第3話 ジョセフィーヌとナイジェル2
条件1;比類なき力を持つ者
条件2:並々ならぬ勇気を持つ者
条件3:姫が欲しがっている物を差し出せる者
~~~
王宮の中庭でナイジェルは他の候補者たちに囲まれていた。
‟なぜお前の様な下賤な者が最終候補者の中に入っているのだ?”
‟宮廷医師の息子だからと贔屓してもらったんじゃないのか”
‟納得がいかん”
‟貧乏子爵のせがれごときが”
と豪商の息子が言った。
‟頭でっかちで剣もまともに触れないやつがどうやって姫様を守るというのだ”
将軍の嫡男であり近衛騎士でもある候補者が威圧的に見下ろしてくる。
それらの言葉にナイジェルは反論できない。全てが的外れとは言えないからだ。ただ俯いて黙り込むしかない。彼らの不満は理解できたし、優遇されているのは事実だと思う。彼は第一王女カトリーヌの推薦で求婚者リストに載ったのだ。
‟そのような言い方をするのはやめた方がいい”
候補者たちと彼らに囲まれるナイジェルは声のする方を見た。ロドリゲス王太子だ。彼は文武に優れ端正な顔立ちを持つ隣国の王太子で前々からジョセフィーヌに求婚していた。文句のつけようがない求婚者で、ジョセフィーヌが結婚そのものを拒まず、あるいはこの国の王家が普通の王族の感覚を持っていれば数年前に婚姻は成立しただろう。もちろん今回の選別の最有力候補だ。
‟彼も二つの条件を満たしているはず。そして子爵は確かに上位貴族ではないが今回の選別には問題にならない”
落ち着いた口調で言われ、それまでナイジェルを嘲るように詰め寄っていた男たちはきまり悪そうに一歩退いた。
ロドリゲスはそのままナイジェルに向きあう。
‟だが私とて全く疑問がないわけではない。王宮医師である彼の父上の御高名はわが国でも耳にするから彼も優秀には違いないと思う。が、その有能ぶりはまだ耳にしたことは無い。とにかく選別が公正であることを信じるしかあるまい”
そう言うと踵を返して去って行った。
‟はぁーまいったなあ”
男たちが去って行って、ナイジェルは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
頭の上でほっほっほとしわがれた笑い声がした。
‟爺さん”
‟一言も言い返せないんか、情けない男だの”
皺だらけの痩せた老人が傍に寄ってきて隣に座り込んだ。
‟うるさい”
ナイジェルはふくれつらをしてぷいっと横を向いた。
‟何をぐずぐずおどおどしとるんじゃい。お前がこれまでやってきたことを皆に見せてやればいい。この奥にある薬草畑には体の弱い姫様のためにお前が国中から集めてきて育てている薬草が、城の裏手にある畑には野菜が嫌いだった姫様のために土を改良してこしらえた味も良くて滋養のある野菜が植えてあるのを”
‟そんなんで結婚できるわけがないだろう。世話係として、医師として当然だ”
‟やれやれ昔はもう少し自信をもっていたのになあ”
庭師の爺さんはあきれ顔で言う。
‟大人になるといろいろあるんだよ。見ただろう、さっきの方々。地位も金も教養もあり、いざとなると姫様を守れる方ばかりだ”
それに比べて俺は…と肩を落とすナイジェルを見ながら爺さんは煙草を吸いながら独り言ちする。
‟姫様が今更金や地位を欲しがるかねぇ。それに剣の腕だって…”
平穏な今の時代、無双の剣の腕など必要とされない。騎士や護衛たちはもちろん緊急事態のために鍛錬を積んではいるが剣技は剣術試合などで披露されるくらいだ。それに剣の腕と言うならジョセフィーヌは女性騎士としては群を抜いており、男性相手でも引けを取らない。彼女は森の奥深くに薬草を探しに行くナイジェルが獣に襲われたりした時に守れるようにと丈夫になってから必死に剣や槍の腕を磨いてきたのだ。ナイジェルが森に入るときは彼女の命令で必ず近くに数名の護衛がつくのだがジョセフィーヌ本人がその護衛に混ざっていることに気が付いていないのだろうか。まあ、その彼女の護衛もその後ろからつくのでナイジェルの知らないところでかなりの大所帯がぞろぞろと森の中をうろつくことになり獣たちも近寄ってこないだろうが。
まあ、本人がその気にならなきゃ周りがごちゃごちゃ言ったってしょうがねぇか。
‟仕事に戻る”
ナイジェルは立ち上がってズボンのほこりを払い、爺さんに手を振りながら去って行った。
~~~
最終選考の夜会を翌日に控えた夜のこと。ジョセフィーヌはナイジェルの仕事部屋を訪れていた。扉の前に立つジョセフィーヌを部屋に入れるわけにはいかないイジェルは戸口で彼女に向き合う。
‟ナイジェル、明日は夜会に来てくれる?”
ジョセフィーヌの瞳は不安げに揺れている。
‟…”
ナイジェルは俯いてぎゅっと手を握りしめる。
‟明日あなたが来てくれなかったら…私は誰かのお嫁になるのよ?”
