第10話 デッサン対決

「ふふふふふ、まあいい。デッサン勝負、受けて立とうじゃないか。これで君が負けたなら、入部は認めないからな」


「いいぞ、部長!」


「部長が負けるはずないわ!」


「全国コンクールで受賞した実力を見せてくれ!」


 ほう、やはりかなりの実力者のようだ。


「いいですよ。ただ、部長が負けた場合はどうするんですか?」


「ははは、部長が負けるわけないわ」


「お前は素人レベルではうまいってところだぞ」



「じゃあ僕が勝ったら、倉中さんへのつきまといはやめると誓ってください」



「は?」


「え?」


「何を……」


 部員たちの部長を見る目がどんどん怪しくなってくる。


「な、な、な、何を言ってるんだ! 俺が春香ちゃんにつきまといなんて」


 あわてて倉中を見ると、彼女はそのまま僕の背中に隠れた。


「あ……」


 部員たちの眼差しはもはや軽蔑へと変わっていた。


「頑張れ、新人!」


「部長をやっつけろ!」


「あなたの才能は確かだから!」


 すげー手のひら返しだ。


「くっそー! どいつもこいつも! 俺がそんなことするはずないじゃないか! 見てろよ!」


 涙目になりながらスケッチブックを用意してる。


「では、これからデッサン勝負を始める!」


「先生、お題のパンツはどうするんですか?」


 倉中が僕のために脱いでくれるはずだ。


『そんなわけねーだろ!』


 カールが念話で突っ込んでくる。


 ぬうう、しまった。確かに公衆の面前で脱ぐはずもない。


「これだ!」


 先生は準備室の机の中から女性もののパンツを取り出した。


「せ、先生がなんでこんなものを?」


 誰もが驚いた。


「安心したまえ、私が穿いたわけではない。とてもきれいなパンツだ」


「どうしてそんなものが、こんなところに?」


「さあ、勝負を始めるぞ!」


 先生は質問を無視した。



「評価ポイントは質感! 肌に触れてしっとりとしつつもふんわりと包み込んでくれそうな柔らかさをいかに表現できているかを問う。もちろん、デッサンなどが崩れていれば減点となる」



 机の上に丸めた紙を置き、その上に丁寧にパンツを置く。


 適度なしわがパンツの柔らかさを引き立てている。


 パンツの置かれた机の前に僕と部長、そこから一メートルほど離れて囲むように部員たち二十名ほどが並んだ。


 倉中も心配そうに見つめている。


「制限時間は二十分だ。時間内に可能な限りの表現をしてみせなさい」


 二十分か。


 描けと言われて描けない時間じゃない。


 適当な当たりでよければ数分でできる。


 しかし、究極の質感が求められている。


 こだわり始めればきりがないだろう。


『どうするんだ、部長はかなりの手練手管らしいじゃねぇか』


 カールの心配が念話を通じて届いてくる。


『いや、僕は負けない』


『お前、これまでのプラン無茶苦茶だったじゃねぇかよ。また適当に強がってるだけなんだろ? 俺様の神の力でうまく描かせてやるよ』


『ふ、真剣勝負で神の力を借りるわけにはいかないな。まあ見ているがいい。二十分後、勝利しているのは僕なんだから』


 僕は髪を掻き上げた。


『こいつ、ここにきてもわけのわからん自信を持ってやがる!』


 僕と部長はそれぞれの最高のポジションをとり、パンツの前に着席する。


「では始め!」


 結局、僕と部長はパンツを挟んで反対の位置になった。


「おや、君は正面から描かないのか? 題材がはっきりわからないとそもそも絵の価値はないんだぜ」


 そうだ。パンツは正面からでないとその美しさを表現することはできない。僕はその反対側から描こうとしている。


「安心してください。それでも描くのが真の実力ですから」


「ふふふふ、まあ俺の絵を真似ようとしないところは褒めてやるよ」


「美しさの表現は一つじゃない。わざわざ真似なくとも、僕は完璧な質感を表現してみせますよ」


「お前は『減らず口部』に入ればいいんじゃないか?」


 初めの一分こそはちょっとした言い合いになったが、すぐに集中して黙々と絵を描くことになった。


 研ぎ澄まされた静謐が美術室を包む。


 シュッシュと鉛筆がスケッチブックの上を滑る音と時折消しゴムを置くコロンという音が響く。


 自らの呼吸音さえも邪魔だと思えるほどの魂の極限がそこにはあった。


 ◇◇◇


「――時間です」


 静寂はタイマー係の声によって吹き消された。


「どうなんだ?」


「部長はかなりいいの描いてたけど」


「新人くんも悪くなかったわ」


「だけど、やはり正面からじゃないと題材が何であるか一目ではわからない。奇をてらったつもりかもしれないが、正しい作戦じゃないと思うぞ」


 後ろから見ていた部員はそれぞれに評価していたが、見比べたわけではないのでどちらがいいとも言えない。


「では、部長の方から見せてくれたまえ」


「はい」


 部長がスケッチブックを顧問の先生に渡す。


「ぬうう! なんとなめらかなパンツだ!!」


 先生は眼鏡を外し、食い入るようにスケッチブックをのぞき込んだ。


「スケッチブックはその性質上、表面にかなりのでこぼこがある。それ故に鉛筆で塗るとそのでこぼこが浮き上がってしまい、なめらかさとは逆の印象を与えることが多い。だが、見事な陰影の与え方によってむしろそのでこぼこがなめらかさを際立たせている!!」


「おお!」


 先生の評価に部員たちが駆け寄る。


「すげえ、本物みたい」


「やわらかそう」


「穿いたら気持ちよさそう」


「かぶってみたい」


 部員たちは大絶賛だ。


『おいおいおい、やべえじゃねえか。芳昭、お前本当に勝てるのか?』


『まあ、勝敗を決めるのは僕じゃないからね。勝負は時の運さ』


『それって、かっこつけて負けを認めてるだけだろ!』


 カールはどうも肝がすわってなくてうるさい。


「では、次に西館くんの絵を見せてもらおう」


「はい」


 先生はスケッチブックを見た。


「ぬうううう!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る