう見込みないんだろ。無くなってから迷宮開放なんてするなよな」
「は? 何で迷宮貴族の人類滅亡の尻拭いを俺らにさせようとしてんの? 誰がやるか」
「迷宮貴族がやればいいじゃない。私達にいまさら押し付けないで!」
「皆さん! もうこの世に希望はありません! 悪しき迷宮貴族によって希望は潰えてしまったのです。終末が来たのです。皆さん安らかな死を迎えましょう! 我々は皆さんに安楽死を提供する用意があります。興味がある方は終末教団までぜひ!」
表に出なかった迷宮貴族への憎悪が最悪の形で爆発していた。
散々自分達の戦力格差を維持するために一般人を迷宮に潜らせなかったのに今更開放して潜れというその意図に絶対に乗ってやるかというほとんどの国民の怒りと憎悪が表面化していた。
「良いから人類のために潜れ! 人類が存続しなくて良いのか!」
「良いんだよ! もうどうでも! お前らのせいだからな! 知ったことか!」
「殺すぞ……え」
その市民は貴族兵の突きつけた剣を血が出るのもかまわず掴み自分から心臓に突き刺した。当たり前だが致命傷だった。
「お、おい」
「殺した、だ……ろ。希望なんて、感じて、ねえよ。いくらでも殺せ!」
そう叫んで男は命を落とした。動揺した兵に向けられた目は冷めきったたものだった。その数多の視線は兵達に恐怖を抱かせるに十分なもので。
「い、行くぞ! これは自殺だからな! 殺人ではないぞ!」
彼らの生きていた姿を見るのがこれが最後だと兵達は想像もしていなかった。
兵達は精神を病んだ。
<終末教団、猛威を振るう。この半年で一般国民89%以上自殺か。貴族への憎悪の火未だ鎮火せず>
支配者への牙の剥き方は必ずしも支配者へ向けられるとは限らない。それを貴族たちは想像もしていなかった形でこれ以上ない最悪の形で牙をむいた。
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