6-2

 粘性の高い液体が揺れる重い音。重い塊が地面を這う低い音。大地の震動とともに耳に届く不快な音を背にユートはトレーラーに飛び乗ると、背負っていた男を荷台に降ろした。

 ドリーは素早く操縦性に座ると、胸からコネクトを取り出してローバーのシステムに接続を開始する。

 車の下では、ライカがしげしげと車体を眺めていた。


「ライカさん、乗って!」


 ユートは手を差し出す。ライカは微笑んで手を取った。

 ユートはライカをトレーラーの荷台に女性を引き上げた。驚いたようで、着地した時には目が真ん丸に見開かれていた。


「驚いた、凄い力だね」

「旅の剣士を自称出来るくらいには鍛えてるから」

「うん、やっぱり男の子は頼りになるね」


 はにかんだ笑顔を直視できなくて、ユートはわざとらしく視線を外す。


「ユートさん、いつでも発進できるよ」


 タイミングよくドリーからも応答があった。顔に戦士の精悍さを戻すと、ユートは指示を出す。


「分かった、加速した後に一定の距離を取りながら周辺を走行して」

『ユート、逃走をするのではないのですか?』

「ああ、俺たちだけだったらそうしてた」


 ユートはライカの方を向き直った。


「ライカさん、8分あれば、なんとか出来るって言ってたよね」

「うん、その通り。それだけあれば、このお姉ちゃんがスライムを倒してみせるから」


 胸を張って自信満々に答えと、鼻息が聞こえて来た。


『ユート、私には彼女の言葉が分かりません。端的に翻訳を』

「8分時間を稼げばスライムを倒せる手段があるって」

『了解しました。逃げてコロニーにまで来られるのも面倒です。殲滅が出来るならここで戦いましょう』


 シーナの言葉にユートは頷く。


「了解! ドリー、発進して!」

「はい! 任せてください!!」


 ユートの声に合わせてタイヤが急速に回転する。急加速したローバーは一瞬にしてスライムの軍団から距離を取った。

 出発と合わせて、トレーラーの床を杖が叩いた。シーナは深く息を吸うと、表情を変える。

 優しいひとなつっこい瞳が、刃のように鋭くなった。


「……収束――杖より出しマナの流れよ――」


 シーナは目をつぶると、何やら小声で呟き始める。


(……光?)


 彼女の周囲に、黄金の粒子のようなものが舞っていた。


(なんだろう。熱とも違う、力そのものを感じる)


 ユートにとって未知の現象であった。光の粒子はライカそのものではなく、周囲の空間からわき出てくる。不思議と不快感はなく、むしろ触れていると安心するような温かさがある。


(いけない、こっちも集中しないと)


 だが、今は戦闘中である。ユートは気を引き締めるとリキッドメタルブレードを握り直す。

 遥か後方にはスライムたち。心なしか跳ねる速度が速くなっているが、ローバーには追い付けない。

 そう、普通の手段なら。


『ユート、注意してください! スライムの行動パターンが変わりました』


 シーナからの警告があった。その通り、スライムの動きが変わった。

 複数の個体が一点に集まると、縦に並んで塔のように重なる。


「……何か来るっ!」


 液体の生物にも自我はある。『敵』を前にした時の殺気をユートも感じ取ると、ライカの前に立つ。

 次の瞬間だった。重なったスライムたちが横に倒れると同時に収縮する。

 一瞬の間を置いて、爆発的に跳ねた。

 連鎖的に弾けたスライムの塔。その先端に位置するスライムが、驚異的な速度で打ち出された。


『バネのように弾性を重ねて!』

「くそ!」


 ユートはブレードの端をもつと、刃を斜めに構える。

 突っ込んできたスライムが刃にぶつかる。両手に伝わる衝撃に吹き飛ばされそうになるが、全力で足を踏ん張った。

 スライムは刃の咆哮に受け流されると、草原の遥か前方に飛んでいった。

 

「くそ、そう簡単にはいかないか」


 スライムの群れを見る。今度は、タワーが3個同時に出来上がっていた。


「それなら、こっちにだって考えがある」


 ユートは短銃をホルスターから抜くと、マガジンを胸ポケットから取り出す。G・S・Bと記述されていることを確認すると、素早く短銃のマガジンを交換した。


(通常の弾丸は通じない。短銃の威力じゃ致命的な攻撃はできない)


 銃を構えるのと同時に、第二射が飛んできた。


(なら、銃で仕留めることは考えない)


