第11話 リアリティの恐怖

「こ……これは!!」


 先生は手を震わせながらスケッチブックを置いた。


 それを部員たちが見る。


「うーん、とりあえずこの角度でもパンツとはわかるな」


「陰影もいいけど、ちょっとなんか部長のと比べると古く見えるっていうか」


「雑な印象があるな」


「なめらかさに欠けるね」


「使い古されたパンツ?」


「ははは、そう言われると味があるかも」


「でも、部長の勝ちじゃね?」


「私もそう思う」


「新人くんに勝ってほしかったな-」


 誰もが口々に部長の方がいいと言った。


『あちゃー、何やってんだよ、芳昭。負けてんじゃねぇかよ』


『ふ、わかってないな。僕の目的はこの勝負に勝つことじゃない。倉中のパンツを手に入れることだ。僕はここでどう評価されようと何も困りはしないのさ』


『ああ、はいはい。確かにその通りだよ。だけど、あの子のパンツが手に入る流れになったとは到底思えないぜ』


 カールの愚痴が聞こえたところで、先生が言った。


「君たちはどこを見ているのだ。この絵の恐ろしさを何もわかっていない……」


 ふ、先生だけは気づいたようだ。


「恐ろしい?」


「この絵が恐ろしいだって?」


「……は!」


「こ、これは!」


 小さく描かれたそれに気づくと誰もが驚愕の声を上げた。



「はるか」



 パンツのゴムの辺りに小さく名前が書いてある。


 誰もが倉中を見る。


「え、何?」


 その後、僕を見る。


 僕は勝ち誇った顔をしてみせる。


「ま、まさか!」


 この使い古された感じ。


 ちょっとわかりにくい角度からの、生活感のある描写。


 そしてそれを所有者と共に見たのではないかと思わせる記名。


 すべての人に同じものを想起させる。



 ――不純異性交遊!!



「に、西館……お前まさか……やっちまってるのか?」


「ふ、それはここではなんとも言えないな」


 僕は髪を掻き上げる。


 部員たちはその姿に恐怖を覚える。


「え、どうしたんですか? 私にも見せて……あー、なんで私の名前書いてるのよ。やめてよ、恥ずかしい」


「ははは、ごめんごめん」


 書かれた本人だけが気づかず、普段どおりの様子を見せる。だからこそ、余計に想像はかき立てられる。


 ――まじで?


 ――この二人、そうなのか?


 ――やっちまってるのか?


 ――私たちが漫画にして喜んでいるのを、リアルでやってるの?


 真偽は誰にもわからない。


 だが、言い知れぬリアリティがそこにはある。


「お、お、お、お前! よりにもよって春香ちゃんの名前を書き込むなんて! どれだけ心がねじ曲がってるんだ!」


「そうですね。僕は心がねじ曲がっているようです。まあ、こんなのは僕にしか描けないでしょうし」


 ――僕にしか描けない?


 ――僕しか見たことがないから?


「うぎゃああああああああ!!!」


 突然叫んだかと思うと、部長は泡を吹いて倒れた。


「部長が新人の絵を見て倒れたぞ」


「負けを認めたんだ……」


「すげえ絵だ……」


「恐ろしい、恐ろしすぎる……」


 先生が宣言する。



「この勝負、西館芳昭の勝利!」



「うわー、よかったね」


 喜んだのは倉中だった。


「これでもうつきまといはなくなるね」


「あはははは」


 苦笑いした。


 彼女もつきまとわれるのは嫌だったが、こんなみんなの前で部長に屈辱を味わわせるのは望んでいなかったのだろう。


「というわけで、このパンツは君のものだということになった」


「え?」


 僕は爽やかに倉中にパンツを渡した。


「ちょっと、これは私のじゃなくて先生のだよ」


「いや、そのパンツは君がもっていてこそ価値がある」


 先生も納得のようだ。


「さあ!」


 ぐいと差し出すと、倉中は一歩後じさった。


 完全にドン引きしている。


「このおかげで僕は勝つことができたんだ」


 ほとんど強引にパンツを握らせる。


「このパンツは君のものだ」


「う、うん……」


 すごく嫌そう。


「じ、じゃあ、これは私からの勝利のプレゼントだよ。おめでとう、西館くん!」


 とにかく受け取りたくないから投げやりなのがあからさまだ。


 僕はニヤリと笑った。


「そうかい、ありがたくもらっておくよ」



 倉中から、パンツをゲットした!!



 今の流れで確かにパンツは先生から倉中へ譲渡され、所有権は倉中へと移った。そしてその直後、倉中は僕へパンツを譲渡した。


 僕は二枚目の美人のパンツを手に入れたのだ!


 ◇◇◇


「ふ、すべて計画通りだったな」


「何言ってんだ。全部行き当たり場当たりじゃねぇか」


「それも計画のうちさ」


 帰る道すがら、カールは鞄のポケットの中からずっと説教してきた。


「しかしよ、あんな感じでパンツをもらっても大丈夫なのか?」


「あんな感じとは?」


「だってよ、あれはもともとあのメスのパンティじゃなかったじゃねぇか。ぱっとそいつのものにしたらもらってもいいのか?」


「美人の使い古したものとか脱ぎたてのものじゃないとダメなの? だとしたら、洗濯したものもダメだし、神様ってかなりの変態だってことになるね」


「うーん、確かにそうだな。まあ、大丈夫だと信じよう」


 ◇◇◇



「おはよう、西館くん」


 翌日、透子と一緒に登校すると、これまでにないほど明るい倉中が挨拶してきた。


「おかげで、つきまとわれなくなったよ」


「そうか、よかったね」


 肩の荷が下りてずいぶんと晴れ晴れしている。


「おはよう、春香ちゃんだっけ」


 透子も挨拶する。


「あ! おはよう、透子ちゃん」


 倉中は透子に抱きついた。


 まあ、女子同士でなら比較的よく見られる光景だ。


「あれ、いつの間にそんなに仲良くなったの?」


「もちろん、昨日からだよ」


 へー、それでこういう関係になるもんなんだな。


「透子、おはよう」


「今日も元気だね、透子」


 生徒たちが続々と登校してきて透子を連れ去ってゆく。


「はああ……かわいいわ、透子ちゃん」


 見送る倉中はなんだか妙にキュンキュンしている。


「好き好き好き好き♡ 透子ちゃん、大好き♡」


 そう言って追いかけて行ってしまった。


「…………」


 まさか、こんな感じで虫がわいてくるとは思わなかったな。


 悪い虫は見つけたら早々に駆除しなければ被害が大きくなるだけだ。


 害虫は焼き殺してしまうのが一番いい。


 僕は一早く三枚目のパンツゲットに取りかかる必要があった。

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幼馴染みといちゃラブになるためにパンツゲットの道を究めます! ヴォルフガング・ニポー @handsomizer

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