第29話 死闘
「お、ズミじゃないか」
「こっちだよ。泣いてるの?」
僕は手の甲で涙を拭いた。
「そうだよ。泣いてた。悲しいことが起きた。案内してくれるのか」
「うん。ウラカ様の命令。探して連れ出してこいって」
「ウラカは?」
「モッシが外へ連れ出したから平気だよ」
「疲れたよ。ところでその肩に担いでるのは剣か?」
「王子様に預かった。わたしのこと見えてないはずなんだけどさ。おかしいな」
「ロブハンはどこだ?」
「庭にいたよ」
ズミは急ぐわけでもなく、複雑に入り組んだ道を歩いた。
「すべて見てたのか?」
「見ようとしたけど、第一王子から溢れる何かのせいで、まったく見えないんだもん。それに怖くて」
「じゃ魂は還れたのかわからないんだな」
「それは間違いないよ。僕も巻き込まれたら嫌だから逃げた。琥珀の粒粒が飛んでいってたもん」
ここはどこだ?
城から出た。
「秘密の通路なんだよ」
僕たちは暗い通路を抜けて、正面の一枚岩から出てきた。第一王子がせき止めていた道が開いた。確かここは異世界へ通じているのではなかったのか。思い出した僕は慌てて戻ろうとして、レイのことを思い出してやめた。
すっかり忘れていた。
まったく。
岩は割れ、歪から黒い粘液が漏れ出していた。煙を上げてチラチラと亀裂沿いに炎が伝っていた。
ロブハンが疲れた様子でへたり込んでいたが、すでに頭と胴が離れ離れになっていた。今さら戻せるわけではないが、誰かに使い捨てられた成れの果てだ。僕はロブハンの髪を掴んで頭を持ち上げた。
「こんなところに女王様がいるじゃないか」
見上げた。
突き刺さっていた剣が壁もろとも落ちてきたのかもしれない。
「成仏しますように」
僕は正門を出て、誰もいない石橋を渡ると、欄干にもたれてウラカが立っているのを見つけた。
ズミは橋を駆けた。
街は向かって右で建物が崩れ、白煙が立ち込めていた。上空では鳥獣が飛んでいるところからすれば、レイとラナイとやらがいるのだろうなと思いながらウラカに近づいた。
「王子様から?わかったわ。次はロブハン様一行を探してきて」
「でも……」
「ごめんね。疲れてるのはわかるんだけど、もう一働きして」
ズミが戸惑っていた。なぜならロブハンの頭は僕が持っているのだから探す必要もないのだ。形相が変わっていて、ロブハン本人とはわからないかもしれないが、本人だ。
「ただいま」
「死ぬかと思ったわよ。ちょっとその持ってるの何?」
僕はウラカの方へ転がした。
「何てことしてくれたの?」
「せっかく連れて来たのにひどい言われ方だな」
「連れて来たと言われても。首から下は?」
「下の方がいるのか」
戸惑うウラカをよそに、
「モッシ、ちゃんとウラカを救い出したんだな」
僕は声を潜めた。
「そこそこ恩はあるしな」
「義理堅いな」
「貴様も生きててよかったな」
モッシは退屈そうに戦いには背を向けて丸くなっていた。止めないといつまでも続くだろうな。
「ついでに二人も止めてくれよ」
「バカなこと言うな。ついでにすることじゃない。俺様を殺す気か」
「じゃウラカが止めてくればいいんじゃないか?知り合いだろ?」
「殺されるわよ。ところでこのロブハンは誰が殺したの?」
ウラカの表情は薄暗い。僕はズミに案内されて城から出てきたときには死んでいたと答えた。欄干の上に頭を何度もぶつけていた。訳があるような気もするが、今ここでわざわざ聞くまでもない。それに女王の剣も転がっていたが話さずにおいた。
「城は壊れるし。ロブハンは殺されてるし。ズミたちも疲れてるようだし。ところで陛下はや王子は?」
「死んだよ」
「え?」
爆発がして、城から炎が上がった。山を背にした灰色の城は勢いよく燃え始めていた。こんなところにいたら巻き込まれかねない。
「国王も逃げてない」
「へ?ロブハン様が連れ出してるんじゃないの?」
「頭が転がってるのに、どうやって連れ出すんだよ。気味悪いだろ」
僕たちはレイとラナイの一騎打ちを見ながら、城から離れるように堀沿いに歩いた。逃げている市民は市街地を迂回して急いでいたが、僕たちを気に掛ける者などいない。
