5-2

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■作戦『オートマター・コマンドの探索』


概要:

 オートマタ―・コマンド『ドリー』からの信号が途絶えた。

 該当の機体は五体のオートマトンと一緒に周辺の探索、ならびに中継機の設置を行っていた。

 オートマトンもコマンドも、コロニーの重要な資源であると同時に、欠けてはならない仲間である。

 ただちに捜索を開始せよ。


作戦目的:

 オートマタ―・コマンド『ドリー』の発見及び救助。

 通信途絶と言う状況を考えれば、既に破壊されている可能性も考慮しなければならない。

 言うまでもなくそれは最悪の状況であり、捜索者は救助を最優先として行動すること。


■■■■■■■


 川沿いの砂利道を横手に、電動ローバーが走っていた。

 四輪駆動の牽引車は自身の何倍もあるトレーラーを引きながらも静かに駆動している。

 運転席でハンドルを切るユートは、胸元の通信機から聞こえる作戦概要を聞きながら、周囲をくまなく探索していた。


『こちらからもモニターはしていますが、やはり人間の視力による探索が頼りです』


 トレーラーに設置されたカメラが設置され、周囲の状況を監視している。


『おう、オレッチたちもチェックしてるが、捜索の要はアニキだからね!』


 威勢のいいアッカの声に、「頼りにしている」と返すと、ユートは自動運転に切り替えてタブレットを起動する。タブレットの画面が起動すると、地図が表示された。ここ数日、ドリーたち探索隊が集めた情報から簡易的に組み上げた地図だ。

 等高線もなく、川や目立つオブジェクトだけが配置された、簡易的な地図であるが、ユートたちにとっては大いに頼りになる。


 まず、ユートたちが拠点を築いた東の果て。北側には大きな湖が存在する。

 湖は西から流れ込み、湖を経て更に北の方へと流れていく。

 南の方は既にある程度探索されており、生えっぱなしの草原が続いている。

 オートマトンの脚で二時間、だいたい20キロメートル程進むと広葉樹の森林が広がっている。そこで南側の一度探索は打ち切られた。

 ここ数日の探索は、西側に向かっている。


 今、ユートは西から流れ込む川を遡っている。

 川沿いの高台には、等間隔でドリーが設置した通信機があり、それが進行の目印になっていた。


「ローバーの組み立てが完了してて助かった。徒歩じゃ話にならないし、上空からじゃ捜索は難しいからな」


 複数のカメラからの監視があったとしても、上空からの探索は難しい。

 なにより、飛行を行う際に謎の減衰が発生していた。VTOLパックを使用している際は『比較的』燃費は良好であるが、本来想定されたパフォーマンスは発揮できていない。

 長時間の探索となると、地を移動した方がいい。


「ホント、ヘリローターや車輪での移動では減衰の発生が穏やかな理由が分からないな」


 ここ数日の作業で観測した結果、実際に地を車輪や足で動く際には、同様の現象が発生しないことは既に観測されている。

 不可解ではあるが、観測されたデータに嘘はない。ならば、それを織り込んで行動するしかない。


『いざとなったら、遠隔操作でファイターユニットを飛ばします』

「エクステンションマッスルは使える状態になってるんだっけ」

『はい、無事に動かせる状態です』


 もちろん、非常時であれば消耗は度外視するしかない。


『待っててくれよ、ドリー! ユートのアニキが絶対に見つけてくれるからな!』

「……ああ、任せとけって」


 仲間を想う弟分の期待に、ユートも気持ちを引き締める。


(願う事なら、アッカが悲しまない結末になってくれればいいけど)


 同時に、ユートは悪い結末も心の隅に置いておく。

 天候は晴れ、川の流れも穏やかで、突発的な事故が起こる可能性も低い。

 そうなると、一つ懸念することがあった。


(あのドラゴン同じように、敵対行動をとる生物に襲われた可能性がある)


 腰に下げたリキッドメタルブレードと短銃を確認する。

 いつでも抜けるように、意識をした。

 


◆◆◆


 電動ローバーは静かに原野を進む。

 周辺の光景は穏やかそのものだ。蝶や鳥が飛び、虫の鳴き声が聞こえてくる。


『もう少しで、最後の中継地点を通過します』

「了解、もう一段階速度を落とす」


 ユートは速度を落とすと自動操縦に切り替える。

 暫くすると、草原の上に転がる中継用機材が見えた。


『アニキ、あれは設置途中のやつだ!』


 草原に斜めに刺さっているのは、通信用のアンテナ。周囲には補強用のカーボンが放置されている。


(建造途中での放棄……いよいよ状況が怪しきなってきた)


