第7話 部長がなかなかにエグい人だったのだが

「僕にお願い? いいよ。ただ、お礼として君のパンツをくれないかな」


 さっさと目的を達成したいならこの言葉がいいかもしれないが、一般的にアウトだろう。


「僕にお願い? どうしたの」


 やはり、無難な答えにしておこう。


「あのね……一緒に帰ってほしいんだけど」


 なんだと!?


 うら若き乙女が異性と一緒に帰ることを望むとは。


 まさかこの女、僕にほの字とかではあるまいな。


 美しさという点では申し分ないが、僕にはすでに透子という心に決めた女性がいるのだ。


「え……何かあったの?」


 ちょっと困ったそぶりで探りを入れる。


「多分ね、この先で部長が待ってるの」


「部長?」


 ああ、部活のときに割り込んできたあの男か。


「しつこくつきまとわれてるの」


「なんだと?」


 おっと、思わず乱暴な言葉が出てしまった。


「彼氏っぽい感じで一緒に歩いててくれたら、多分諦めてくれるんじゃないかって」


 ほう、思いがけず対象リサーチの機会が舞い込んできたぞ。


「そうか、でも僕でいいの。あとあといろいろ困らない? 変な噂が立つかもしれない」


「あ、そうだね。西館くんに迷惑かけちゃうね。ごめんね」


 おや、勇気を振り絞ってお願いしてきた割にあっさり引き下がるんだな。


 この辺りで彼女の慎ましい性格を垣間見ることができる。


「いや、僕の方は構わない。ただ、本当の彼氏にはなれないけどね」


 僕は髪を掻き上げた。



 なぜ彼女は僕に声をかけたのだろうか。


 そんなことを聞くのは知性にもとるというものだ。


 いきなり頭に包帯を巻いてきたクラスメイトがなぜか自分の部活に体験入部してくれば、否が応でも意識してしまうだろう。この時点で僕は、彼女の中で目立つ存在になってしまったのだ。しかも結構厳しい顧問から評価を受けたことで、肯定的な印象が刷り込まれた。


 ただ会話しながら歩いてみて、彼女に僕に対する恋愛的な好意がないのはわかった。


 それはちょっとさびしい?


 まさか。


 僕には透子がいるんだ。


 まあ、自分の価値を上げるためにもこういった美人に好かれておくにこしたことはない。


 しかし、用もなく男子と話すようなタイプの子ではないのに積極的に僕に話しかけてきたのは、本当に彼女が困っていたからだ。


「やあ、春香ちゃん。今日も偶然だね」


 曲がり角から部長が現れた。


 明らかに待ち伏せをしていた。なるほどリアルストーカーをこの目で見るのは初めてだ。


「おや、君は今日体験入部した子だね。君も偶然春香ちゃんに会ったのかな?」


「まあ、偶然といえば偶然ですね」


「そうかい、彼女を送るのはこの先は俺の仕事だ。ここまでご苦労様だったね」


「ご苦労様も何も、偶然会っただけなので」


「おっとっと、おかしなことを言ってしまったのは俺のほうだ。ま、この先は君はお役御免だ。春香ちゃんの安全を守るのは俺の仕事だよ」


 うお、ちょっとしゃべっただけでも結構やばいのが伝わってくるぞ。


 ストーカー選手権というものがあったなら、県代表くらいにはなるのではなかろうか。


「あの、先輩が安全だという保証はどこにあるんでしょうか?」


「はあ? 俺が危険人物だとでも言いたいのか?」


「いやいや、保証はどうなんですかって聞いただけですよ。だいたい、偶然とか言いながら仕事ってどういうことですか?」


 僕は相手が先輩だからって、安易に屈するようなことはしない。


「ああ? こっちが下手に出たら随分と生意気な態度だな」


「ん? よくわからないから質問したら生意気なんですか?」


「ああ、うるさいな。お前はもう帰れよ」


「先輩が安全であることが証明できたら帰りましょう」


 そう言ったところで、倉中が僕の背中に隠れた。


「はあー?? 春香ちゃん、それ一体どういうことだよ! これまで俺、君に変なことしたか? 紳士的に接してきただろうが」


「あの……倉中さん、震えてますよ」


「何も悪いことしてねーだろが!」


「いや、十分怖いと思いますよ」


「怖い? 俺が?」


 まあ、こういうのってやってる本人は自覚ないんだろうな。


「付きまとい事案で警察に相談するのもひとつかな」


「はあー? ふざけんなよ!」


 ほう、こうきたか。冷静に自分の行動を顧みてほしかったのだが、自分の非を認められないか。これは激昂して余計にひどい行為に走るタイプだ。


 ならばもっと刺激して脳みそを爆発させてやる。


「あの、すみませんが僕たち付き合ってるんで、僕が家まで送りますから」


 あんまり言いたくなかったが、『彼氏っぽく』してくれとのことだったから別に構わないだろう。


「付き合ってるだと!? 嘘をつくな!」


「ふ、嘘と思うか本当と思うかはそちらにお任せします。では、失礼します」


 そう言い残して、僕は倉中の手を引いてその場を去った。


 先輩はかなり混乱しているようで追いかけてこなかった。


 ◇◇◇


「あ、ありがとう。西館君」


「いや、すまない。もしかすると状況は悪くなったかもしれない」


 このことについて彼女は返事しなかった。


 あの流れではよくない未来のほうが想像されるのは無理もないことだ。


「今の段階で一番恐れないといけないのはネット上での誹謗中傷だ。このあとで君の悪口を拡散しまくるかもしれない」


「…………」


 また返事はない。その予想ができているということだ。にもかかわらず、何よりも先にお礼を言ってくれた。いい子だ。


「ただ、美術部の部長にまでなった人物だ。チャラいお遊び部ならいざしらず、きちんと研鑽を積む仲間の中で認められた人間ならば、安易にそんなことをすれば傷つくのはむしろ自分だということに気づけるだろう」


「そうなのかな……」


「先輩のプライドを傷つけたのは僕だ。本来ならその怒りは僕に向くべきだ。部長が正常な人間なら君への誹謗中傷はないはずだ」


「異常だったら?」


 一番怖いのはそれだろう。


「それは現時点ではわからない。ただ、部長があんな行動に出たのはおそらく、これまでにないほどに人を好きになったということなのだろうね。だからどう接すればいいかわからないし、自分のやり方がおかしいことにも気づかない」


「これまでにないほどに……」


 不愉快な感情が如実に表れていた。


「ただ、あの行動はやはり容認してはいけない。否定してやらないと、自分の行動は正しいと覚え込んでしまう。とりあえずネットで荒らしをしないでいるならば、その後はどうとでもなる。多分、大丈夫だ」


「そう……」


 倉中は少しだけ安心した顔をした。


 僕は彼女を家の近くまで送ってから自宅に帰った。


 ◇◇◇


「よう、芳昭。パンティがもらえそうな美人は見つかったか?」


 ケージの中で暇そうにゴロゴロしていたカールがガバッと起き上がって声をかけてきた。


「くくく……くっくっくっくっく……ああ、見つかったよ」


「へー、よかったじゃねえか」


「見える……はっきりと見えるよ。僕が彼女のパンツを手にした未来が!」


「ほう、俺様も何か手伝ったほうがいいか?」


「ああ、是非ともカールの力が必要だ」


 そして、あの部長もしっかりと利用させてもらおう。


「なんかよくわからんが、その邪悪な笑みはやめた方がいいぞ」

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