第16話 あるAクラス生徒の話題の迷宮探索実習 第二、第三迷宮
誰も話しかけなかった。もともとうまく返せないからあまり話しかけるな、とは言っていたので質問は少なかったけどそれでも皆無ではなかった。でも今、近くにいるだけで酷く私たちの精神を圧迫するその人は間違いなく子の迷宮を踏破した怪物なのだ、と魂で納得できた気がした。
静かに、でも確実に歩みは進めていく。
まるで道が分かっているようにその歩みに迷いはない。たぶん地形把握の能力だろうと思う。とんでもない能力をいくつも持っていて自分達とどれくらい差があるんだろう、少しだけ気になった。
魔物がいるのは確認できていた。でも襲い掛かってこない。まるでも何も確実に匿名さんを恐れて攻撃してこないのは明らかだった。
「こちらから攻撃はしないように。死んでも責任は取りません」
そう釘を刺されたので攻撃を試しに加える、ということもしなかった。魔物が本来の攻撃性を発揮して襲ってきて自分たちが勝てるか分からなかったからだ。というより数十人死傷者がでているので確実に私たちより強い可能性が高い。
十体以上群れていた黒い蝙蝠も。艶やかな鏡のような数体の黒い歩兵も襲ってはこなかったが確実に強敵だと受けるプレッシャーが教えてくれた。
それらが攻撃することすらあきらめる目の前の人は何度も思うけどどれだけの怪物なんだろう。本当に元は人間だったのかすら疑わしい。
そうして4度の階段を下り、第一エリアと同じ5層目の最深部に到達した私たちを待っていたのは。
「無駄に戦わせるなって言いたいんでしょうね。本当はここに黒い騎士がボスとして立っていたんですよ。奥に行くための鏡二つだけ残して姿消してますけど。多分予想では切るという概念をまとった攻撃をしてくるので概念での攻撃を防御できる概念防御の一つか二つくらいは発現させておいた方がいいと一応言っておきます。結界だろうが何だろうが概念攻撃防ぐ手段ないとすぱすぱ切ってくると思われるので」
「多分です。その前にこっちが先手必勝で倒しているのでどんな攻撃手段を持っているかは詳しくは知らないです。聞かないでください」
「簡単に倒せるのかよ……」
「まあ。回復、あるいは再生系で強力な能力も必要だと思いますけどね。復元辺りがいいんじゃないでしょうか。死の概念付与じゃないのでたぶんそれで再生できるはず。まあ確実ではないですけど」
いや、復元って。そんなもの軽々と使えるわけないでしょ。ときっと誰もが言いたかっただろうけど誰も言わなかった。
それは黒い縁の大きな二つの鏡だった。転倒防止機能もついているように見える。
「個々の騎士が落とす鏡二つを使って次の迷宮に行くんですね。まあ、うっすら察している方もいそうですが一応説明を。一つは壁に可能な限り貼り付けて、もう一つは向かい合うように設置します。これで完成です。合わせ鏡というやつですね」
「第一エリアは一つの鏡を使って合わせ鏡のエリアに進む道を作り、第二エリアは合わせ鏡を作って三面鏡のエリアに進む道を作る。四面鏡が無いのは難易度上げすぎないためか。ま、準備はできました。心の準備が済んだなら行きましょう。第三エリアは長居はしないで短い時間で踏破します。いるだけでたぶんつらいと思います」
私たちはその第三エリアのことを一生忘れないだろう。
「何だ、これは」
「明かりはいらないです。効果がないので。ここは本当の意味で闇。概念をまとった光で照らすか、あるいは空間を規定する能力がないと先に進むことすらおぼつかないです。今、道を規定しますね。まっすぐ進めば良いようにするのでここにいるだけで気持ち悪くなるという人もいると思うので早めに移動しましょう」
気持ち悪い。何もかもが気持ち悪い。まるで周りの空間が意思をもって私たちの存在を侵食しているようなそんな気持ち悪さを覚える。
このままいたら自分が自分じゃなくなるような気がした。空間に溶けて自分が霧散するような気がする。早くここから抜けないと
「規定終わりました。行きましょう。あたりにいる敵には間違っても攻撃しないように。効く相手ではないですけどたぶん反撃されて死にます」
それから先の記憶はあまりない。
「ステータスオープン」
木崎ほのか 状態 正常
発現能力
植物操作 千里眼 飢我耐性 魔力貯蔵 迷宮一時接続 能力閲覧 概念弱耐性
侵食耐性 迷宮干渉
「増えてる」
耐性系はともかく明らかにやばいのが増えている。暗視が千里眼に代わっているのもそうだけど 迷宮干渉ってなんだ。やばすぎだろう。なんでこんなの得てきたんだろう。
ふと、何度か明らかにこちらに視線を向けているのを思い出した。
「気のせい気のせい。ま、収穫の多かったし良しとしよ!」
……そうとらえることの出来る自分は思ったより図太いんだろう。
あれから何人かは専業探索者はやめることを宣言していた。そして何人かはいつかはあの迷宮を自分たちだけの力で踏破するんだと決意を宣言していた。
あの迷宮実習はあまりに大きな影響を私たちに与えた。
後になって思う。これは過ぎた毒だったのだと。
「あのエリアは完全封鎖することにした。危険すぎる。潜るべきではない」
「は? 何言ってんだ? 安全な迷宮だけ潜れってことか? 探索者が危険を呑み込めないでどうすんだよ。安全しか求めないんだったら子供のまま事みたいな迷宮にだけ一生生徒を潜らせてろよ」
「別に危険を避けろと言っているわけではない。だがあそこはあまりにも!」
「秋島先生……失望したぜ。探索者はそうじゃダメだろうがよ」
「受け入れていい危険と絶対に避けなければいけない危険は違う! あれは後者の方で」
「うるせぇ、もうそれ以上情けないこと言わないでくれよ!」
火種は確実に生まれていた。のちに三面鏡の迷宮の占拠を目的とした生徒たちによるクーデターの、そのきっかけの出来事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます