ロストコネクティング

ずみ

ロストコネクティング

『メインプロセッサ起動。自動精査開始。……全百二十八項目オールグリーン。帝国空軍第一実験航空団所属、機体名JS-13。起動しました』

 意識が覚醒する。目を開けるような感覚は無く、しかし視界は明るい。目の前に何か文字や数字やらが蠢いている。体を起こそうとするも、ベッドに寝ているような感覚も、椅子に座っているような感覚もない。

『聞こえるかしら、JS-13』

「……僕ですか?」

 視界の端に写った女性の士官が、椅子に座りながら僕に話しかけてくる。帝国軍人特有の、黒い士官用軍服の上に、白衣を羽織った女性。

『そうよ。JS-13。ここは国境近くの試験飛行場。貴方は戦闘機として飛んでもらうわ』

 ……さっぱり意味が分からない。戦闘機? パイロットじゃなくて? 

「えっと……僕はパイロットになったってことですか? 」

『いいえ。貴方はもう人間じゃない』

 女性士官が手元のタブレット端末を操作すると、目の前に戦闘機? の設計図が。

『JS13【シスタドーラ】。我が帝国の新たな主力となりえる最新戦闘機であり、貴方の新しい姿よ』



     ***



どうやら僕は、リューレ・リヒテルは交通事故で死んだらしい。

白髪青目の帝国人としては普通の見た目だった。今は亡き両親と妹に囲まれて育ったごく一般的な帝国の臣民。小さなころは空軍パイロットに憧れてパイロット育成学校にも入ったりした。全然だめで、それでも空軍への夢を諦められなかった僕は警備兵として空軍に入った。

夢が叶わないらしいと知った僕は空軍をダラダラ続けた。

年下の上官も出来た五年目半ば、居眠り運転の大型トラックに轢かれた。そこでリューレ・リヒテルは死んだが、脳は無傷だった。その脳がちょうどよく必要だった戦闘機に乗せられて蘇ったわけだ。

「……なんで僕なんかを戦闘機にしたんだろ」

 機体下部と上部のカメラポッドが今の僕の視界。雲一つない空を身一つで飛ぶような感覚は、自分が戦闘機になった実感を湧かせる。


 滑走路に向かって速度を落としながら着陸する。戦闘機としての本能というのだろうか、それが無知な自分に操縦技術を授けてくれるような感覚。それが自分がもう人間ではないということの証明になってしまいそうで少し怖い。

『格納庫に貴方の専属パイロットが来ているわ』

 駐機場に向かいながら技術大尉が無線で話しかけてくる。自分一人だけでも飛べるが、試験機のためパイロットをつけるという話は前に聞いていた。そういえば今日だったか。



     ***



『シスタドーラ。遅いわよ』

技術大尉の横には、空軍の耐Gスーツを着たパイロットの姿。

 銀色に輝く長い髪を後ろにまとめ、青い瞳は先ほどまでいた青空のように澄んでいる。

 僕はその姿に見覚えがあった。

「……カイエ」

『……久しぶりだね、兄さん』

 カイエ。カイエ・リヒテル。

 輸送機のパイロットにもなれなかった僕を嘲笑うように帝国最年少の戦闘機パイロットになった、僕の妹だ。



     ***



 兄さんは、私、カイエ・リヒテルのあこがれだった。

 兄さんと一緒に空を飛びたかった。兄さんがパイロットになりたいと言ってから、私もパイロットを目指した。

 でも兄さんはなれず。

 私は空軍で最年少の戦闘機パイロットになった。

「パイロットに、なったんだ。おめでとう、すごいね」

 私がパイロットになったとき、兄さんは褒めてくれた。それが嬉しくて毎日フライトを終えるたびに兄さんに電話した。

 でもきっと、それが兄さんを傷つけていたんだろう。兄さんは私からの連絡を無視するようになって。

 そして、死んだ。

 あまりにも急なお別れに、私はショックのあまり何も言わず、泣けないまましばらく過ごした。

 そんな中、私は空軍から兄さんの脳を使った戦闘機を作っていることを聞いた。人間の脳は情報処理装置としてかなり高性能だ、とパイロットとして冷静に判断する中、私は正直嬉しかった。

 また兄さんに会える、また二人で話ができる。

 兄さんと一緒に、空を飛べる。

 私は迷わず、その戦闘機のパイロットに志願した。



      ***



「……カイエ、」

『なんで』

 夜の格納庫は寒い。僕はすっかり寒さやら暑さやらを感じなくなったので感じないがカイエはかなり寒そうにしていた。陽が沈む前からずっと僕の左主翼の下、主脚にもたれかかっていたカイエは、僕が声をかけようとすると初めて口を開いた。

『なんで私の連絡を無視してたんですか』

 カイエは、僕の主脚にもたれかかったまま聞いてくる。

「……」

『兄さん。私は悲しかったんですよ。兄さんが私の電話に出なくなってから、私は兄さんに嫌われたのかなって考えてしまって』

 僕は、返事が出来なかった。

 久しぶりに見た、僕なんかよりずっと優秀な妹の涙。

 僕は妹を見ようとしてなかったんだ。

「……カイエ、僕は」

 機体下部のカメラが捉えた、本来愛すべき妹の涙。

 何が僕よりも優秀だ。

 僕が勝手に、妹に嫉妬しているだけじゃないか。

「……ごめんね、カイエ。勝手にいなくなってしまって」

『……っ!! 』

 カイエが立ち上がり、僕のカメラ越しに目が合った。

 泣きはらした両目で僕を見つめ、笑ってくれた。



     ***



『どういうことですか!? 』

 カイエが僕のパイロットになってから一か月経ち、すっかり帝国内でも雪が降り始めた頃。僕が入る格納庫内では怒声が響き渡っていた。

『言った通りだ。君たちJS-13は来たる次の戦争の一番槍になってもらう』

 上層部から来た、おそらく司令部の帝国軍士官の男性が冷たく言い放つ。どうやらヴラニート帝国はマルカーデ王国と再び戦争を始めるとのこと。俺たちがその戦争の一番槍に選ばれたらしい。

