妖怪フィールドワーク用品 蚊取り線香

 妖怪事象研究家のあいだでは常識ではあるが、意外と一般に知られていないことがある。

 そのひとつは『蚊取り線香は、気配はあっても姿は見極めがたいものに対し、なんらかの効能を持つ』というものだ。

 このことは、実は一般的にも周知の事実のはずなのだが、改めて言われると「そうだったかな?」と思いがちだ。


『蚊取り線香は、気配はあっても姿は見極めがたい蚊に対し、殺虫の効能を持つ』

 と、書けば読者のみなも馴染みのあることと思う。

 

 要は蚊取り線香は「気配はあっても姿は見極めがたいもの」……妖怪にも効力があるのだ。

 しかしながら蚊取り線香には妖怪を殺傷する効果はない。どちらかというと妖怪は蚊取り線香の煙に寄ってくる、という事象が観測されている。

 (じつは蚊取り線香で殺傷される妖怪もいるかも知れないが、それは我々人間には観測できないということだ)

 蒸し暑い日のベランダ、縁側、田んぼの畔などで蚊取り線香を炊いていると、ときおり煙が不意に乱れることがあるだろう。

 そのとき、風が吹いた様子もなく、人や猫が脇を通り過ぎた事実もないなら、それは『妖怪 猫の手』が遊び半分に立ち上る煙に手を突っ込んでみたのである。

 ただしここで間違ってはいけないのは、おそらくこの妖怪は、実際は『猫の手』ではなく、蚊取り線香に近づいてきた特定できない妖怪を、煙が猫の手にじゃれつかれたように動くために『猫の手』と呼び習わされている点である。

 すべての妖怪が蚊取り線香に興味があるとは断言できないものの、多種多様な妖怪たちが蚊取り線香に興味を持っているのは事実である。

 すくなくとも『妖怪 夕涼み』は蚊取り線香に寄ってくるのは間違いない。

 

 なお『猫の手』とされているとはいえ、実際には『猫の手』ではないため、猫の手も借りたいときに蚊取り線香を焚き、『妖怪 猫の手』を呼んだとしても『猫の手』よりもさらに何の役にも立たないことには留意しておく必要があろう。

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