妖怪 琥珀糖

 琥珀糖の表面に潜んでいる妖怪である。

 琥珀糖は、古くは水に溶かした砂糖を煮詰めて作られるもので、煮詰めた砂糖がわすかに焦げることで固まったときの色が琥珀色になることから名付けられている。

 寒天を利用したものとしては、伝統的には梔子で彩色して琥珀色に着色していた。近年はカラフルな琥珀糖もおおい。

 いずれにせよ、見た目は氷菓のようであるが、常温で保存できるお菓子だ。


 『妖怪 琥珀糖』は材料の種類によらず憑くという情報がある。いまのところ論文等、まとまったかたちでの発表はないが、『妖怪 琥珀糖』を研究対象にしている研究者も二、三人知っている。彼らの研究が進めばもうすこし詳しい状況が分かってくることと思う。


 琥珀糖につく妖怪は、虎だったものが、命を失って固まったものだ、そう考えられてきた。

 このことは古事記をはじめ、日本霊異記などの文献に見え(※)、古くから文献学的に疑う余地のない部分とされてきたが、近年の実証研究で「どうもそうとは言えないようだ」ということが徐々に判明してきており、覆る可能性の高い「定説」と言える。

 では『妖怪 琥珀糖』とはなんなのか、いま主流になりつつある説では、猫のような性格の妖怪なのではないかとされている。むろん猫そのものではない。

 『妖怪 猫又』(※※)がどうやらその近縁種のようなのだ。

 

 もともとは樹液が固まって化石化した琥珀に憑いて、それを薬として飲もうとする人間を驚かして楽しんでいたらしいのだが、近年、琥珀が宝石と認識されて食べてもらえなくなったため、憑くさきを琥珀糖に変更したらしい。

 となれば、この妖怪が砂糖と水飴を利用したものや、寒天を利用したもの、区別なく憑くのも納得である。この妖怪にとっては、すべては琥珀の代わり、原料などどうでもいいのだ。

 猫のような性格の妖怪、というのも頷ける。

 たしかにあの琥珀糖の表面をすこし圧力を加えながら、割るように口に含んだときに感じるざらっとした感じは、ソフトな猫舌のような感触と言えなくもない。


 ここまで長々と本論以外のところを語ってしまったが、肝心のことに触れていなかった。この妖怪が憑くとなにが起こるか。

 琥珀糖を口の中に入れて、氷でもないのに「ひやっ」としたら、それは妖怪の仕業である。

 この部分も、猫に似た妖怪と言われる所以である。たしかに猫がじゃれつくような、稚気のある悪戯ではないか。



※私も検証の見地から探してみたが、見当たらなかった。江戸時代の読本などには、自説に箔付けしたいときに「このことは古事記に書いてある」的なことを根拠なしに書き加えるのが流行ったようだが、その類いなのかも知れない。


※『妖怪 猫又』とは、行燈の油を舐めるといわれている。が、私はひとつの仮説をいま、温めている。

 この「油を舐める」というのは、かつて琥珀に憑いて人を驚かせていた妖怪が、琥珀に憑くのをやめるために、「次に何に憑くか」いろいろ探していたときの行動ではないだろうか? さまざまなものを舐め回っていたとき、たまたま行燈の油を舐めていた「なにか」が人間に目撃されたために、これが『妖怪 猫又』として流布したのではないか。風呂を舐める『妖怪 あか舐め』というのもある。

 じつは『妖怪 琥珀糖』は、『飛ぶ妖怪』のように人間が視認できる妖怪なのではないか……

 検証方法を考案し、いずれ論文にまとめるつもりである。

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