5-4
広野を西から東へと川が流れている。
透き通った水面の下には、悠々と泳ぐ川魚の姿がある。
水面を影が覆った。二つの影が、二つの顔が。人間と機械の顔が川を覗き込んでいる。
スライムとの戦闘が終わった後、ユートはドリーをつれ、近くを流れる川に来ていた。
もちろん、水浴びをするわけではない。一人と一機の手にはレトロなデザインの金属のバケツがある。
「念のため、タイヤの部分は洗浄しておかないとな」
スライムの侵入されたローダーの後輪には、何か異物が付着している可能性がある。動作に支障がないか確認する前に洗い流しておこう、と言う事だ。
「ドリーもボディーは洗っておくか?」
「出来たらお願い……やっぱり、怖いから」
ユートは頷くと、軽くバケツに水をくみ、緑のボディーにかけていく。
気休めかもしれないが、用心にこしたことはない。
「ありがとう……ユートさん。なんだかスッキリした気がする」
「どういたしまして。それでも、コロニーに戻ったらちゃんとメンテはしておけよ」
ユートとドリーは改め水を汲みなおすと、大事に抱えて河原を往く。
草原を静かな風が撫でる。水面に僅かな波紋が浮かぶ。
先ほどの戦闘が終われば、周囲は穏やかなものであった。
◆◆◆
ユートはローバーまで戻ると、すぐに洗浄作業を開始する。
洗浄作業とは言っても、大した道具はない。備え付けのスポンジなどで軽く汚れを落としていくくらいだ。
作業は滞りなく終わる。太陽の光を浴びて、車体が輝いているようだった。
「ドリー、起動してみて」
「了解しました」
ローバーの操縦席に乗ったドリーの胸にパネルが開く。中から出て来たケーブルをコンソールに接続すると、接続完了を示すメッセージが表示された。
僅かな機動音とともにローバーは起動すると、静かに前後する。
スライムに潜入された後輪も問題なく動いている。
「よし、これなら無事に帰れそうだな」
ようやく、ユートは肩から力を抜いた。
ひとますの安全は覚悟出来た。ドリーの回収も終わった。ミッションは完了したのだ。
「ユートさん……シーナ姉ちゃんから通信が来てるよ」
「ああ――『ユート、帰還はいつになりますか?』
ユートの声を遮って大音量の通信が入ってきた。
ローバーに積まれた通信装置の出力は容赦なく大音量を草原に響かせる。思わず、ユートは目をまん丸にしてしまう。
「仕方ないだろ、通信機そのものが壊されたんだから」
『それはそうですか、通信の回復は一番の急務では?』
「ドリーとはデータリンクしてたんでしょ」
音声こそ切っていたが、ドリーを通してシーナから細かい注文はいくつももらっていた。
状況はどうやら、危険はないやら、五分おきにあれこれと聞かれていたのだ。
それもこれも、あっさりと機械が壊されたからだ。
『まったく……液体と化して機械に侵入して機能不全にする生物なんて……』
「それなんだけど、共有したいことがあるんだ。カメラをこっちに向けてもらっていい?」
ユートは右手をあげた。その手には、水色の透き通る物体――スライムを倒した際に発見した金属片があった。
『ええ、大丈夫ですが』
トレーラーに積まれたカメラと、操縦席のドリーがユートの手を見る。
すると、通信越しのシーナが僅かにノイズを発する。
「それは、どこで見つけたのですか?」
『スライムを倒した時に見つけた』
「ふーむ……宝石と言うよりは金属のようですが……」
モニター越しとはいえ、シーナの応答の歯切れが悪い。
『ユート、詳細は分析をしてからでなければ分かりませんが……映像を見た限りでは、私のデータベースに一致する物質は存在しないでしょう』
「だよなあ……」
ユートにしても、自分が知っているどんな物質とも違う、と直感的に感じていた。
「もう一つ」
ユートは適当に置いておいたバケツに金属片を入れる。バケツの中にはまだ水が入っていた。すぐに金属片を取り出すと、ユートはカメラの前につける。