「もうどういうことなのかわからないんだけど。剣はどうしたの?」
「置いてきたよ。何で持って帰らないといけないんだ」
「機嫌悪いの?」
「踊る気にはなれないくらいには」
「頭が追いついてないわ」
「見てないんだし、しようがないんじゃないかな。ロブハンは一人で逃げたんだ。で、死んでた」
近づこうとしたウラカを僕は後ろ手で制した。「今はね」僕は街で暴れるレイを探して土手を歩いた。
「ちょっとつらいんだよ」彼女の言葉を制した。「ウラカが謝ることはない。僕が選んだんだからね」
「そんなこと言われたら……」
「ウラカは救済師とやらの任務をこなした。第一王子は死を選んだ。死刑執行人は僕だ。でももう少しどうにかならないかなぁとね」
少し犠牲者が多すぎだ。
身も心も重い。
レイに会いたい。
「彼らは死ぬしかないことくらい理解していたんじゃないかな」
「じゃなぜロブハン様の誘いに?」
「夢くらい見てもいい」
「夢?」
ウラカは問い返した。
国王も王子もミアも夢を見ようとした。城から出た後の自由な生活があると思い込もうとしていた。しかし同時にそんなことはできるはずもないことも気づいていた。そしてお姫様がいちばん知っていた。
もっとリアルに言うなら時間稼ぎをしていたんだろ。しかし言葉には出せなかった。城で生まれ、育った人が城から出て暮らす夢だ。
僕は燃える城を見た。
今頃、第一王子と彼らの魂は還るべきところまでの道を家族たちで歩いているのかもしれないな。
僕の隣でウラカは厳しい表情をしていた。それは彼女自身を責めている顔だ。嫌な仕事だろうな。
「ちゃんと第一王子の願いを叶えられたし、教会の職務も果たせたじゃないか。よかったよかった」
「からかわないで」
「ウラカ、君は自分自身を褒めてあげないと。そうでないと苦しくなるだけだ。二人いつまでやるんだ」
僕は誰も避難民がいないところまで行き、街を見渡した。東の塔の残骸が崩れたのを見つけた。僕は丘を降りて、低い石塁に飛び乗った。
僕は腹から、
「レぇぇぇえイいぃぃぃぃいっ!」
思いきり街に叫んだ。
戦いが止まった。
影が近づいてきたので、てっきりレイだと思って石塁を降りた。
「てめえ!」
髪は乱れ、頬に傷がつき、上半身の甲冑がなくなっていた。折れた光の剣を持ち、僕を睨み据えた。
「レイは?」
「わたしが負けるわっ!」
言いかけて、後ろからしなってきた鞭に薙ぎ倒された。派手に吹き飛んだ彼女は地面を削るように転がっていった。よく死なないな。血泥まみれの顔のレイが抱きついてきた。
「シン、生きてるのよね?」
「レイのおかげでね」
「でもみんな死んじゃったんだよね。ミアもノイタも」
「やっぱり見えてたんだ?」
「うん。で、ラナイはどこ?」
僕は指差した。
レイは腕まくりした。
「レイ、痛くないのか?」
「何?」
僕はレイの額の眼を突き刺している折れた光の剣を指差した。
興奮でわからないんだな。
「あぁ!」
レイは気づいて、片手で引き抜こうとしてた。自分ではできかねるようで、僕が剣身を掴んでレイが後ろへと踏ん張ると、ようやく抜けた。
「痛ぁい!」
そりゃ痛いだろ。
「くそぉぉお!」
「待て待て。ちょっと見せてみ」
見ているうちに細かな触手が穴を塞ぎ始めた。すぐにいつものルビーのような眼に戻ってきた。
「すぐ治ってきてるな」
「頭がズキズキする。ガンガンかもしれない。この感覚わかる?」
「さすがにわからないよ」
普通、死んでるし。
僕は再びレイを抱き締めた。もう戦わなくていいんだよ。レイも腰に腕を絡めて抱き返してきた。もうすべて済んだから。レイの全身から力が抜けるのを感じた。
「守ってくれてありがとう」
「うん」
「もういい。帰ろう」
ラナイが向かってきた。
すかさずレイも攻撃に入ろうとしたところ、僕はレイを止めた。
「ラナイ!」
ウラカが土塁の上で叫んだ。気を逸らされたラナイが転んだ。
「頭を冷やしなさい!いつまでこんなことをしているの?」
逃げ腰のウラカの前でも次第にラナイの殺気が落ちてきた。
