第8話 いざこざのあった翌日
次の朝、ネット上のつぶやきやインスタなどのチェックを一通り行ったが、とくに倉中についての誹謗中傷は見当たらなかった。
もちろん、僕のチェックが完璧というわけではない。学校に行ってみると大きな問題になっているかもしれない。ネット上への悪質な書き込みは停学以上の指導を受ける可能性があることはみんな知っているから、そこで理性が働くことに期待するしかない。
「よしくん、学校行こー」
透子の美しい声が聞こえる。
「ふ、じゃあ行こうか」
「俺様は鞄の中にいればいいんだな」
「ああ、荷崩れで潰されないように、ここのポケットの部分に入っておいてくれ」
「ひょーう、お前が見つけた美人がどんなか楽しみだなぁ」
僕は髪を掻き上げた。
◇◇◇
「先生からね、シュートは両手じゃなくて片手で打ったらどうかって言われたんだけど、どうかな」
「うーん、女子バスケって両手で打つイメージだね」
「最近は片手で打つ人も増えてるんだって。できるかな?」
「膝の力を使って、左手はそえるだけって漫画にもあったし、できないことはなさそうだけど。両手よりも片手の方が自由度は高そうな感じがするよね」
「できるようになったらレギュラー定着できるかな」
「それで得点力が上がるなら、レギュラーで使わない手はないよ」
「そうだねー」
透子と歩いているとどんな心配事も忘れることができる。
しかし、倉中には悪い虫がぶんぶんとたかってきているが透子は大丈夫なのだろうか。
悪い虫は見つけたら早々に駆除しなければ被害が大きくなるだけだ。
害虫は焼き殺してしまうのが一番いい。
◇◇◇
学校の昇降口で倉中に会った。
「あ、西館くん。おはよう」
表情は軽かった。ネット被害はなかったと判断してよいだろう。どうやら部長は機械が使えるだけのサルではなかったようだ。
「あ……もしかして、彼女さん?」
隣にいる透子を見て聞いてきた。
「幼馴染だよー」
それに対して答えたのは透子だった。
「家が近いから、昔から一緒に登校するのが習慣になってるんだ」
本当は彼女と言いたいところだが、それはもう少し先のことだ。
「透子、おはよー」
「今日も元気だね、透子」
続々と生徒が登校してきて、透子は彼女らと一緒にクラスに向かってしまった。
「すっごいかわいい子だね。昨日、私の彼氏にはなれないって言ったのはあの子がいるから?」
そんな細かいこと覚えてるんだな。
「ふ、決め台詞としてはその方がかっこいいだろ」
「なにそれー」
昨日のこともあり、打ち解けた雰囲気になったのはいいことだとしておこう。
『おい、芳昭』
なんと頭の中に誰かが話しかけてくる。カールか。
『ふふふ、これが念話だ。お前も念じてみれば俺様と会話できるぞ』
『ほう、これはなかなか面白いな』
『そのメスがターゲットか?』
『ああ、彼女からパンツをもらう』
『うははー、ハムスターでもドキドキしてくるメスだぜ! どうすればいいんだ? 神の力で抜き取るのか?』
『まさか。そんなことをすれば彼女がつらい思いをすることになるだけだ。彼女が喜んで僕にパンツを差し出す。そのように仕向けてこそ全員が幸せな形で目的を達することができるのだ』
『win-winの関係ってやつだな。いったいどうするんだ?』
『くくくくく……ある程度のプランは立っている。あとは他人がどう動くかだ』
『へえ、楽しみだぜ』
「どうかしたの、西館くん」
カールと念話していたのが怪しく映ったのだろう。倉中が声をかけてきた。
「なんか急ににやけだすし」
にやけてると言われるとなんかかっこ悪い。
「でも、西館くんの笑顔って、すごく邪悪なんだね」
「え、そう?」
悪意のない顔だけど、ちょっと傷ついた。
「そういえばさ、部長がしつこくしなくなったとして、部にいづらくなたりしない? その場合やめたりしないの?」
「やめないよ。私、アニメーターになるのが夢だから。高校の頃にしっかりと基礎を学んでおかないとやってけないから」
……夢か。
「先生も何年か前まではアニメーターだったんだって。厳しいけどすごく勉強になるからやめたりしないよ。どうせ三年生は六月で引退するんだし」
「なるほど、そりゃそうだね」
◇◇◇
午後の授業も終わり、みんなが部活動へ向かう。
僕はクラスメイトの魚石とともに今日も美術部へ向かった。
「十分デッサン組はこっちに集合。新入部員は先生の指示を受けて」
僕たちは顧問のじいさんのもとへ向かう。
「はい、今日も静物画。見本があるから、これに近い感じのリアルな絵を仕上げてください」
新入部員は、昨日は三十人くらいいたのに半分になっている。
ガチ部活ではよくあることだろう。
ちなみに美術部の活動は二時間ほどだが、前半一時間は徹底的な先生の指導の下に行われ、残り一時間が生徒個人の創造性を高めるための個別の作業になる。新入部員は基礎ができるまでは後半一時間も先生の指導が入る。ぬるい気持ちで入部した者はここでフェイドアウトしてゆく。
結果としてこの部活動にはなかなかの緊張感がある。
僕はこの空気感は好きだ。
「西館くんは果物の静物画描いてみて」
そう言って先生は果物の模型を準備室から持ってきた。
模型とはいってもかなり本物っぽい。
「すごいね、二日目で果物なんて」
嬉しそうに倉中が声をかけてきた。
「ふ、本気を出してもいいこの環境が僕を目覚めさせてくれているのかもしれないね」
「ぷぷ、なにそれー」
倉中は笑った。
「ふん、調子に乗ってんじゃねえぞ」
ぼそっと部長がつぶやいたのが聞こえる。
まあ予想通りである。というより、そうであってほしい。
好きな人の前で恥をかかされた怒りが好きな人へ向かうとなればかなりやばい。
朝、ネット上の書き込みがなかった時点でその心配は必要なくなり、それは部長が人間としてまだまともだったことを表わしている。そしてこの状態は僕の予定していたものだ。
「!」
ふと、その他の先輩の顔を見ると、どうも僕に冷ややかな目線を送っている。
もしかして――。
部長は二、三年生を仲間に引き込む作戦に出たということか。
なんか適当な噂を流して悪い印象を植え付けたのだろう。
そして僕を美術部から追い出すという算段と推測される。
――これは戦いだ!
しかも、己の浅はかさを指摘されて逆上したという邪悪な戦いだ。
僕個人としては、別に美術部に固執する理由なんてないから、辞めさせられることになっても特に不都合など生じない。
ただ、僕が辞めることで成功体験を与えることになる。歪んだ思想に基づいた行為を成功させれば、その行為はより強化されるだろう。それにより部長の今後の人生で取り返しのつかない失敗を招き寄せるかもしれない。
くくくく……これは部長の人生のためなのですよ。
素晴らしき辛酸をなめて、人間として成長できる機会をプレゼントしてあげましょう。
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