ミッション05 オートマトン捜索
5-1
恒星が世界の裏側から、地平の上に昇り始めた時間。コロニーの入港口からVTOLパックを装備したファイターユニットが飛び立った。
眼下、コロニーの下に広がる空間は徐々に暗くなっていき、星が姿を見せている。
世界の裏側にあるコロニーは、これから夜になる。
「ふぁ~ぁ……」
ファイターユニットのコックピットで、ユートは欠伸をした。
(コロニー内じゃ昼と夜は機械的に管理されてたけど、朝起きる時に眩しいってやっぱり肉体にとって重要だよな)
モニター越しに見える恒星は、さんさんと輝いていた。
太陽を追いかけるように地上に飛び出すと、目の前の大地は朝日を浴びて既に目覚めていた。
昨日着水した湖には採水用のポンプと小屋が取りつけられている。エインシアからもたらされた水晶の神殿の周辺には、真四角の小屋が幾つも並んでいた。
『ユート、湖の西側に簡易の着陸場があります。そちらに移動していください』
「了解、自転方向の反対側でいいんだよね」
朝、作戦の開始前からいくつかシーナから提案があった。
その一つが、自転方向を東として、東西南北の方角を仮称すること。
作業などで方角を支持する際、一々自転方向に対して90度などとまだるっこしいやり取りを挟むのは不毛、だと。
『ええ、説明したとおりです』
ユートとしても特に反対することはなく受け入れた。
「了解」
モニターを確認すると、整地された地面が見える。正方形の地面の真ん中にはHを〇で囲んだ記号が掘られている。
ユートは操縦桿を軽く倒し、着陸捜査へと入る。
危なげなくファイターは着陸した。
◆◆◆
ファイターは着陸をすると、周囲から作業用のオートマトンが集まってくる。
ドラム缶のような胴体に、丸みを帯びた頭部、蛇腹状のカバーが付いた作業用の脚と手。
画一的に作られた機体が一斉に並んでファイターのコンテナが開くのを待っていた。
コンテナの中にはユートが居た。
しゃがみ込んで作業をしている。手に持ったタブレットを確認しながら、目の前の機材の配線を確認している。
ユートの前には三つのロボットがある。電源は入っておらず、微動だにしない。
大きさは80センチほど、ドラム缶のようなボディと丸みをおびた頭部、それに作業用のアームと、外に並んでいるオートマトンと変わらない。
ただ、大きさが通常のオートマトンの2倍ほどある。ボディの色も、地味な茶色ではない。三体のロボットのボディは鮮やかな塗料で塗装されている。それぞれ、赤、青、緑のほぼ単色だ。
なにより、『瞳』があった。他のオートマトンは長方形のセンサーが取りつけられているが、目の前のロボットには人間と同じ一対の瞳が付いている。
「……よし、これで大丈夫かな」
ユートは状態に問題がないことを確認すると、コンソールの『承認』キーを叩く。
同時に、コロニー側からシーナがロボットの機動を開始した。
最初に動き出したのは、赤いボディの機体だった。
「アッカ、起動完了!」
音声パターンは若い男の声。勢いのある声と一緒に飛び上がる
「ルーブ、起動しました」
次に動き出したのは青いボディの機体。いかにも造り物といった中世的な機械音声。
プログラムされたとおりにゆっくりと脚を動かし、危なげなく立ち上げる。
「……ドリー、大丈夫です」
最後に起動したのは緑のボディ。幼い声で返事をすると、のんびりと立ち上がる。
『オートマタ―コマンド、三機とも起動を確認しました』
「ああ、こっちでも確認した」
この三機は、オートマトンたちを指揮する権限を持ったロボットである。
自動機械であるオートマトンは、細かい作業の指示をする際に大きな制限を受ける。指示を行う機体が必要になる。
昨日の作業ではオートマトンを全てシーナが管理していたが、遠隔での操作では無理が出る。
それが、二つ目の提案。もちろん、ユートが反対する理由はなかった。
そう、問題はない筈だった。
「ユートのアニキィィィィィィッ!!」
アッカは機動するなり、ボディを床にこすりつけて無理やり頭を下げる。
「昨日までのログはアネキから共有してます! クソ大変な時に何もできず、すいやっせんっしたぁぁぁぁぁぁっ!」
「いや、テロリストが来たから仕方ないって」
コロニーの機械はアルテミスに占拠された際に、一度全て停止している。
元々、シーナが制圧された際にリンクしている機体は全て強制停止するようにプログラムされていたので、仕方のない事である。
「オレッチ、恥ずかしくてしかたねえ!」
ではあるのだが、アッカには許せないようだった。何度も頭部を床にこすりつけ、ユートも若干引いている。
コマンド用のロボットには、シーナと同様に高度なAIが積まれている。
疑似的な人格も構成されており、個体差もある。
「……アッカほどじゃないけど、ボクたちも申し訳ないとは……」
アッカの隣に立つと、マニピュレーターで肩を叩くのはドリー。
「閉鎖コロニーを襲撃するとは予想していませんでした。ワタシたちも自分の身は自分で守るべきだと」
