第3話

 山岸が笑ったときに目がなくなる、あの屈託ない表情は佐奈の鼓動をいつも大きくさせた。私って単純なのかな。一生席替えしたくなかったけど、二学期になって山岸と佐奈の席は対角線の端と端になってしまった。普段は山岸も佐奈も男子、女子グループで喋っているので関わることが少ない。山岸が他の女子とやりとりしているのを見ると、身体の奥が熔けるような熱さを感じた。

 夜、佐奈はまた山岸が出てくる夢を見た。学校での爽やかな山岸とは違い、棒立ちで俯いていた。周りは暗くて山岸と他の景色との輪郭もあいまいだった。でも山岸の視線だけはずっと佐奈から離れなかった。山岸から距離を取ろうとすると山岸の目から黄色い液状のものが噴出されて脚に当たった。すると千切れるような激痛が走り、脚の肉が爛れて骨が見えていた。

 起きたとき、全身に汗をかいていてパジャマがべったりと身体に引っ付いていた。もしかしてギッシーにめちゃくちゃ好かれてるのかも。いやいやいやありえない。もう令和だよ。昭和でさえ信じられない話だよね。それに怖い夢だったし。

 絵里にそのことを話すと、涙を流しながら笑われた。制止しても笑い続けるので、佐奈は「もう」とわずかに語気を荒げた。

「いやでも、案外、ギッシーから思われてるかもよ? だって佐奈の脚を溶かして動けなくするくらいだったんだよね? 幽霊だってそんな物理攻撃しないよ」

「ギッシーが夢に出てきたことと幽霊を同じにしてほしくないんだけど」

「ごめんごめん。でも久々にLINEしてみ? とっかかりは……。『最近元気?』とかでいいじゃん」

「同じクラスなのに絶対おかしいじゃん。もっといいのないの?」

「なんで私ばっかりに頼んのよ。自分のことだから佐奈も考えなよ」

 確かに、とは思いつつ、何も頭に浮かばない。絵里の顔を見るとあごに手を当てて必死に考えてくれていた。だから絵里のことは信用できるし、何でも話せるんだと佐奈は組んだ脚を戻した。

「なんで私の顔じっと見てんのよ」

「なんでもない」

「考えた?」

「何も良いのない」

「何それ」

 結局昼休みのチャイムが鳴るまで自然な連絡方法が思い浮かばず、話は終了した。

 その日の夜、佐奈はまた、山岸の夢を見た。山岸のまなざしは、じめじめしてまとわりつくような気持ち悪さがあった。なんで夢の中に出てくるギッシーは現実世界の彼と全然違うのかな。

 

「変な目で見てんのは佐奈じゃないの?」

 絵里はまた口を大きく開けながら私の夢のことを笑った。結局、不気味な山岸の夢は一週間連続で見た。さすがに恐くなり、山岸が私を現実世界でも変な目で見ているのではないかという、最初は馬鹿にした大昔の短歌を詠む人と思考が同じようになってきた。

 ただこうやって絵里に一笑に付されると、佐奈は自分が現実的じゃない考えに陥っていることに気が付く。

「佐奈さあ、ギッシーのことが好きすぎておかしくなってるんだって。もう告りなよ」

「でも……。最近喋ってないし」

「それはさ、お互い意識しすぎてるんだって。」

 家に帰って母からの小言を無視しながら部屋に入るとすぐにスマホを取り出した。山岸とのトーク履歴を開けた。前回のトークから二ヶ月が過ぎている。何度も文章を打っては消してを繰り返しているうちに何を送れば良いのかわからなくなり、結局スマホを机に置いてベッドに潜り込んだ。すぐに息苦しくなって酸素確保用の隙間だけ作るとすぐに眠気が襲ってきた。

 山岸が暗闇の中で遠くから佐奈を見ている。俯き加減だけど目線は私を離さない。唇の端や異様なほど吊り上がっていて隙間からは歯が見えている。

 何かが当たる音がして跳ね起きた。やっぱりただの夢だった。窓のカーテンを閉め忘れていたようで外からの街灯の光が入ってくる。その窓の下に異様に唇の端が持ち上がった顔が映っていた。その頭は長い髪で大きな口を開けている。

 絵里……

 絵里は私の夢を笑うときと同じ顔で私を見続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢に出てくるあの人 佐々井 サイジ @sasaisaiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