第9話 先輩たちが嫌がらせしてくるのでわざとそれを受けてみました

 ゴン。


「おっと、わりぃ」


 絵を描いている僕の横を先輩が通ったときに、机を蹴ってしまった。


 おかげで、線がよれてしまった。


「ああ、大丈夫です」


 僕は消しゴムを手に取る。


「うしししし……」


 なぜかここで嘲笑が入る。


 十分デッサンを真剣にやってるはずの他の先輩もこっちをチラ見して笑ってくる。


 ああ、わざとやったのか。


「あっと」


 僕はわざと消しゴムを落とした。それが先輩の足下に転がり、拾おうとしたところで蹴って遠くへ飛ばされた。


「ん? おお、ごめんよ」


「気にしないでください」


「くすくすくす……」


 どこからともなく笑い声が聞こえる。


 とても素敵な先輩方だ。


 人間はちょっとした意地悪を他人から奨励されると結構それをやってしまう。そして、それが仲間内で当たり前になってくるとどんどん良心の箍は外れてエスカレートする。


 部長に仕込まれているのだろう。


 彼らは嬉々としてくだらない意地悪をしてくる。


 よし、じゃあもっと嗜虐心を煽ってやろう。


 消しゴムを拾うついでに、勝手に人物デッサンにまじる。


「おい、君は果物のデッサンをするんだろうが」


「はい」


 口では返事しながら人物デッサンを続ける。


「おい、聞いてるのか」


「口動かしてないで、手動かしたらどうですか?」


 僕は相手になんか目もくれず描き続ける。


「勝手なことしてんじゃねぇよ」


 ある先輩がわざわざ描くのを止めてまで僕の右腕をつかんできた。


「先生、こいつ規律を乱すようなことやってるんですが、部に入れない方がいいんじゃないですか?」


 ついに先生に訴えた。


 真剣にデッサンをしていた倉中は、この騒ぎになって初めて事態がおかしいことに気づいた。


「ふむ、確かに私は西館くんには果物のデッサンをするよう指示した。その指示を出したのは私なのだから君たちがとがめる必要もなかろう」


「え? だって、規律が……」


「規律は守るべきだ。だが、規律を守って絵がうまくなるのかね?」


 ほう、期せずして都合のいい展開になってきたぞ。


「先生。先生の言うことを聞かない奴なんて美術に入れるべきじゃありません」


 部長がはっきり言った。


 そして、僕の方を見てにやりと笑った。


「そんなことより、今日の君たちはずいぶんと集中力に欠けるな。私はさっきからその方が気になって仕方ない」


「いや、そんなことは……」


「じゃあ、ぐだぐだ言ってないで絵を描きなさい」


「は……はい」


 しぶしぶ先生の言うことを聞く。ガチ部活だけに先生に逆らう雰囲気ではない。


 くくくく……どうやって目的の状況にもってこようか思案していたが、この人間関係は利用できる。


『カール、聞こえるか?』


 僕は念話でカールに声をかけた。


『おう、聞いてるぜ』


『神の力で先生に思い通りの言葉を話させることはできるか?』


『そんなの楽勝だぜ』


『じゃあ、次のことをしゃべらせてくれ』


 次の瞬間、先生の目の焦点がおかしくなった。


「何かよくわからんが、君たちは西館くんとどうも因縁があるようだな」


 なんだ? このゆっくり霊夢みたいなしゃべり方は?


「そんなに気に入らないのなら、デッサン勝負でもしてみるといい」


 この抑揚のなさは不自然だ。


 先輩たちも明らかに違和感を覚えているぞ。



「お題は女子のパンティだ」



『カール! もうちょっとうまくできないのか?』


『初めてだからむずいんだよ!』


 思ったよりカールは使えなかった。


『なんだと、それだったら芳昭のこのもっていき方もかなり不自然じゃねぇか!』


 しまった、念話中は思ったことが通じてしまうんだった。


『それはない。僕の計画は完璧だ。これで倉中は僕に描いてもらうためにパンツを差し出すはずだ』


『そんなわけねぇだろ! さんざ煽っといて超稚拙じゃねぇか!』


 僕たちが言い合っている間に事態は深刻になっていた。


「せ、先生……パンティだなんて……」


 女子部員たちはドン引きしていた。


「学校の先生がパンティを描かせるとか……ちょっとやばくない?」


 信頼していた先生の突然の問題発言に誰もが動揺していた。


 これはセクハラとも受け取れる大問題だ。場合によってはニュースで報じられて、解雇されることだってある。


 やべぇ。


 僕は青ざめた。


 だが次の瞬間、先生は刮目した。



「パンツは絵画の中でも至高レベルの難度なのだ!」



 その凜とした声に誰もが冷静さを取り戻した。


「よく考えてみたまえ、下着とは直接肌に触れるものだ。ふわりとしつつもなめらかでなければならない。その質感を君たちは表現できるのかね?」


 パンツのゴムがチクチクしてくるときのあの不快感はたまらない。


「そもそもパンツの繊維は皮膚よりもやわらかくなければ皮膚を傷つけてしまうのだ。それだけ繊細な生地でできている。私がアニメーター時代、パンチラシーンにはどれだけの心血を注いだか。わずか一秒もないシーンだが、『ごわっとしてそうだな』と視聴者が思っただけですべてが台無しになるのだ。パンツの表現は、絵の上達にはもってこいの課題だ」


『カール、これは君がしゃべらせているのか?』


『なわけねーだろ』


 じゃあ、これは先生が自らの意志で……


「『サザエさん』のワカメちゃんのパンチラシーンを追い出してみたまえ。一本の線で完全なべた塗り。何の工夫もないように見える。だが、あのパンツを見て穿き心地悪そうだと思ったことはあるか? わずかな線の歪みでもあればそう思わせてしまうかもしれないが、誰も思わない。あの一本の線にはアニメーターの命が注ぎ込まれているのだ」


「でも、学校でパンツなんて……」


「じゃあ聞こう。この中には同人漫画を描いている者がいるが、二次創作のキャラで胸の谷間を平気で描いているのはなぜだ。パンチラシーンだって私は見たことがあるぞ」


「う!」


 そういうのを好んで描いているのはむしろ女子だった。


「極限の表現がそこにはある。私は是非、それを評価してみたい!」


 結果として誰もが納得した。



 僕と部長のパンツデッサン勝負が始まる!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る