「あなたに話があります」
「は、話?」
「寝ながら聞く気ですか!」
ラナイは起き上がった。寝ながら聞いていたのではなくて、転んだまま起き上がれずにいたんだ。
「あなたが共和国軍に雇われたことは噂で聞いていました。少しは落ち着いたのかと思っていれば、この騒ぎは何ですか」
もちろん騒ぎは一人では起こせないんだけどね。
「もう少し慎みなさい!」
「すみません」
「もう教会の騎士団に入る夢は諦めたのですか?」
「わ、わたしなんて……」
「すぐ逃げようとする。わたしなんて何ですか?」
「何でもありません」
「自分の言葉を相手に伝えることを学びなさい」
ウラカには今の言葉をそのまんま跳ね返してやりたいくらいだ。ギリギリまで押し込むから、とんでもないところで爆発するんだぞ。
「申し訳ないし」
「試験に落ちたこと?わたしがそんなこと気にするとでも?」
「理由が理由だし」
「逃げることから学べるものはありません」
何か嫌な展開だな。
僕とレイも黙った。ウラカの沸点は超えている。ここはひたすら静かにしておこう。ラナイがかわいそうになるが、それでも何も言う気にはなれない。火の粉は払いたい。
わずかな間が空いた。
「そもそも!」
まずいなぁ。
風向きが変だ。
「二人が逃げなければ、こんなことにはなってなかったのよ!」
ウラカは斬るように僕たちを睨むと、レイは逃げようと囁いたくらい近くまで来た。逃げるなと言う話をしていて逃げられないだろ。
後ろでは落ち込んでいるラナイをモッシが慰めようとするかのように見上げていた。モッシ、おまえも策士だな。
「もう共和国軍なんて戦闘不能じゃないの!」丘を指差した。「どうして二人とも穏便に済ますことができないの!」
「まだ残ってるじゃん」
「レイ、何も言わないで!これ以上言われたら爆発するから!」
ウラカは地団駄を踏んだ。もうすでに爆発している気がする。
「わたしはラナイからシンを守ろうとしただけだし」
「わたしが話してるの!」
ウラカは三人を並ばせた。そして後ろを向いて丸まっていたモッシも呼び寄せた。僕はモッシと街は壊していないことにホッとした。
「一人と一匹!」
「はい」「わん」
都合の悪いときだけ犬ころになるのか。うるさい。俺様を巻き込むな。巻き込まれたのは僕だ。
「この状況を教会はどうすればいいの?ロブハンのことはどう話せばいいわけ?」
「誰か他の奴らが話してくれるんじゃないですか。僕は教会の信者じゃないし」
「そんなこと言うの?じゃわたしも言わせてもらうけど、白亜の塔を潰してコロブツ湖の形まで変えたのは誰?あなたが捕まらないように必死だったわたしは何なのよ!」
「先生、少し落ち着いて」
猛者だな、ラナイ。
ん?先生?
「ラナイ、あなたのしたこともすべて不問にしたのは誰かわかる?」
今この瞬間、ウラカの中でのラナイの聖域は解除された。
「ありがとうございます!」
「いいわ。わかったらさっきからうろうろ飛んでる鳥獣をかごに入れなさい。住民が怖がるから」
そろそろだぞ、犬ころ。もはや聖獣扱いされると思うなよ。もうラナイに乗り換えられたのか?
「モッシ、わたしから離れたいんなら離れればいいわよ。そこまでふてくされるんなら選びなさいよ!」
「ウラカ様です!」
早っ!
「聞・こ・え・な・い!」
「ウラカ様しかおりません!」
「よろしい。もう二度と蒸し返さないわよね?」
そしてウラカはレイに、
「あなたは教会に来るの。力をコントロールする術、読み書き計算、人としてのたしなみを学ぶ」
ウラカは返事を待った。僕たちもちゃんと答えてくれと願った。
「どして?」
僕はレイを抱えて、戦禍から逃げる人の列まで一目散に走った。ラナイは鳥獣の足を掴んで飛び去った。
残されたのはモッシだ。
「モッシ!」
「はい!ご主人様!」
「ひとまずわたしは調停団とハイデルに戻るわ。あなたは十日以内に三人を連れてきなさい」
「私一人で?」
「文句ある?」
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