『そんな……納得できません! 我々は実験部隊のはずです! 』

『もとよりシスタドーラはこの時のために開発された戦闘機だ』

 カイエは必死に反論するが、もはやパイロット一人の意見じゃ軍は動かないだろう。

『ですが、こんな作戦……まるで、決死隊ではありませんか! 』

 提示された作戦は三日後、ステルス性能を生かしてマルカーデ王国領空内に侵入し、友軍機が陽動しているうちに後方の敵戦闘機部隊を撃破するというものだ。

 しかし、問題は作戦に参加する部隊。そこにはJS-13、つまり僕しかいないこと。

敵の防空網に入って敵の後方部隊を一機で叩く。作戦としては最悪だ。だが、そこで理解した。

「なるほど、僕みたいな戦闘機に乗ったことも無いような人間が中枢に選ばれたのは『死んでも惜しくない人材』だったからなんですね」

 つい、諦めるような口調で言ってしまった。格納庫内がしん、と静まり返る。その空気の中で、司令部の男だけがフン、と鼻を鳴らす。

『そうだ。帝国のために死ねるんだ。光栄に思え』

 そういって踵を返し、格納庫を出ていく。

『これが、帝国のやり方なの……!? 』

 カイエの、反逆罪に問われてもおかしくない発言を咎める者は誰もいなかった。



      ***



 

『間もなくマルカーデ王国首都上空に到着する。対空砲火に警戒』

 操縦席に座るカイエが言う。山と山の間を音速で通り抜け、開けた場所に出る。高層ビルが立ち並ぶ、マルカーデ王国首都のカーデリアだ。

『……きれい』

 カイエは美しい高層ビル群に思わずため息をつく。整然と並んだ摩天楼は、発展した王国の力強さを見せつけているようだ。

『……きっと、この国なら兄さんを救ってくれる』

 マルカーデ王国への攻撃作戦の、前日。

 僕は、妹と亡命しようとしている。

『JS-13! 何を考えている! 応答しろ! JS-13! 』

『兄さん、帝国軍から無線が大量に来てる』

 無線を静かに封鎖する。たぶん最後の妹との空の旅なんだ。邪魔しないでくれ。

 敵国の首都上空を悠然と飛行する。恐らく地上では、空襲警報が鳴り響いているんだろう。日曜日の昼間に、申し訳ないことをした。

「カイエ、広域チャンネルで呼びかけてくれ。攻撃の意思は無いって」

『うん……あれ、できないよ兄さん』

 目の前に赤い、「禁止事項」の文字。突如訪れる、戦闘機になってから唯一感じる痛み。

「っがぁあぁああぁ……! 」

 いつもの禁止事項とは違う、これは……反逆防止システム……? 

《プロセッサ、パイロット双方に反逆の意思を確認。操縦を自動操縦に切り替え》

「なっ……!? 」

『うそ……!? 』

 操縦を、奪われた……?

《前方、六十キロに敵機編隊五機を確認。これより攻撃を行う》

 そのアナウンスの直後、今まで切っていた火器管制システムが再起動、機体が加速を始める。

『こっちも操縦できない! 』

「……そうだよな。普通に考えればわかったはずだ。反乱防止の策は取ってないわけないよな」

 クソ、クソ。結局何も出来ないじゃないか。

 空を飛べても、「飛んでるだけ」だ。

 俺自身には、存在している意味なんてなかったんだ。

《エンゲージ、敵機を撃墜する》

 前方に王国軍の戦闘機五機が見える。旧型機だ。こちらに気づいたのか、一斉に回避機動を始める。そのうちの一機、反応が遅れた機体にミサイルを発射し、撃墜してしまった。

《スプラッシュ1》

 ただ存在するだけの意識になってしまった僕は、落ちていく旧型機をずっと目で追っていた。二機目を落とそうと敵機の後ろに付く自分。もう完全に諦めてしまった。

『……兄さん、私、嬉しかったです。最後に兄さんと一緒に飛べて』

 カイエが呟く。機内カメラに意識を向けると、カイエは笑っていた。生きるのを諦めたような、晴れやかで悲しい笑顔。

 俺は、

 俺は最後まで、妹にこんな悲しい顔をさせる兄でいるつもりか……! 

 脱出装置だけは俺が持ってる。コックピットを切り離せばこの戦闘機は止まるようにできてるはず。

 それなら。

「緊急脱出(ベイルアウト)! 」

 キャノピーに仕掛けられた火薬式の起爆剤が重い防弾ガラスを吹き飛ばし、コックピットごとカイエを脱出させる。

『な……! 』

 カイエの驚いた顔が、機内カメラから見えなくなる。

《全システム解除、緊急停止》

「お別れだ、カイエ」

後ろからミサイルが接近するのを感じながら、かろうじてつながったままの無線でカイエに伝える。

「ありがとう」





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ロストコネクティング ずみ @Zumikas

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