 迫りくる粘液の弾丸を前に、ユートは冷静に狙いを定める。そして、静かに引鉄を引いた。

 銃口から放たれた弾丸は、見事にスライムに命中。


 インパクトの瞬間、弾丸を中心に大気が振動した。

 草原の草が揺れ、多重に重なった爆発音がユートたちの耳にも届く。

 衝撃を受けてスライムの体は振動し、急速に勢いを失くして地面に落ちる。


 ――G・S・B――

 ――ガス・ショック・バレット――


 弾丸内に圧縮されたガスを複数封印し、射撃の衝撃で破砕した際に混合、炸裂させる弾丸である。

 衝撃と音で対象を無力化し、制圧をすることを目的として作成されたものである。


『ガス・ショック・バレットですか。気密された空間だと使い方次第でブロックそのものを吹き飛ばせるんですよね』


 そう嘯くシーナも言葉ももっともである。

 大気圏内で使用しても、そう重くない対象であれば吹き飛ばすことが出来るのだから。

 

(よし、思った通りに効果は絶大だ)


 弾の直撃を受けたスライムは昏倒したように大地に倒れ伏し、発射を待っていたスライムたちも固まっている。

 そして、音の影響は敵にだけではない。


「うわわわわわわわわ、なんで鉄の塊の上に居るんだ?」


 衝撃のせいか、今まで気絶していた男が目覚めていた。

 男は突然の状況に困惑し、周囲を見渡して狼狽している。


(あ、やっぱりそういう反応になるよね)


 ライカがあまりにも堂々とユートたちを受け入れていたせいか、当然と言った反応にユートは妙な安心感を覚える。


「ライカ、どういう事なんだ。俺は無事なのか? まさか身柄を拘束されてるとかないよな!」


 男の質問に、ライカは集中しているのか答えない。


「敵じゃないよ。だからもうちょっと静かにしてて」

「でもよぉ~」


 ごねる男を無視して、ユートは引鉄を引く。相手はもちろん男――ではなくて、弾丸として放たれたスライムにだ。

 今度は二連射。だが、ユートは危なげなく狙いを定めると、見事に命中させた。

 再び草原が振動する。

 二重の衝撃がユートの体にも届く。

 もちろん、混乱する男にも。


「ごめん、もうちょっと待ってくれ」

「……はい、黙ってます」


 そのまま小さく隅で座り込んでしまった。


「ドリー、時間は?」

「そろそろです!」


 ドリーの内部時計が8分の経過を記録した。

 同時に、ライカが目を見開く。


「構築完了≪マギ・ビルド≫」


 言葉と同時に一斉に黄金の粒子が舞い上がる。


(なんだ、何か……大きな力の流れが来る!)


 ユートは、気配が変わったことを感じ取る。先程までの温かさは火傷するほどの熱になり、粒子の流れは確かな意思を持って敵意を纏う。


「実行≪エグゼク≫」


 ライカが杖を掲げた。同時に、上空に黄金の円が浮かび上がる。

 円は二重に重なっており、ライカが杖を振り下ろすと左右に分かれて飛んでいく。


「双閃迅雷!」


 二つの円からそれぞれ、黄金の光が放たれる。それは雷光。自然現象ではなく、稲妻の性質をもったエネルギーの流れ。

 同時に生まれ出た一対の黄金の光は大地を奔り、スライムを囲う。二匹の狼のように周囲を回転しながら追い詰めていく。

 徐々に二本の稲妻の感覚が短くなっていく。

 そして、衝突とともに雷は壁のように広がると、回転の勢いはそのままに空へと延びる。それは、黄金の竜巻のようだった


 光が弾けた。雷が消えた後にはスライムは残っていなかった。

 気が付けば、ドリーが運転を止めていた。ユートは茫然と目の前の現象を眺めていた。


「ふう……これで終わりかな」


 杖がトレーラーの床を叩く。

 草原の風が吹く。

 そこに、敵意は混ざっていなかった。


 少年が目の当たりにした現象。それは、人が一人で扱うには圧倒的な威力でもって、事態を打開した。


「シーナ、人が持てる兵器でアレと同程度の威力を出せるモノってどれくらいあるかな」

『対エクステンションマッスル兵器なら十分でしょう。ただ、それを生身で出すのは恐ろしい事ですが」


 ユートはAIの返答に力のない笑いで応える。きっと、茫然としているのはシーナも同じだろうと。

 

「えっへん、こう見えてライカお姉ちゃんは凄腕の魔法使いなのです。雷の力はお手の物だよ」


 一撃を放った本人は、さも当然といったふうに胸を張っていた。

 その無邪気さを前に、ユートはなんだかアレコレと考えてしまう自分が馬鹿らしくなる。


(なんか、気にするのが馬鹿らしい。この人は、凄い力を持ったいい人だ)


 気が付けば、声を出して笑っていた。

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