5-3

 弾力をもった液体状の体をもつ生命が機敏に動いて突撃してくる。

 巨大なアメーバが高速襲い掛かってくるとなると、恐怖を覚えない人間は少ないだろう。


「巨体がありえない動きでホバリングしてるドラゴンが可愛く見える!」


 状況に対する困惑は僅かな隙を産んだ。

 ユートが剣を抜く前に、スライムが地面から跳ねた。

 砲丸のごとき迫力で迫ってくるスライムに、ユートはとっさに回避行動を取る。しかし間に合わない。

 ユートの胸元に衝撃が走る。


 苦痛に顔が歪む。だが、耐えられない程ではない。


「邪魔だ!」


 ジャケットごと振り回すと、あっさりとスライムは吹き飛ばされる。

 少なくとも、重量はそれほどでもない。突撃を食らったが、ダメージそのものは大したものではなかった。


「シーナ、トレーラーを動かして離脱を――」


 ユートはジャケットの通信機に向かって叫び。


「シーナ?」


 だが、返事はない。それどころか、異音が僅かにもれている。


(今の一撃で? 嫌、この通信機は銃弾の直撃にも耐えられる筈だ、それが俺一人倒せない一撃で壊れるとは考え辛い)


 物理的な衝撃による破壊ではない。そうなると、考えらえるのは別の要因。


(まさか、あの一瞬で機械内に侵入して異常を発生させたのか!?)


 驚愕するユートであるが、戸惑っている時間すらない。


「ユートさん、石がくる!」

「!?」


 ドリーの警告にとっさに後ろに飛び退くと、直前まで立っていた地点に石が飛んでくる。

 飛来先を見ると、ゴム状に変形したスライムが拳大程の石をセットしている。


「くそ!」


 ユートはリキッドメタルブレードを抜き放つ。刃が形成されるのと、石が放たれたのはほぼ同時だった。

 ユートは刃の峰を返し、石を打ち払う。

 小気味いい反射音が響くと同時に、大地を蹴って一気にスライムに接近をすると、一気に刃を振り下ろした。


「このタイミングなら、切れるだろ!」


 刃は危なげなく液体を切り裂いた。

 スライムを形成する肉体が二つに割れる。切り離されると同時に、ユートから見て左側の液体が弾けた。

 同時に、右側の液体が円形になると、跳ねて離脱する。


(普通の生き物だったら肉体の半分を失ったら生命活動すらままならない……だってのに、厄介な奴だ)


 改めて、その不気味さに身震いをする。

 だが、僅かなやりとりでも分かったことはある。


(ただ、こいつは『生命的』には極めて弱い。物理的な破壊力も頑強さも、十分対処可能な範囲だ)


 冷静になれ、と何度も頭で繰り返す。

 スライムは荒れ地を跳ねながら、ユートを中心に旋回している。

 明らかに攻撃のチャンスをうかがっている。


「ドリー、そっちの通信機能は回復してる?」

「は、はい……さっきからシーナ姉さんが何度もコンタクトしています」

「無事だって伝えておいて。それと、絶対にファルコンは飛ばしてこないで欲しいって」


 機械に侵入して破壊する敵が相手であるなら、巨大なロボットであっても相手をするのは危うい。そうであるなら、生身で対峙したほうがいい。


「ボクもそう思う……よ……みんな……中に入られてダメになった」

「よし、賢いな!」



 ユートは僅かに口角をあげる。意外に状況を冷静に観測しているコマンドの判断なら、自分は多少無茶しても最悪の事態は訪れないだろ。


「ドリー、ローバーは任せるぞ! 最悪、お前の判断で離脱させてくれ!」


 ユートは短銃を取り出すと、発砲する。

 銃口の先は、先程切り落としたスライムの半身。

 完全に液体に戻ったのか、荒野に水溜りのようになっている。


 銃弾が水面に跳ねる。吸い込まれるようなことはない。


「片方は動き出す気配はない……」


 ユートの独り言を遮るように地面から衝撃音がした。

 スライムの半身がユートに向かって飛び込んでくる。

 その行動を隙と判断したのか、残されたスライムの半身が突撃をしてきたのだ。


 だが、ユートは冷ややかな目でそれを見ると、悠々と一歩動き、回避する。

 追い詰められて焦った獣の行動など、容易く追い切れるものなのだ。


(斬られたらそれぞれが独立して動くことはない……生物として機能していない)


 高度な行動を行うには、指令を出す機関が必要になる。

 まして、目の前のスライムは、機械に侵入するさいと突撃をする際とで、肉体の表面の硬度すら変化させている。


(人間で言うなら脳……指令を出している部位がある。切り離された半身が形状を維持できなくなったのも、脳から離れたためだ)


 ユートは手のひらのリキッドメタルブレードを握る。

 この武器も、液体に対して電気信号と言う指令を与えて形を作っているものだ。


「物理的に破壊するのが難しいなら」


 ユートはリキッドメタルブレードを納刀する。同時に、鞘をもって走り出す。

 目標はスライム。待っていたかと言わんばかりに、迎撃に向かってくる。

 ユートはニヤリと笑うと、鍔に付けられたボタンを押した。


「リキッドメタルブレード、スタンガンモード!」


 リキッドメタルブレードの柄が強烈な電撃を発生させる。電撃によって気絶させるたむのモードが起動した。

 ユートは電撃を放つ柄をスライムに押し付けると、機械がショートしたような激しい音がした。

 次の瞬間、スライムが弾ける。


「もし仮に、人間の脳みたいに電気活動をしてたら、高圧電流は効果があるかと思ったけど」


 効果は想像以上だった。スライムは一撃ではじけ飛び、復活する気配はない。

 荒れ地に水溜りが出来あがる。


「本当に終わったよな……」


 とは言え、ユートにとって未知の相手である。いきなり動き出しても不思議ではない。

 慎重にスライムであった液体を観察する。

 荒野の上に広がるのは、変哲のない水。匂いも異常はないし、染み込んだ大地が動き出すよなことはない。


 ――ただ一点――


「……これは、なんだろう」


 大地に水が吸い込まれた後――スライムが存在していた場所に、一つ、見覚えの無いものがあった。

 水色の透き通る物体。ユートはそれを手に取ると、観察してみる。

 冷たく、ひんやりとしていた。

 動き出す気配はない。宝石と言うよりは、金属のような光沢を放っていた。

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