5-6
踏み込まれた地面から土煙が上がる。ユートが一歩踏み出すたびに、大地に衝撃痕が穿たれる。
アンリミテッドの強化された脚力は、一瞬で敵対する存在との距離を縮めた。
巨大なスライムが反応する間もなく、少年は刃を斬り上げながら跳躍する。
粘液の胴体の一部が切断される。斬り落とされた箇所は粘性を失って崩れ落ち、ボトボトと大地に落ちた。
(やっぱりさっきと同じだ。コアから切り離された部分は崩れ落ちるだけで、本体にダメージはない)
ユートは空中で反転すると、そのまま着地をする。目の前の巨体は何事もなかったかのように聳え立つ。
「身体の一部を斬り落とされたってのに動揺の一つもない……ホント、ドラゴンの方が可愛げがあるよ」
刃を構えると再び突進。今度は真一文字に肉体の下部を切り裂く。
切り離された分の肉体が大地に落ち、巨体が音を立てて沈み込む。
スライムの全身が揺れた。そこで、ようやく巨体がユートの方に向く。
(ようやく殺気を向けてくれたな)
ユートはチリチリと肌を刺す気配を感じ取る。生物が敵意を向けた時特有の、攻撃的感情だ。
「生物から外れているとしても、しっかり意思はあるってことか!」
ユートの言葉に応えるようにスライムの巨体が跳躍する。赤黒い影がユートに被さる。
足元の大地が砕けた。全脚力でユートは真正面に踏み込み、一瞬のうちに飛び去る。刹那の間をもって、スライムの巨体が大地に突き刺さった。
舞い上がる粉塵の中、ユートは振り返る。すると、スライムの体内に大量の岩石が取り込まれていた。
「ちっ!!」
スライムの体内から岩石が四方八方に放たれる。直撃弾を回避しながら、ユートは走り、状況を観察する。
(いくら細かい攻撃をしても無駄だ……中に取り込まれている人には時間がない)
スライムの中では、未だに女性が立っている。赤黒い粘液越しでも顔色が悪くなっているのは観察できる。
(あいつを倒すにはコアを破壊する必要がある。こうなったら、中の人のダメージを覚悟してスタンガンモードで攻めるしかないか)
スタンガンモードはあくまで暴徒鎮圧用の機能である。『一応』人間を殺せるほどの出力は出せないことになっているが、それは平時の状態だ。
粘液に包まれた状態で電気を流した場合、どれほどのダメージとなるかは分からない。
(とは言っても、このままじゃ見殺しに――)
「ユートさん、よく見て!」
ドリーの言葉にユートは思考を中断する。
マニピュレーターが一点を示していた。その先には赤黒い体液と、不自然に浮かび上がる透明な結晶体がある。
肉体に取り込んだ水分――人の血が、スライムの肉体に馴染んでいないのだ。
「ナイス、ドリー!!」
ユートはすぐさま地面を蹴る。目標に一直線に迫る。
だが、スライムも防衛行動をとる。赤黒い液体からコアが移動し、表面の水色の部分へと移動する。コアと本来の体液の色は同じ。そうなると、コアがどこに存在をするか分からない。
だが、意味はない。
「ドリー、ツインアイのライトニングモードを全開で!」
コアと液体部分の光の通し方が違う。それが分かっているのなら、見分ける方法はいくらでもない!
「いくよ、ユートさん! ちゃんと見ててよね!!」
ドリーのツインアイから光が放たれる。
光はスライムの体を貫くが、ダメージはない。それもその筈、光線でもビームでもない、ただの暗所での作業用の照明である。
ただの光に殺傷力はない。けれど、光に対する反射の違いを『浮かびあがらせる』力はある。
水色の液体の中に、コアの輪郭が浮かび上がる。
光の透過率の違い。液体と固体では、光の通し方が異なるのだ。
赤黒い血程差があるわけではない。だが、ユートの観察眼は僅かな差も逃しはしなかった。
「でっかい体してるのにコソコソするんじゃねえ!!」
跳躍。周囲の岩を足場にして更の跳躍。一気にスライムの上空へと飛び上がる。
そのまま、重力に任せて落下しながらリキッドメタルブレードを振り抜く。粘液の肉体は容易く切り刻まれた。
切り離された肉体の一部が弾み、逃げようとする。残された本体部分が弾けた。
「っ……はぁ~生き返るよぉっ!! 空気おいっしい!!」
降り注ぐ赤黒い液体の中から女性が顔出す。全力で呼吸をすると生きていると叫ぶ。
「ドリー、念のためバイタルチェックを!」
「わかった!」
被害者のケアをドリーに任せると、ユートの瞳がスライムを捉える。
先ほどの巨体は見る影もなく、せいぜいがサッカーボールくらいの大きさの粘液が必死に跳び跳ねている。
「逃がすか!」
刃を逆手に持ち直すと、ユートは大地を蹴る。
「リキッドメタルブレード! スタンガンモード!!」
距離を詰めるのは一瞬。呼吸をする間もなく柄が付き出される。
スパークが弾け、コードが焼き切れたような音がした。
からり、と何かが落ちる音がした。スライムは消滅し、残ったのは小さいコアだけ――
(さて、あとは……)
だが、ユートは気を抜くわけはいかない。
振り返ると、人影が二つ。地面に倒れ伏す男と、しゃがみ込む女。
一人――男性は気絶して地面に伏せており、もう一人は深呼吸をしながら地面にへたりこんでいる。
ドリーが近づき、脈拍や体温をチェックしている。異常があればカメラアイは安定しているので、おそらくは急を要する状態ではないのだろう。
(いっそ気絶してたら誤魔化しようはあったけれど)
ユートはリキッドメタルブレードを鞘に納めると、観察をしながらゆっくりと近づく。
当たり前だが、人間だった。手足に5つの指、地球人と変わらない姿をしている。
着ている服は洋服のようだが、作りをみると画一的な工業製品と言うより、手作業で作られたように微妙な差異がある。
男性の方は洋服の上に皮の鎧のようなものを装備している。腰には刃のない鞘がある。
女性は、栗色の髪を背中まで伸ばしていていた。大人びているようで幼い顔立ちからからして、年齢はおそらくユートより少し上のように見える。彼女は、ローブのようにゆったりとして服装をしていて、杖を背負っていた。
そして、なにより――
「あ、剣士さんありがとう。この子は君の使い魔かな?」
当たり前のように、ユートが使うコロニー共通語を使用していた。
「えっと、君は――」
「初めまして、私はこのリュウセイの広野に住む魔法使い、ライカ! 君のおかげで助かったよ!」
はつらつとして答える女性に対して、ユートの心中は穏やかではなかった。
「ライカ、さん?」
「うん、ライカだよ! 失礼だけど、君の名前は何かな? 命の恩人の名前は、ちゃーんと知っておきたいんだ」
名を聞き返すと、あたりの前のように返事が返ってくる。
(やっぱり、聞き間違えじゃない……)
その、『当たり前』ではない状態が事実であると認識した。
「その、俺が言っている言葉が分かりますか?」
「うん、もちろんんだよっ!」
異なる星。平面に突き刺さる杖の大地。
多くのことが、彼にとって『常識』とは異なる状況。
そんな状況でも言葉が通じる状況に、ユートが困惑をした。
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