「この物質に水が付着すると、僅かな粘性が発生するんだ」
金属片に指を付けて、話す。水が糸を引いていた。
『なるほど……それが、スライムを倒したら出現した、と言うのは興味深い話だね』
「……あの、発言をいいでしょうか」
ドリーがおずおずと手をあげる。ユートは微笑んで応じた。
「僕がスライムにのみ込まれそうになった時、最初は水みたいなのが入って来たんだ……でも、一か所だけずっと堅かった……たぶん、ユートさんが持っている物体と同じくらいのものだったよ」
「了解、貴重な情報をありがとう、ドリー」
「え、へへ」
ドリーのカメラアイが明滅した。
◆◆◆
トレーラーに積まれたオートマトンの数を改めて確認する。
相違がないことを確認すると、ユートはローバーに乗り込んだ。
「それじゃあ、コロニーの戻るそ」
シートベルトを締めてハンドルを握った時だった――
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
静かな草原に『誰かの悲鳴』が響き渡った。
ユートの顔が一瞬にして険しくなる。
悲鳴に遅れて激しい衝撃音が大気を揺らした。助手席に座ったドローがユートのジャケットの裾を握った。
「今のは……」
ユートはリキッドメタルブレードの柄を握ると、シートベルトを外す。そのまま飛び出そうとしたが、ドリーがマニピュレーターを離さなかった。
「まってユートさん、シーナ姉ちゃんが呼んでる」
『そうです、行動の前に私の見解を聞いてください』
二人に止められて、ユートは椅子に戻った。
『ユート、今のは『ヒトの悲鳴』ですね』
「ああ、通信越しでもそう判断出来たのなら、俺の耳も間違ってない」
聞こえて来たのは動物の鳴き声や風の音ではない、明らかな人の声だった。
『そうなると、この大地に生きる現地人との接触が予想されます』
そう、人と接触する可能性が出て来たのだ。
果たして、それは地球人と同じような二足歩行の人類だろうか。
『ユート、現地人との接触は細心の注意を払うべきです。突発的に接触をして、適切な行動を取れる自信がありますか』
シーナの問いかけは機械的で、一切の容赦がない。
慎重になるのも無理はない。一つ判断を間違えれば、衝突に発生するかもしれないのだ。
「ははっ」
ユートは軽く息を吐くと、ニヤリと笑った。
「それは意味がない。そんなことは、今は気にしない」
問答自体に意味がない、と。
「ここで見捨てたってことを、堂々と現地の人と話すことが出来るか?」
タイミングが悪かったから見捨てた、などと言い訳が出来るのか、と。
「だいたい、誰かを助けるなんて当たり前なんだ」
ユートの答は、シンプル極まりないものだった。
『そう言うと思っていました』
「だろ、らしくない質問なんてしてさ」
『集められた情報と状況から、然るべき提案を行うのがAIの仕事ですから。ただし、条件はいくつかつけさせてもらいますよ』
コンソールに素早く文字が浮かびあがってくる。
『ローバーはこちらに固定すること。大型の機械は接触時に余計な警戒を生むでしょう』
この世界の文明レベルが分からないにしても、極力目立たないようにする配慮は必要であった。
『そして、命の危機があればユート自身の帰還を最優先すること。あなたの任務は、オートマトンの捜索なのですから』
そして、なにより、帰還を最優先することだ。
「ああ、もちろんだ」
ユートは胸を叩くと、快く応じる。
『ドリー、ユートのフォローをお願いします。データリンクで私もアドバイスはします』
「うん……不安だけど、ボクも頑張るよ。人を助けるロボットが、人を見捨てるなんて嫌だもん」
「ああ、頼りにしてるぜ」
「へへ……お世辞でも嬉しいな」
ユートは握った手を差し出す。
ドリーはおずおずとマニピュレーターを出すと、こつんと叩いた。
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