夢に出てくるあの人

佐々井 サイジ

第1話

 今日の古典は寝落ちしなかったし頑張ったな私、と我ながら佐奈は感心した。古文単語は覚えた一時間後には泡のようにすぐに弾けて消えるので授業に全くついていけない。当然、文法なんて一つも頭に入っていない。古典の授業は決まって昼休み以降にあり、佐奈にとって絶好の昼寝タイムでしかなかった。そんな昼寝の時間のはずだったのに今日は瞼が閉じることを忘れているようだった。

「昔の人は夢に好きな人が出てくると、相手から自分を強く思われていると認識してたんです」

 最初聞いたときは「どれだけ自意識過剰だよ」くらいしか感じなかったが、佐奈の視線が窓側の席に座る山岸に移ると眠気がどこかに吸収されていった。

 ギッシーが私のことを思ってくれてたりして――


 進級して最初の席替えで初めて山岸の隣になった。山岸とは高一のときも同じクラスだったが、親しくなるようなことはなかった。隣の席になってしばらく経っても会話する関係に発展しなかった。

 ある日、朝礼時に体育教師の村田が教室に入ってきて、抜き打ちの制服チェックが始まった。毛玉だらけのグレーのジャージは限界まで上げられている。その上は半そでカッターシャツというミスマッチな服装の村田を見ると、佐奈はいつも両手で腕をこすって鳥肌を宥める。たださすがにそんな余裕もなく、スカートの折り目に手を引っかけた。

「そこ! 動くな」

 村田は佐奈を指差して大げさながに股で近づいてきて、その場に立つように命じられた。

 他の女子だって折ってるのに。佐奈は村田に叱責されている最中、女子を横目に見ると急いでスカートの皺を伸ばしていた。私が犠牲になっている間に卑怯な奴らだと思ったが、自分が逆の立場でもそうするなと思うと女子への怒りは収まっていった。何よりスカートを折っているという大義を掲げて絶妙に体を触ってくる村田への怒りが噴き出して涙が出てきた。

「泣いたって無駄だからな。昼休みに職員室来い」

 朝礼が終わったら移動しなければならなかったが、佐奈はうずくまったまま立ち上がることができなかった。友達が囲んで心配してくれたが「私のせいで遅刻するとヤバいから先行ってて」と言って離れさせた。

 佐奈が顔を上げたとき、教室には誰もいなくなっていた。チャイムが鳴れば遅刻確定だったがそんなことどうでも良かった。中年で腹の出た村田に対する怒りがいつまでも消えなかった。

 廊下から足音が聞こえたとき、佐奈は、もう一度机に突っ伏した。

「教科書忘れた」

 誰かが独り言を言いながら佐奈に近づいてきた。少しだけ顔を上げると、隣の山岸だった。

「鳥井さん、行かないの?」

「もうどうでもいい」

 たいして喋ったことのない山岸に悪態をついてしまい、情けないとは思ったがうまく感情をコントロールできなかった。

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