ルーブは平坦な声で応じるが、カメラアイの光は落ちていた。
「ほら、立てよアッカ」
ユートは悪化の身体を起こすと、誇りをはらう。
「俺だって、アイツらの罠にはまってコロニーを空にしていたんだから」
テロリストに占拠されるた時、ユートはコロニー居なかった。コロニー統合連盟の依頼によってテロリスト強襲作戦に参加していたからだ。
広域で同時多発的に発生したテロ。それがダミーで、結果的に大多数の戦力は各地に釘付け、唯一コロニーに追いつけるだけの推力を持った兵器は、ユートが操るファルコンだけだった。
それも、緊急展開用の使い捨てブースターを使った上でギリギリ間に合うと言った状態だったのだ。
「ほら、外でオートマトンたちが待ってる。やることは沢山あるぞ」
ユートはコンテナの扉を開く。
朝の日差しが差し込み、外の景色が見える。
コンテナの外、広野の上ではオートマトンたちが静かに指示を待っている。
「うう……こんな情けないコマンドにも仕事があるなんて」
アッカは立ち上がると、跳ねるように走り、ユートの隣に立つ。少し遅れてルーブが歩いてきて、最後にドリーが顔を出す。
「うっす! じみーな建築作業はオレッチ達にお任せだ!」
「うん……ボクたちはユートさんやシーナ姉ちゃんの負担を減らすため」
「お願いします!」
整列していたオートマトンが三体の指示によって行動を開始した。
◆◆◆
さて、作業が始まった。
オートマトンたちは施設の建造や資源の採集、そして、周囲の探索を開始する。
そして、等のユートは、と言うと。
「これでいいの、シーナ」
遮蔽物のない平坦な空き地に、棒を立てていた。
恒星の光を浴びて、影が一直線に伸びている。
地面には真東と南に線を引いている。
『それじゃあ、影が真南に来るまで監視していてください』
「そこを一二時として、一日を計測しなおすんだよね」
『ええ、それと、オートマトンの手に負えない作業があったらヘルプを――』
大地の上を機械が駆け回り、一日ははじまった。
◆◆◆
ユートとシーナは少しずつ、着実に情報を集めていく。
一日の終わりに、その情報を共有する。
――まず、混乱を防ぐために使う言葉を整理しましょう――
東西南北から始まり、この大地を回る恒星の名前を太陽と仮称する。
大地の名前は、エインシアが言ったワンドガルドをそのまま使用することにした。
時刻の再定義も滞りなく進んだ。
偶然だろうか、この大地も二四時間で自転をしていることが数日の観測データから分かった。
――出来過ぎだ――
とは、ユートの言葉であるが、シーナはコロニー内の時計を調整しないで済むことに感謝した。
ユートたちが降りたった東の果ては、地球でいうところ20世紀後半の5月程の気候だった。大地と大気もほぼ地球と同じ。水は飲むのに不自由はない。重力さえ1Gであり、そこまで来るとユートは不気味さすら覚えた。
「出来過ぎ、じゃないかな」
『人が居住可能な惑星と言うのは、似たような環境になるのかもしれませんね』
「朽ちた自由の女神が見つからなきゃいいけどな」
皮肉を言うユートに、AIは否定の言葉をかけなかった。
◆◆◆
数日後、東の果ての地。
いつものように、ファイターがコロニーから地上に出る。
いつもと違うのは、ファイターの下部に長大なワイヤーが垂れ下がっていることだった。
ワイヤーはコロニーからずっと伸びていて、地上まで一直線につながっている。
「いよいよケーブルが通れば、リフトの設置か」
コロニーと地上との間を繋ぐ貨物用のリフトの建築。
今までは、大きな荷物はファルコンが輸送していたが、直接リフトを使った方が安全かつ大規模な輸送が出来る。
――そうなればファルコンの負担も減ります――
――そこは俺じゃないんだ――
AIとのやり取りを思い出し、ユートはコックピットで苦笑いをした。
「アニキー!! ここですここです!」
地上ではアッカがオートマトンたちと一緒に手を振っている。
ユートはアッカたちに近づくと、ファルコンを地上付近にホバリングさせた。
「アニキ、ワイヤーをパージしてくださいっ! 全力で受け止めます!!」
ローターの駆動音すら貫通してアッカの声が聞こえてくる。
「了解」
ファルコンから気に離されたワイヤーは地上に落ちる。
アッカたちは危なげなく回収すると、建造中のリフトに設置を開始した。
ユートはそのままヘリポートまでファルコンを移動する。
数日前は地肌が剥き出しだったヘリポートは、カーボン材によって造り替えられていた。
ユートはタブレットを手に取ると、キャノピーを開いて外に出ようとした。
『待ってください、ユート』
「シーナ?」
珍しく、シーナの音声は早口だった。
『ユート、緊急ミッションです』
その言葉に、ユートは表情を硬くする。
『周辺の探索をしていたドリーからの信号が途絶えました――』
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