‟俺は…”
ナイジェルの言葉を待つ。沈黙が苦しい。
‟俺には、やっぱり無理です”
ナイジェルが絞り出すように言葉を吐き出した途端、ジョセフィーヌはひゅっと息を飲んだ。
‟姫様には身分も力もある立派な殿方がふさわしい。俺のような、力もなく、どこの国の血を引いてるかもわからない男じゃなくて”
‟何を言うの?ナイジェルもラファエルも立派な我が国の国民よ。それに何よりも立派な人間じゃない。あなた達のおかげでたくさんの人が命を救われたのよ。私だって”
‟でも!俺は貴女の隣に並び立つにはふさわしくない。医師としてあなた様の健康をお守りします。でも伴侶になるなどとだいそれたことは”
‟嘘つき!意気地なし!”
そう叫ぶと両目から涙をボロボロこぼしながらジョセフィーヌは走り去っていった。
‟俺だって出来ることなら…ジョセフィーヌ様。ずっとあなただけのために生きてきたのに”
ナイジェルの肌は褐色だ。昔、南方の国から奴隷として連れてこられた者の血を引いているのかもしれないと、父のラファエルに言われたことがある。父も同じ肌の色をもつ。髪の色は様々だが基本白い肌を持つこの国で彼らは目立っていた。ナイジェルもラファエルも堀の深い整った顔立ちをしているがその肌の色の所為で彼らを軽んじている人間たちが多くいるのは事実だった。それでも国王に引き立てられたラファエルは幸運で、肌の色に頓着が無くまた両親を早くに亡くした子爵令嬢の母と結婚した。普通に暮らしていればそれほど気にならないが、
肩を落とし仕事机に向かおうとした時また扉を叩くものがいた。
今度は誰が…?
舌打ちをしたい気持ちで扉を開けるとそこに立っていたのはカトリーヌだった。
‟殿下、どうしてこのようなところに?”
‟少しいいかしら、ナイジェル?”
カトリーヌは優雅な物腰で部屋に入ってくる。微笑んではいるがその目は笑っていない。若い男女が一つ部屋に二人きりはいけないとジョセフィーヌの入室は拒否したがとてもそんなことを言い出せるような空気ではなかった。しかしよく見ると扉の外には彼女の婚約者である宰相の息子と護衛が立っていた。
逃げ場がない…
まだ何も言われてないのに冷や汗が流れてくる。
‟で、でで殿下。あの”
‟今そこでジョセフィーヌが泣きながら走っていくのを見たのだけれどあなた何か知ってるかしら?”
しらっとしてカトリーヌが聞いてくる。ジョセフィーヌが泣いている理由など容易に察せられるだろうに。いや、会話を聞かれていたかもしれない。苦い思いでナイジェルは応える。
‟い、いえ俺は”
‟あらそう。あの子があんなに泣くなんて何があったのかしら。誰が泣かせたのかしら。ところで座らせてもらっていいかしら?”
かしらかしらと一応質問形式で問うてくるがこの妃殿下が本心から他人に伺いを立てることなどめったにない。こと今の状況では厭味でしかなかった。
‟失礼しました。ど、どうぞ殿下”
ナイジェルはカトリーヌに椅子を進めると数歩下がり壁際に跪いた。
‟ねぇナイジェル。あなたは私とジョセフィーヌに借りがあったわよね”
‟え…?”
いきなりのカトリーヌの言葉にナイジェルは一瞬何のことかわからず言葉が出なかった。そんな彼の反応にカトリーヌは瞳をきらりとさせる。
‟まさか忘れたとは言わせないわよ。十年前の事”
‟も、もちろん覚えております”
‟そうよね。あなたは言葉通り誠心誠意私たちに仕えてくれてるわ。それに結果的にあなたは正しかった。でもね、私は今でも忘れないわ。あの時の苦しみを”
‟も、申し訳…”
ナイジェルは首を垂れる。
‟謝ってもらいたいわけではないの。わかるでしょう?”
‟しかし…”
‟別にどうしろと言いたいわけじゃないわ。ああ、違うわね。あなたにして欲しいことはあるけど、強要されてジョセフィーヌに求婚させたってあの子は喜ばないわ。あなたの意志でなければ意味はないの”
‟ならばどうして”
こんな脅すような言い方をするのか、とはさすがに聞けなかった。
‟思い出してほしいのよ。十年前のあなたを。あなたはまだ十代だったから確かに今よりも世の中のしがらみや身分の事を理解していなかったかもしれない。でも全くの無知だったわけでもないでしょう。それでもあなたは普通の人間だったら決して出来ない命がけの決断をしたわよね。あの勇気を取り戻してほしいのよ”
ナイジェルは握りこぶしに力を込めた。カトリーヌの眼差しと口調は穏やかになる。
”私は確かにあなたを候補者に推薦したわ。だけど二つの条件の審査にに関して贔屓なんかしていない。十年前の事情を知る大臣たちがあなたを認めたのよ。そして三つ目の条件はあなた次第”
ナイジェルは黙って自分の足元を見ている。
‟ジョセフィーヌはあなたの求婚を待っているのよ。そうでなければ本当に他の誰かのお嫁になってしまうわよ。あなたは彼女をずっと守ると誓いを立てたのでしょう?他の殿方と夫婦になったジョセフィーヌをただの医師として本当に見守り続けることが出来るの?お願い、もう一度あの子とあなた自身の気持ちに向きあって”
最後に懇願したカトリーヌの声は震えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます