第4話 人と魔の子

 基本的にいじめはないと前に言ったと思う。


 あくまで基本的にだ。俺みたいな元ニートで性格もあれなコミュ障でも孤立で済む程度にはいじめの少ない世界だが例外はあった。


 人と魔物の間にできた子供だ。基本的にそういう子供は弾圧を受けないようさっさと似たような境遇の人が集まる特定区域に引き取られていくのが普通だが偶に魔物側が高位の存在で人間と見分けがつかないような者が親の場合がある。その場合出生時の検査をすり抜けてしまうことがあるのだ。



 よりによって性格で素で孤立している俺に唯一挨拶をしてくれる優しさを持つ白輝君がそうだった。というより俺は普通に気付かなかった。鑑定能力はあった。だが同級生にプライバシーを害するようなもの使いたくないと使わなかったのだ。

 人と付き合いはしていないのに鑑定で人の能力を丸裸にして把握しておくというのは何か印象悪いな、と自分で思ったからしなかった。調べた結果余計な情報を知ってどう反応すればいいか困らないためというのもあった。


 プライバシーとか気にせず使っていたら白輝君が人魔という情報を得られたはずだ。そしたら穏便に事情を告げて引っ越しをするように勧められたかもしれない。


 今まで6年間一緒に小学校生活送ってきたのに魔物の血が半分混じってる程度で嫌いすぎだろ……とドン引きだ。正直訳が分からない。迷宮潜っていたら肉体はだんだん人から変質していくんだから別に半分魔物の血が混じっていた程度でもそこまで嫌うことないと思うんだが。


 それで嫌うなら俺はそもそもガワだけ人間の姿してるだけでもう完全に人間じゃないからよっぽど白輝君より化け物だわ。というより上位探索者みんな化け物扱いになる。性格も俺より白輝君の方がよっぽど良いだろ。ってか魔物から助けてもらったことのある奴くらい味方しろや、と心の中だけで思った。




 誰も来ないよう認識阻害の結界をかけた校舎裏。一メートルもないフェンスと校舎の間にある雑草まみれの狭い空間に座り込んでいる闇堕ちしたんじゃないかと疑う顔つきになった白輝君に声をかけた。



「気にすることはない。今まで小学校で長い付き合いしてきたのに片親が魔物だった程度で手のひら返す奴は思っていたより仲が良くなかったというだけだ」


 言葉は帰ってこなかった。よお、とか短い挨拶とかしとくべきだったかな……分からん。まあ仕方ない。近づきすぎず立ったまま言葉を続けることにした。


「引っ越したほうがいい。もしかしたら時間をかければ分かり合える奴もいるかもしれないけどそれ以上に最後まで分かり合えそうにない奴らが多そうだからな。これ以上酷い目に合う前に転校とかしたほうが良い」


 ゆっくりとこちらに振り向いて濁った眼をしながら初めて口を開いた。

「俺が気持ち悪いからいなくなれってことか」


 今まで聞いたことがない声だった。あ、これは誤解しているわ。そういうつもりでいったわけじゃないんだよな。


「片親が人型の魔物だった程度で気持ち悪く思うなら俺にとってそれ以上に気持ち悪い奴らは沢山いるわ。そもそも迷宮に潜る時間が長くなったり高難易度の迷宮に潜ったりしたらだんだん人間やめていくことになるんだから白輝くんより上位層の探索者のほうがよっぽど人間やめてるよ。そういう意味で親が魔物だったから程度じゃ俺は気にならない」


 いや、嘘でもなく魔物交じりだろうと迷宮には二月に一度の小学生以上に義務化された迷宮探索とたぶんプライベートで何回か迷宮に潜った程度の白輝君よりよっぽど上位探索者は人やめてるよ。


 ……まあそれを分かったとして特に犯罪とか炎上沙汰みたいなやらかしをしない限りは神の試練のクリアに挑む彼らを化け物呼ばわりしていきなり叩き出したら特定されて政府から『指導』が入るんだけどな。洗脳まがいのことやるらしいが怖いのでどんなことをするのかは聞いてない。


「引っ越せといったのはこの学校に苛められながら居続ける意味なんか無いと俺は思ったからだよ。両親と一緒に政府から多分来てるだろうおすすめの地域案内に書いてあるどこかに引っ越したほうが良い。ていうか俺なんかよりよっぽど白輝君と仲良かったはずなのに手のひらを返したように苛めだすのが気持ち悪いからさっさとあいつらとは縁を切ったほうが良いと思ったからそれを言いに来た」


「そんなこと言ってくれるほどお前とはそんなに仲、よくはなかったと思うけど」

「朝と夕方欠かさず挨拶してくれたからだよ。知ってるかどうかはわからないけど俺はクラスの奴と誰ともまともに付き合いはないし話もまともにしたことはない。ぼっちってやつだよ。そんな白輝君にとっては俺に特に大したことをしたつもりがなくても俺にとっては朝と夕方の挨拶は嫌いじゃなかった。だから何の付き合いもないクラスの奴より白輝君のほうを味方をしようと思った。それだけだよ」


 まあ白輝君にあからさまに肩入れしたから評判下がりましたなんてことになろうがもともと底辺に近い評価なんだからどうでもいいや。気分は無敵の人状態だ。苛めのターゲットが移る? 別に仕事に専念とか言って不登校で卒業してもいいしどうでもいい。両親もいないし害が及ぶ親類もいないから何にも気にならない。こういうとき小学生なのに政府と仕事でつながりがあるのは役に立つよな。収入には困らないから生活も困らない。もし何かあっても国がいい感じに解決してくれるだろうという安心感があった。


「そうか……ありがとう」

「気にするな。白輝君は人助けも良くしてた良い奴だったのもあるしな。だからもう一度言っておく」



「別にここでむかつきながら暮らす必要はない。苛めてくるようなやつをいやいや助ける必要もない。こことは違う場所で助けたらちゃんと助けてくれてありがとうって言ってくれる人だけ助ければいいと思うよ。そしてここのクラスの奴らは気づけばいい」



「無償で体を張って魔物から守ってくれるヒーローがいるのがどれだけ貴重だったのかを失ってから気づけばいい」



 この言葉が響いたかは正直わからないが一応流れで連絡先は交換した。

 数日後、白輝君は同じ魔物交じりが集まっている区域へと転校していった。


 正直目視できるところで襲われていたりしない限りはわざわざ遠くまで俺はクラスメイトを助けに行かないからな? 俺の性格のせいも原因ではあるけど全然助けたいと思わせる交流がない。だから魔物交じりかどうかより今まで一緒に過ごしてきた人格の方を信じて付き合えばよかったんだ。きっと少し前の白輝君ならクラスメイトの危機に全力で駆けつけてくれただろう。


 迷宮氾濫で魔物があふれてくることも普通にあるようなこの世界で人助けをしてくれるヒーローが近くにいることの有難さを軽く見すぎだよ。この世界ではそれが命取りになる可能性が普通にあるってのにな。


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