ミッション06 接触、現地人

6-1

 栗色のふわふわした髪が風に揺れている。

 茶色い瞳は興味深そうにユートの顔を見つめている。


(さて、どうしたもんだろう)


 作戦前に想定されていたように、現地の人間と接触することになった。

接触の最悪のパターンとして、自分たちが異物として攻撃されることも想定の内ではあった。そのため、現在、相手側から友好的に接触してもらえることは、幸運であると言える。


(どういうワケか、相手もコロニーの共通語を喋ってる。言葉での意思の疎通が行えることに感謝するべきか、それとも謎が増えたと考え理うべきか)


 言葉が通じる。見ず知らずの土地、杖が刺さる平らな大地、はじめて出会う人間と当たり前のように言葉が通じる。その異常性にユートは困惑するが、それは一度頭の隅に追いやる。

 まずは、どうこの場面をきり抜けるか、だ。


「どうしたの? 何か気になることがあるの?」


 ライカと名乗る女性は、心配そうにユーとの顔を覗き込んできていた。


(仕方ない、さっきまでのやりとりから適当に誤魔化そう)


 これ以上黙っているのはよくない。かといって、全ての事実を洗いざらい話すことは余計な混乱になる。

 ユートは先程までのライカの言葉から、なんとか嘘を絞り出す。


「俺は、修行で偶然この草原を通りかかった剣士のユートと言います。危ないところでしたが大丈夫ですか?」


 剣士、使い魔。とりあえずそれっぽく言葉を並べていく。


「ユート君って言うんだね! 見たところ私より年下だけど研鑽のための修行をしてるなんて凄いんだね!! あそこの使い魔は君が生み出したの? それなら魔法も使えるんだよね、流派とかは――」


 ライカはずいっと顔を寄せると、矢継ぎ早に質問を重ねていく。


「ストップストップストップ!!」


 もちろん、ユートには答えることは出来ないので一歩後ろに下がってしまう。


「ドリー、ちょっとこっちに来て」

「へえ、ドリーって言うんだこの子――」


 ドリーを掴んで無理やり岩の影に逃げた。


「ユートさん、大丈夫ですか?」


 ドリーのカメラアイが『困り眉』のパターンになっている。AIに心配されている。

 ユートの全身から汗が噴き出してきた。強がりを言う力もなかった。


「だいじょばない、どうやって誤魔化そう」

「……その、アドバイスをしたいけど……実は、あの人の言っていることが分からないんだ」

「へ?」


 ユートは思わず気の抜けた声を漏らしていた。


「ボクからも質問だよ。なんでユートさんはあの人の言葉が分かるの?」

「だって、コロニーの標準語を喋ってるだろ」


 ユートの耳には、ライカの言葉はよく知る言語で届いていた。


「ううん、まったく知らない言語だよ」


 だが、それは『ユートの耳』にだけ届いてるいる現象だったのだ。


「それに、ユートさんも変だよ。あの人と喋っている時は、言葉の波が二重に発せられているんだ」


 まさか、と言う言葉すら口から出なかった。


「集音器にはしっかりコロニーの標準語だけど、音の波形は二重に重なってる」

「じゃあ……おかしいのはオレの状態なのか?」

「うん……たぶん、そうだと思う」


 AIは基本的に人間――それも、管理者であるユートに嘘をつくことはない。

 そして、この状況を異常だと感じていたのはユート自身も同じである。

 予想もしていなかった状況に、ユートの顔は固まる。どうしたものか、と困惑する。


 それを遮ったのは、女性からの唐突な呼びかけだった。

 

「ユートくん! こっちに来て!」


 困惑するユートの耳に、ライカが呼ぶ声が届いた。


「わかった!」


 ユートとドリーは反射的に飛び出す。すると、目の前には慌てふためくライカと、その原因があった。

 荒野の先から、赤、青、緑と色とりどりの球体が跳ねて向かってきている。

 地面にぶつかる度に歪み、すぐに形を取り戻す。スライムだった。


「ユート君、スライムが来る! 逃げないと!」


 大量のスライムが迫ってきている。

 一体だけでも苦戦した敵が、大挙として押し寄せてきたのだ。


「よっしゃ! 話が途切れ――じゃなくて、早く逃げよう!」


 これ幸いに、とユートは走り出した。

 倒れていた男を背負うと、さっさと走り出す。少しおくれて、ライカとドリーは続く。


◆◆◆


 二人と一匹は草原をかける。

 背後からは、液体が地面を叩く低い音が近づいて来る。


「ユート君、少し時間が稼げるかな?」

「具体的な数字で!」

「5分! 出来れば8分くらい欲しい!」


 ユートは後ろを向く。スライムの数は走りながらでは正確な数は分からないが、両手で数えられる分はとっくに超えていた。


(俺一人で囮になれば不可能じゃない……けど、囲まれたら一発で終わり)


 草原に転がっていた水分を抜かれた死体を思い出す。スライム自体に物理的な攻撃力が無くても、水分を奪いつくして人を殺すのなら、一度でも組みつかれた終わる。


「少なくとも、この人を安全な場所まで運ばないと」


 今、気絶者を抱えた状態で大立ち回りは出来ない。仮に、放置して戦っている最中に襲われたら、守る術はないのだ。


「なんとか、逃げ切らないと」

「大丈夫だよ、ユートさん。アレを見て」


 ドリーが草原の先を指し示す。

 転がり落ちて来た坂道。ちょうどそこから、巨大な影が飛び出した。


 金属の塊が大地に降り立つ。


 草原に響くのは電動機の静かに振動する音。大地を抉るタイヤの駆動音。

 停めていた電動ローバーが、草原に姿を見せた。

 ローバーは人の走りを超える速度で爆走して、ユートたちの前に停まった。


『お待たせしました。作戦目標:ユートの帰還のために、ローバーを緊急展開します』


 操縦席から聞こえて来たのは、シーナの冷静で変わらない音声。


『それと、ユートに一つアドバイスがあります。下手な誤魔化しは、上策とは言えませんね」

「はは……肝に銘じておきます」


 普段と変わらない調子でユートに注意をする。堂々とした言葉に、ユートは思わず苦笑いをしてしまう。


「へぇ~、これもユート君の力なのかな」


 ライカは驚きもせずにローバーを見ていた。


(ホント、度胸のある人だよ)


 だけど、それが今は頼もしい。

 そして、これだけ度胸がある人なら、多少無茶を言っても大丈夫だろうと確信する。


「ちょっと違う。この力は、俺と、俺の仲間たちのものだよ」


 改めて、ユートはライカに向き直る。

 堂々とした瞳で、彼女の顔を見る。

 

「改めて、俺は強化人間アンリミテッド10、ユート」


 そして、自らについて名乗りを上げる。


「この空の向こう、星の海からやってきた、一人の人間だ」

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