妖怪 アクアリウム

 アクアリウムに憑く妖怪である。

 水族館にはほとんど棲息しておらず、個人宅のアクアリウムに憑きやすい。

 この重要な発見をしたのは東北大学(※)妖怪学院生であった帯夜喜愛たいやきあいが2000年に書いた博士論文で、帯夜喜愛はこれによって博士号を取得した。


 おおきなアロワナを一匹飼っているアクアリウムよりは、グッピーやメダカ、小エビなどを飼っているもの、しかも六匹から十二匹程度のアクアリウムによく憑くという研究結果もある。飼っている数は少なすぎても、多すぎてもいけない。理由は後述する。


 日常において、なにかのはずみにふとアクアリウムで飼っている生き物の数を数えてしまうことは、現代社会の抱えるさまざまな軋轢に疲れ果てた人々にはよくある行動であろう。

 生きものを眺めて、その姿を観察することにこころ和ませつつ、数を数える行動に楽しみを覚える。まさに現代人のためのオアシス、心の潤いたる行動である。

 私の家にはアクアリウムはないのだが、日常のふとしたときに空の雲を背景に、電線に留まっている雀や烏の数を数えてしまうことはよくある。

 私はどうも魚や猫よりは鳥に親しみを覚えてしまう嗜好をもっているらしい。

 そういった私が電線の雀を数える場合でも、二、三羽では物足りず、十五羽くらいいそうな時には、端から数えるのをやめてしまう。数えているうちに最初のほうの雀が移動して、数えた雀か、まだ数えてない雀か分からなくなって、ちょっと残念な気分になるからだ。

 『六から十二程度の数をつい数えてしまう』というのはストレスなく、かつ些細な達成感を覚えたいときの自然な行動である。


 『妖怪 アクアリウム』は、たとえば十匹のグッピーがアクアリウム内に泳いでいるとして、妖怪はその数を十一、または九匹に誤認させる。


 数を数えた飼い主が「いやそんなはずはない」と慌てて数えなおし、「あ、やっぱり十匹だった」とほっと安心する、この焦りと、安心の落差、例えるなら水の落下を利用して電力を生み出す水力発電にも似た仕組みによる、心的エネルギーをその妖怪は主食にしていると考えられる。

 そうなのだ。ここに水族館でなく、個人宅の、しかもアクアリウムで飼われている生き物の数が六から十二匹程度でなければいけない理由がある。(※※)

 一から五匹程度だと、数えるまでもなくひと目見れば数が把握できる。逆に、たとえば百匹も飼っていると、そもそも数を数えてみようという人間がすくないし、仮に数えたとしても、九十九匹や百一匹だったとして、「いや、百匹のはずだから数えなおそう」と慌てる人間はさらにすくないだろう。

 グッピーの数がすくなければ「あ、どこかで一匹死んだかな」、多ければ「気がつかないうちに卵が孵ったのかな」程度にしか気にかけないはずだ。(※※※)


 人間に知られぬように人間の心的エネルギーを掠め取る生存戦略に出る、『妖怪 アクアリウム』の繊細にして狡猾な戦略、恐るべしである。



※国立東北大学ではなく、岩手県立東北大学である。


※※もちろん電線に留まっている雀ではいけない。電線の雀はたしかに数を数えたくなるものであるが、数を数える人が「正しい数」を把握していないため、『妖怪 アクアリウム』の主食としている心的エネルギーが発生しない。


※※※妖怪事象総合博物館には、『妖怪 アクアリウム』の憑いたアクアリウムが展示されている。ご自宅のアクアリウムと違って来館者の方はこのアクアリウムに何匹のグッピーが飼われているか知るよしもないため、水槽の脇におおきく『このなかには10匹のグッピーがいます』の貼り紙がしてある。これにより、自宅のアクアリウムとおなじ条件になるうえ、『10匹です』と書いてあると、ついつい、確かめたくなるのが人情で、このアクアリウムのまえでグッピーの数を数えてしまう来館者の割合は、じつに84%にも及ぶというアンケート結果がある。

 来館者は「10匹って書いてあるけど9匹しかいない」といったんは不快を覚え、展示の説明文を読んだあと、もう一回数えて「なるほど、たしかに10匹だ」と納得することになる。

 『妖怪 アクアリウム』が心的エネルギーを摂取しすぎて太っていないか、心配である。

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