 ユートの顔が険しくなる。


「シーナ、こっからは降りるから、俺に対して追従するように動かして。自動操縦じゃそこまで融通がきかない」

『了解しました』


 ユートはローバーから降りる。

 着地をすると、草原の柔らかい草が受け止めてくれた。

 設置途中のアンテナに近づくと、周囲を確認する。

 予想通り、探索の対象は近くにあった。


 草原の若い緑色に紛れて、塗装された緑色のボディーが見える。

 ドラム缶のようなロボット――ドリーが草原に倒れ伏していた。周辺には同行していたオートマトンが停止していた。


『うォォォォォォ、ドリィィィィィィィィッ!!』

『アッカ、大音量を流したらユートさんの邪魔になる』

『最悪こっちで音声切りますよ』


 ユートは通信機の音量をギリギリまで下げると、慎重にドリーに近づく。

 幸い、音に反応して襲ってくる存在はなかった。


「ドリー、大丈夫か?」


 ドリーを助け起こすが、カメラアイには色がない。


「……だめだ、止まってる」


 機能が停止していた。それは、周囲のオートマトンも同じようだった。


『うぁぁぁぁぁぁ』

『アッカ、カメラアイから光線を出さないで』


 通信先では大惨事が起こっているようだが、それに構っている余裕はなかった。


(周辺のオートマトンは……なんだろう、こっちも機能停止してる)


 見たところ、外傷はない。野生動物に襲われたのなら、外装に傷の一つも付きそうだが、作業で自然に発生した細かい擦り傷くらいしか見つけられなかった。


「ダメだな、ここからじゃ判断は出来ない」

『ユート、修理のために帰還しましょう』

「ああ、了解」


◆◆◆


 ユートは急ぎ、ドリーとオートマトンをトレーナーに運び込んだ。

 幸い、ユートが警戒していた襲撃はなく、作業は完了する。

 積み込んだ機体数と、行方不明になっていた機体数が一致することを確認すると、素早くローバーを発進させた。


(このまま何事もなく済めばいいけど)


 だが、異変はすぐに起こった。

 ローバーのコンソールが異常を告げるアラートを鳴らす。


「駆動系にトラブル?」


 コンソールが切り替わると、トレーナーの簡略図が表示される。

 画面の右下、右後輪の接合部に赤い信号がともっている。


「ユート……さん……逃げて」


 同時に、後ろからドリーの声が聞こえた。


「ドリー、動いてたのか?」

「ごめんなさい……『アイツ』の目を誤魔化すために、停止した振りをしていました」


 ツインアイにはノイズが走っているが、マニピュレーターは動いている。


「アイツ?」


 ユートがそう確認しようとした時、ローバーに衝撃が走る。シートに座っていたユートは前のめりになってしまう。


「っ!?」


 ローバーが強制的に停止した。

 直感的に危機を感じ取ったユートは、ローバーから飛び出した。


(異常は、右後輪)


 確認のために移動しながらも、拳銃を抜いて構える。

 一歩、二歩、気配を探りながら慎重に足をすすめる。

 右後輪に近づくと、すぐに異常は見つかった。


『ユート、何が起こっているのです?』

「右後輪に謎の液体が付着している」


 車輪と胴体の隙間に、濃い水色の液体が付着していた。

 液体は車輪の上部を包み込むように広がっている。もちろん、出発時には確認出来なかったものだ。


「ドリー、これは!」

「分かりません……通信機の設置をしていたら……川から急に丸い液体のようなものが出現して――」


 車輪に絡みついていた液体が動き出した。


(まずい――)


 ユートは直感的に危機を感じ取った。先制攻撃と、拳銃を発砲する。

 放たれた銃弾は一直線に液体へと向かい、突き刺さる……が、勢いを殺されて内部に取り込まれてしまう。


「くそ、やっぱり短銃なんて民間人の脅しにしかならない!」


 ユートは乱暴に拳銃をホルスターに収めた。

 銃弾の攻撃は通じていない。だが、それだけではなかった。


「ユートさん、気を付けて! そいつは『打ち返して』くる!」

「!?」


 液体が蠢くと、取り込んだ銃弾が中央部分に移動する。

 次の瞬間、液体がゴムのように伸びた。中央には、銃弾がある。


 紙一重だった。

 ユートはドリーの警告に対して、とっさに横っ飛びになる。同時に、スリングショットの弾の用に銃弾が放たれる。

 ユートの頬に衝撃が走る。すぐそばを、銃弾が通過していったのだ。

 拳銃と遜色のない速度の銃弾。それが、すぐそばを通過したのだ。


「そいつは自由自在に姿を変える……だから、生半可な衝撃は通じないし、ボクみたいな機械は内部に侵入される」


 液体は車体から飛び出すと、丸く固まる。

 濃い水色の弾力をもった液体の塊――スライムが姿を見せた。


『待ってください、構造が殆ど液体の生物!? せめてアメーバくらいの可愛げは持ってくだいよ』


 通信先のシーナが悲鳴をあげる。

 それもそうだ。

 もし仮に、ドリーが報告したような機械にすら侵入する液体生物が存在するなら――


『それは、機械文明にとって天敵となります』


 ユートたちにとって、最悪の相性の敵が出現した。

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