第30話 捕縛

 逃亡は呆気なく終わった。

 落城後の混乱の中、どさくさに紛れて逃げようとしたが、思うようにいかなかった。王国の敗残兵が追われる姿や市民への強奪行為や人買い行為などを見続けた。映画や漫画のように都合よく姿を消してしまえるわけでもなく、どうやって離れようと考えていたとき、ズミに「見つけた」と袖を引かれたのだ。

 本心を言うと、僕もレイも少し安心していた。人々の荒々しい面を見せられ続けて疲れたし、すべてを浅ましいとは思えない自分もいた。

 僕たちはハイデルに戻された。

 宿で待たされ続けた。待遇はハイデルから逃げる前よりも良くなっていた気もする。教会として何か含むものがあるのかもしれない。

 数日後、僕たちは呼ばれた。

 他には窓辺に机と椅子、前には教卓のようなものが置かれていた。

 一室では僕を真ん中に左右にレイ、ラナイが椅子に就いていた。三人ともラフな格好を許されて、特に何をしろとは言われていない。

 なぜラナイがいる?

 ラナイは整った顔立ちで、肌は少し日に焼けて、後ろで黒髪を一つにまとめて身ぎれいにしていた。

「二人して見てんじゃねえよ」

「喋らなければいいのにとか言われたことない?」

 レイが尋ねた。

「てめえ殺されたいのか。それにてめえには言われたくねえわ」

「どしてここにいるの?」

 レイは人に興味がある。殺し合いをした相手としてもだ。よく話せるなと思うし、僕の世界では喧嘩した相手と仲良くなれるのは凄い。

「知らねえよ。責任とらされるとかじゃねえの?あの後撤退するのがひどくてさ。参ったよ。後ろの森は焼き払われてるし。ろくでもねえ奴らの寄せ集めだし。難儀した」

 しかしウラカの弟子のこのラナイという人も凄いな。ざっくばらんに生きているように見えるが、コミュ力お化けだ。

「撤退しやすかっただろ」

 僕の軽口には「てめえは背水の陣っての言葉知ってるか?」と。

「責任なら教会は無関係だ。共和国で追求されるんじゃないか?」

「わたしたちは逃げたところで奪い合いとか巻き込まれたわよ。逃げなきゃよかったて話してたくらい」

「まったくだよ。好きに略奪しやがるから見つけ次第殺したわ。くそ腹立つんだよ。そのせいで部隊内で殺し合いだぞ。わたしなんて首に賞金出たんだからな」

「いくら?」と僕。

「まさかてめえ……」

「聞いただけだよ。それにラナイさんを殺せるわけないし」

「レイ、てめえの相棒はてめえの実力わかってねえのか?」

「あれは剣のおかげなんだよ。僕の実力じゃない。剣のない今はか弱いか弱い子羊なんです」

「てめえは黙ってろ。そもそもてめえらがバカみたいな魔法落としてきたんじゃねえか」

「城は落としたんだろうが」

 僕が言うと、

「入ってくるなよ。あぁ落としたのはわたしらだ。でも後のことは知らねえよ。入城は他の軍だ」

 興味なさそうに答えた。 

 僕が調停なんか気にせずに、さっさと攻め込んでいればよかったんだよと言うと、非常識だと答えた。

「ほら。基本的にこいつの考えが逝ってるんじゃねえか?てめえらみたいなことできるわけねえだろ。捨て駒でも二万の兵を預かる身なんだよ。そもそも調停なんて入れるなという話だけどさ。第三軍が壊滅したんで共和国もビビったんだ。慌てて捨て駒になる奴らを寄せ集めて、わたしを指揮官に仕立てたんだ。捨て駒の頭だ」

「卑屈すぎない?あれだけ強いのに。認めてくれてるよ。レイも殺されるかと思ったと話してたよ」

「ありがとよ。わたしもてめえ自身の実力くらいわかるよ。人の上に立てねえことも含めてな。わたしはポンコツだし」

「で、なぜここにいるんだ?」

「だからさっきから知らねえって言ってるだろうが。おい、レイ。てめえの相棒、ちょっと頭の釘が抜けてるんじゃねえのか?」

「でもわたしのことキレイだって褒めてくれたよ」

「わかった。てめえもおかしい。てめえらには人を慰めようって気はねえのかよ。ポンコツって言葉に何も言われずに流されたら、マジもんのポンコツじゃねえか」

 ラナイがキレ気味に答えた。

「ポンコツは指揮官になれない」

 とレイが口を挟んだ。

「それも解任されたよ」

「どして?」

「ボコボコにされたからじゃね?」 

 興味がないのか。

 こいつも変わっているな。

「ところでラナイはウラカとどんな関係?シンも聞きたくない?」

「どんなと言われても。まぁずっと面倒見てくれてたんだ。教会本部へ行ったことあるか?」

 僕たちはないと答えた。

 これから行くか迷っている。

 教会本部では、様々なことが学べるらしい。学問ならば哲学、音楽、数学、語学、天文学、薬草学、教会では聖術と呼ばれる呪術まで数えきれないほどある。ラナイは幼少の頃から剣術の力を見込まれ、自分自身でも教会騎士団に入ることを夢見ていたということだ。才能ある者は教官仕いとして、試験のために学校の雑務など免除されることになる。もちろんそうなれば合格という義務のようなものも発生するらしい。

「レイも学べるぞ」

「ラナイも学んだの?」

「わたしは不合格だ。生徒の合格成績は指導官の実績にもなる。逆もまた同じ。だから逃げた」

「わたしは試験なんて受けたことないからわかんないけど、落ちたら逃げなきゃならないわけ?ウラカは怒ると怖いけどさ」

「そうなのか?怒ったとこ見たことねえからわかんねえけど。わたしは情けなくて恥ずかしくて頭に来て聖女様の像をぶち壊して逃げた」

「わたしもわかる!」

 わかるんかい!

