妖怪 夕涼み

 人間が夕方、夏の煩わしい暑気を祓うために窓を開けていると人に憑く妖怪。

 つまり、暑気とは敵対関係にある妖怪であろうと推測される。

 理由はのちの章『蚊取り線香の効果』に譲るが、窓辺で蚊取り線香を焚くとより効果的に呼び込み、この妖怪が人に憑きやすいとされる。なお、呼び込みやすさは、金鳥の蚊取り線香を筆頭とする。加熱式マットやリキッドタイプの蚊取り器具では効果がないことが証明されている。(※)

 すなわち、『蚊取り器具』の蚊を殺す点には、この『妖怪 夕涼み』を呼び寄せる機能はないということになる。

 可能性としてもっとも高いのは、除虫菊を焚いたときの香りであろう。

 ただし、たくさん焚けば効果が高いのではないかと、窓辺で金鳥の蚊取り線香を窓のさんに五つ、部屋のなかでみっつ(うちひとつは伝統と安心のぶたさん型蚊遣器)で焚いてみたが、煙いだけで『妖怪 夕涼み』が憑いた気配はなかった、という研究結果がある。やはりものには「適量」というものがあるのだろう。

 余談ではあるがその実証実験を行ったのは私である。(※※)


 人間が夕涼みするのは六月から九月かけてであるが、この妖怪の出現は七月におおい。出現時期の偏りの理由はいまだ研究の途上にある。

 この妖怪は人に憑くと、人間に人恋しさや郷愁といった、あてどないさみしさを呼び起こす。

 近年は室内空調器具の発達、防犯意識の向上によって人間が窓を開けないため、絶滅の危機に瀕しているのではないかと推測されている。

 ただし、この妖怪の存在は「七月の夕暮れ時、窓からの風にあたって夕涼みしていると何故とはなしにさみしくなる」という現象によってのみ観測されるため、最近、そのように感じる人間が減っていることをもって、絶滅しかけているのではないかと考えられているだけである。

 すなわち個体数が減っているのか、憑く人間がいなくて暇を持て余しているのかの科学的判断は、現時点の観測技術では不可能と言える。

 科学のさらなる発達による観測技術の高度化、精緻化、多様化に期待したい。


※『妖怪年報1992年』発行所収『妖怪 夕涼みと蚊取り用品の関係について』を参照されたい。

 この研究結果は1992年において妖怪学においてもっとも優れた論文に与えられる幽怪賞に選抜されたが、惜しくも落選した。

 1992年の幽怪賞受賞論文は妖怪事象総合博物館研究員 凧葦羽舞たこあしうまいのものした『妖怪 摩天楼が人体に及ぼす影響について』であった。


※※『妖怪年報1993年』発行所収『妖怪 夕涼みを効果的に呼び寄せるための考察と実験』を参照されたい。

 ちなみに実験の結果、「ぶたさん型蚊遣器を窓の外側に置き、部屋の内側には除虫菊の香りがほんのり漂ってくる程度」が、『妖怪 夕涼み』を憑かせるのにもっとも効果が高かった。風鈴を窓辺に置けばさらに確率は高まる。

 妖怪学における実験とはなにかを体験してみるためにも、読者のみなさまにあっては、是非ご自宅で試して見て欲しい。

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