第8話 ある末期患者1の迷宮潜り(後)

 もうここまで来たらやるしかない、という雰囲気だった。信じていいのかどうかは分からないが国家プロジェクトというなら大丈夫だと信じたい。でも大規模な人体実験だったという可能性もありそうで困る。半信半疑よりは疑いが濃い、くらいの感じだった。他の人も似たような感じだと思う。



「とりあえず進みましょう。この迷宮は滞在するだけである程度は肉体の状況は改善されていきますがあくまで難易度は初級相当なのである程度、です。これから貴方が直面することになる試練を越えることで初めて完治した、という状態になることになります」


「試練って……私達が何とかなるものなんですか?」

「今回の最終目的地である1層最終エリアなら何とかなります。というよりもとよりここは神がそういう用途で作った迷宮なので病に弱った人ではどうにもならない、クリアできません、なんてことにはしていません。なのでそこは安心していいです。というより健康な人がここに入るととんでもない難易度になるので逆にまずいです。病で死にかけの人こそ難易度が低い場所なんですよ。どういう意味かはこれから向かう最終エリアで詳しく説明しますね」


 何だそれ。意味が分からない。病気の人ほど難易度の低い迷宮? 


「逆に怪しく思う方も出てきたかもしれませんが、これだけは言わせてください」



「私は若くして死に別れするお涙頂戴な展開。好きじゃないんですよ。ご都合主義でいいから助かれよと思うタイプです。だからこの迷宮という病を克服する手段のあるこの世界、好きですよ」


 振り向かずに、そもそも仮面をしているのでどんな表情をしているかは分からないけど。なんとなく信じていいような気がした。






「到着です。それほど距離はなかったはずですが疲れた方はいますか? この迷宮の性質である程度体調は改善されたはずですがそれでもきついという方は挑戦を後にしてください。全然大丈夫、という方は説明を兼ねた少しの休憩をはさんで挑戦をしていきたいと思います。ひとまずその場でお座りになって休憩なさって下さい。耳だけこちらに意識を向けてくだされば」


 全員が座り込んだの確認した黒さんは一つ頷いて再度口を開いた。


「まず、これから皆さんはあるモンスター一体を討伐していただきます。病を越えると書いて病越の間と呼ばれるこの先の部屋はあなた方の体内をむしばむ病魔があなた方の体が飛び出して魔物の姿を形作ることになります。それを討伐すれば皆さんの病気は完治ということになります。これが特殊なもので病の状態が悪いほど現れる病魔は弱い、というよくわからない性質を持っているので皆さんのようにかなり病気が重くなってからお呼びするという事になってしまったわけです。お呼びするのが遅くなり申し訳ありません。討伐できませんでしたという事になるのは避けたかったのでギリギリの状態を見極めさせてもらいました」


 今日一日で何回も同じこと思った気がするけどまた思う。


 わけわからん。


「そんなよく分からないことってあるんですか?」

「病人に強さを求めるわけにはいかないというのを神様なりに考えた結果がこれなのではないかと言われていますね。まあ神様の考えなんてどうでもいいです。治ればそれで良いので。皆さんもそうだと思います」

「……まあ、そうではあるんですけど」


 治ればいいと言われればそうだけどよくわからないのを放置しておくのは気持ち悪さも感じるんだけどな。いややっぱり治ればどうでもいいか。


「皆さんの体内の病を魔物として現出させるというものである以上健康な人がここに来ると実体化させる病魔がないという事になるので代わりにとんでもない強さの魔物が現れます。しかも苦労して倒しても特にうまいドロップがあるわけでも役立つ能力が発現するわけでもないので本当にくる意味はないです。そういう意味でここは病人の方のための迷宮という事になりますね」


「なるほど」


「では、挑戦したい方はいますか? ぼちぼち始めたいと思います」





 僕の病魔は宙に浮く心臓だった。そしてすごく弱かった。そして倒した瞬間体が明らかに軽くなったのを実感した。


 治った。どうしてかそう直感した。



「ここから先は今度こそ病にかからないより強靭な体を手に入れるという健常の間となっています。これでこの迷宮は終わりですね。ただこのプログラムは病さえ治ればいいのでここから先は希望者のみとなります。受けなくてもいいので帰りたい方はこっそり後をついてきていた他の職員の方と一緒に帰ってください」


「でも健康な人がここを通ろうとするととんでもない強さの魔物が現れるからもう一回ここを通るのは難しいですよね?」

「まあ、そうですね」

「なら先に進みます。病気はもうこりごりですから」


「皆さん、そう言ってここで帰られないんですよね。ただ、危険度が増すのだけは覚悟しておいてください。生きて帰すために私がいるので死ぬ心配はしなくて大丈夫です」



「さて、行きましょう」


 黒さんという通り割と危険だったけど黒さんがある程度フォローしてくれたので死ぬことは無かった。




「そういえば、同じ末期患者回復プログラムで生還した方の一人が立ち上げたギルドがあるんですよ。私がマスターやらないかと言われたんですが器じゃないので名ばかりの顧問やってるんですけどね」



「リバイバル、といいます。入会条件はこのプログラム受けた方、だそうです」




【TIPS】リバイバル

 末期患者回復プログラム帰還者の一人が立ち上げた探索者ギルド。このプログラムを受けたことで迷宮による自己研鑽に目覚めたものが非常に多く生まれたため立ち上げた。高難易度の迷宮を長期滞在するものが非常に多いため所属探索者の能力は非常に高く数は少ないが総戦力はギルド一位のエクスプローラーズに迫るほどだと言われている。逆にサポート関係の人材は少ない。死亡者も多いがなぜかそれでも探索者として骨を埋める覚悟を持ったものが多いという。信条は迷宮での行動による死は自己責任。







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