 僕にはわからん。

「わたしもシンに叱られたら情けなくて頭に来るもん。こんな世界なんて滅ぼしてやろうかと思うよ」

 叱るときは注意が必要だ。世界ごとリセットされては、他で暮らしている人々もかなわないだろう。

「でもさ、覚えてくれてたと思えばちょっとはうれしいかな。あんとき叱られたのもうれしかった」

「そこまでしてるのに忘れるわけないんじゃないか。それに城でもあれだけのことしたら叱られるだろ」

「てめえはうるせえなあ。わたしの思い出に泥靴で入るなよ」

「ウラカはいい人だ。ちょっと気の弱いところはあるがな」

「気が弱い?てめえらの尺度おかしいな。氷のウラカって有名だったんだぜ」

「は?」

 僕とレイは同時に聞いた。気持ちを表に出さない、すべてを遮断する人ということで恐れられていたとのことだが、再び「誰のこと?」と二人で尋ねた。

「だから先生だよ」

「まぁそうなの?じゃそういうことなんだろうな。で、そんなんで落ちたら怖いわな。勉強したんだろ?」

「ほとんど遊んでたんだ」

 あ、そう。

 どの世の中にもロクでもない奴はいるもんだな。勉強から逃げてたのかよ!そんな話をよく真剣に話せるもんだな。聞いて損した。

「どうにかならねえかなぁ。てめえら仲良しだろ?」

「どうしてほしいんだ?正直そっちのしたことは擁護できないぞ」

「そりゃそうだよな。教会関係ないもんな。それじゃどうしてわたしがここに呼ばれてるんだろ」

「こっちがさっきから聞いてるんじゃないか。どうせ教会で許されない悪さでもしたんだろ?いつまでも手配され続けるような」

 ラナイは黙った。たぶん記憶にあるのが多いんだろうな。聖女像を斬り捨てたことと光の剣などを盗んだくらいだと話した。そんなもの教会が忘れる訳がないだろうが。

「あの剣は盗品なのか?」

「いちばん手に馴染んだもんを持ってたんだ。折れたけど」

「馴染まなかったのは?」

「売りさばいた」

「だからここにいるんだよ」

「そうか。しかしそんな前のことで今さら呼ばれてもな。弁償しろと言われても金なんてねえぞ」

「金で解決できんだろ」

「軍使を斬り捨てた奴らも想像はつくぞ。そこんところわたしは騎士団に入るために勉強はしてたから常識はある。てめえらみたいに調停中に攻撃するなんてことはしねえ」

「知らなかったんだ」

「てめえなぁ」

 修道服のウラカが現れた。機嫌がいいとも悪いとも言えない表情をしていた。これが氷のウラカだろうか。しかしここで席を離れるわけにもいかないしなと。

「ウラカ!会いたかった!」

「わたしもよっ!」

 怒っているな。

 レイはウラカに抱きついた。ラナイはレイを椅子に押し戻すウラカの表情を見て、僕たちに仲介してもらうことを諦めたようだった。

「あなたは第五軍指揮官を解任されたそうね」

「お恥ずかしい」

「恥ずかしがることでもないわ。城も落としてあるしね。既定路線だったのよ。今後は教会付きね」

「教会付き?」

「共和国のために教会で働くの」

「はあ」

「文句あるの?」

「ないですけど」

 要するに僕は何をするのかわからないが、本人も聞きたいが聞けないだけでわかっていないようだ。

「どうしてわたしがあなたまで預からないといけないの?」

「はい」

「そんな言い方ないだろうが。ラナイの気持ちを考えてやれ。共和国軍の指揮官までした人なんだぞ」

「てめえら」

 ラナイが涙ぐんだ。もう敵も味方もないんだ。お互いによくやったと称え合おうじゃないか。

「あ?」

 ウラカは僕に顔を寄せた。そしてレイとラナイを交互に見た。

「だいたいどうしてわたしが悪者になるわけ?そもそも二人が攻撃しなきゃ共和国軍は壊滅してない。なぜわたしが戦場を目茶苦茶にした張本人の二人の戦闘バカの面倒見なきゃならないのよ!」

 ウラカは爆発した。

「わたしはね、イレギュラーに耐性ないのよ。ずっと同じことしていたいの!日がな一日花壇で花を育てていたいの。ガーデニングよ。春には春の夏には夏の秋には秋の……もう全身が痒くて我慢ならないわよ!」

「シラミだな」

「ストレスよ!」

 僕はレイとラナイに小さな声で提案した。二人でストレスを忘れさせるようなことでもやってやればいいのではないか。二人は腕を組んで考えている間、ウラカの瞳の奥は不安そうに怯えていた。

「要するに先生は日頃から笑うとかしてねえわけだ」

「シン、わたしたちがウラカを笑わせればいいのね?」

「二人で一発芸でもするのか?」

 二人はウラカに襲いかかるとコチョコチョ攻めにした。確かに笑うのは笑うが、何だか違わないか。案の定、激怒の上に激怒を重ねた。

 そりゃそうなるわ。

 おわり


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世界のカケラ3〜ルテイムの沼編 henopon @henopon

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