第7話 ある末期患者1の迷宮潜り(前)

 長くは生きられないでしょう。6年前の8歳の時にそう医者から告げられた。


 治せる薬はあるらしい。ただ、それは僕のような一般家庭には到底払えるものではなかった。


 両親は4年前に薬代を稼ごうと迷宮探索に出て生きて帰ってこなかった。だから薬を手に入れる当てはなく、僕はそのまま死を待つだけだった。


「末期患者回復プログラムを受けませんか?」

「何ですそれ?」

「昨年から新設された余命告知を受けた患者さんが受けられる病気治癒を目指すプログラムらしいです。急に出来たプロジェクトで詳しい内容はよく分からないんですけどね。ただ、重病の方の完治を目指す、という意思に偽りはないという説明は受けました。かなり結果が出ているらしく希望はありますよ。今回貴方が参加資格を得たと通知を受けました。参加自体は自由らしいですけど私は参加したほうがいいと思います」

「はあ」

「どうしますか? 強制はできないので気が乗らないというなら不参加と返答しますが」

「治るとは思えないですけど受けますよ」


「死にたくありませんから」


 そんなやり取りを馴染みの看護師さんとした。




 僕と同じ境遇らしき人達でここに集まったのは50人くらいだろうか。一時的にある程度動けるようになる薬とやらを注射されて久しぶりに自分の足で歩けるということに喜びを感じていた僕だが正直今から受けるプログラムとやらにほとんど期待していなかった。今まで治らなかったのにどうして治るなんて希望が持てる? でもやれることは何でもやっておきたい。それだけの理由で参加を決めた。


 というより病院から最寄りの転移門(利用料はそれなりに高い)でやってきたけどここどこなんだろうか? 周りは自然だからけで今ここに患者達が座っているここだけ最低限整備しておきましたみたいな場所だ。


 そして一番目立つのは石の門だった。石の門だけが僕達から前方に少し離れた場所に立っていて門があるなら近くにあるはずの建物や柵などは一切ない。門だけそこに立っている姿ははっきり言って異様だった。



 でもそんな疑問を解決できる存在はある。


「迷宮、なのか?」

「だよな? たぶんあの先迷宮になってるよな?」


 僕と同じ結論に達した人達が何人かいたようで僕の代わりに口に出してくれた。そんな困惑に包まれた雰囲気は長くは続かなかった。いや、別の困惑になったと言えるかもしれない。


「お待たせしてすいません」


 黒づくめの服装に黒い仮面のとんでもなく怪しい人がやってきたかと思うと


「ただいまより末期患者回復プログラムを始めたいと思います」


 そう宣言したのだ。





「病気で苦しい中長々とした話など聞きたくないでしょうから出来るだけ要点だけ話します。まずは自己紹介を。私は黒乃手と申します。何か用事があるときは黒さんとでも呼んでください。次に今からあなた方がすることになることについて説明を」


「何なんですか?」


 黒づくめの怪しい奴から言葉に不安な気持ちを殆どの人が抱いたのは間違いないだろう。その気持ちを代表して誰かが質問してくれた・


「迷宮に潜ることです。出発しましょう。体の具合を考えて詳しい説明は中に入って迷宮潜りをしながらしたいと思います」


「これは国家が主催するプロジェクトです。貴方がたを陥れようとかそういった意図はないという事を出来れば信じてほしい。この怪しい恰好は……まあいろいろ原因があるのですが出来れば気にしないでくださると助かります。このプラグラムが完了して貴方がたが病を克服したときに仮面を取りたいと思います。あまり説得力のない容姿なのでプログラムを終えるまでは不安にさせないためあえて仮面をしているとだけ伝えておきます」


 逆に不安になりそうな説明だがまあ気を使った結果があれだと言いたいのかもしれない。ある意味逆に信用はできそうな気はしてきた。


「では、これから目の前の門から迷宮に入りたいと思います。ついてきてください」






「皆さんは迷宮はその性質がいくつか分かれていることをご存じですか?」

「分かれている?」


 中に入ってすぐ皆でぞろぞろと黒乃手さん、いや黒さんの後ろをついって行っていると唐突に黒さんはそう言いだした。


「そうです。ドロップアイテムが有用な迷宮とかが分かりやすいですかね。つまりその迷宮で得られやすい成果が何なのかによって分類がされているという話です」

「はあ、それがどうかしたんですか?」

「今のこの状況に大いに関係がある話です。つまり迷宮は1000以上あるのはご存じのとおりですがそれぞれ得られる利益の形が違うんですよ。さっきも言った通り分かりやすいのがドロップアイテムが落ちやすい、あるいは有用性が高い迷宮。つぎにマグマだらけとか炎の要素の強い迷宮に潜ったら炎耐性とか炎に関連した能力を発現しやすいとかそういう能力開発に向いた迷宮とかそういったのです」


 そこにくるりと体をこちら回転させて向き合った黒さんは言った。


「ならこの迷宮はどういう性質を持つのか予想できる方、いますか?」

「いや、余命告知された奴らが集まっているんだから病気を治す迷宮なんじゃないんですか?」

「そうですね。もちろんそれもあります。ですが正確に言うならこの迷宮はより優れた肉体へと変質する性質が大きい迷宮、となります。その体の変質の過程でついでに病を克服する、というのが正確な説明になりますね」


「は?」


「さっき例に出した炎の迷宮が精神や魂を強化するものだとしたらこの迷宮は肉体を強化する性質をもつ。代わりにドロップは糞マズいですし、精神や魂由来の能力はほとんど発現しない。優れた肉体を得られるだけの効果に特化した迷宮となります」


「ちなみに何回か同じプログラムを開催しておりますが皆さん一人も欠けることなく病を克服されていることは間違いありません」


 ええ……信じていいのか。これ。信じるにはうさんくさすぎる人なのが問題だった。







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