4-3
飾り気の無い単色の壁に囲まれた部屋に、机が二つ。一つは壁と一体化した備え付けの机。個人用の端末が置かれ、清潔に掃除されている。もう一つは、部屋の真ん中にある背の低い大き目の机。こちらは対照的に、雑多に物が積みあがっている。
部屋の隅にはシンプルな構造の棚があり、ミニチュアのロボットの模型が飾られている。
そんな部屋の主――ユートは、ベッドの上に居た。
水晶の部屋を通ってコロニーに戻ってきたユートは、シーナから休息を告げられた。
――ある程度の作業はオートマトンがやってくれます。ユートには疲労が蓄積しているので、二四時間の休息を提案します――
「働こうとしたら、あの手この手で休ませるように言ってくるんじゃ、提案じゃないだろ」
ベッドに大の字に広がって、ボヤく。
とは言っても、ユート自身にも疲労は感じられた。
(この状況で休むって言われてもな……)
ベッドに倒れ込んだら眠れるかと思ったが、そうなると余計な事ばかり考えてしまって逆に目が覚めてしまった。
(これからのこと……やらなきゃいけないこと……どうすればいいのか)
結局、エインシアは姿を消した。異世界に放り出された状況は変わらない。
問題が山積みであることは変わらないし、自分たちが何も分からない。
(コロニーの補修や資源の確保……ダメだ、これじゃあ休めない)
ユートはベッドから起き上がると机の上にある個人用端末を起動する。
画面には映像ソフトの一覧が並んでいる。その殆どが、巨大ロボットを操る人間をテーマにしたアニメや映画などの映像作品だ。
ユートはパイロットになるべく遺伝子操作をされた生み出された人間である。だが、生まれた時から人格を埋め込む手段は存在しない。
パイロットになることを肯定的に受け入れるために、情操教育として巨大ロボットを肯定的に描く創作物に触れさせたがはじまりだった。
最初は半ば強制的であったものの、いつしかユート本人もロボットを扱う映像作品を好むようになっていた。
「……なんか見る気も起きないな」
普段であれば、気晴らしにお気に入りの作品を見るのだが、そのような気力もなかった。
「こんな時、主人公たちだったらどうするのかな――」
ふと、ユートは考えてしまう。
「意思をもたないロボットに乗る際、パイロットには強大な力を扱うことに対する責任が常に問いかけられる」
神にも悪魔にもなれる。リモコン次第で破壊者になる。
ロボットとパイロットは、パーソナリティが分けられている。
鉄の巨人は中身の人間を簡単に破壊する力を持っている。その力を、ただの人間が扱う。
意思を持って力を扱うの人間であるのだから。
「そう言った意味もあって、パイロットは自分の意思を確かに持っている奴が多い。破壊行動を行うのはロボットじゃなくて、パイロットだから」
だからこそ、彼らは強い意志で運命に立ち向かう。
祖父の作ったロボットを悪魔にしないため。戦いの中で近しい人を守るため。
どんな理不尽な状況であっても、責任から逃げずに立ち向かう。
「俺は、どうかな」
今、自分はどうだろうか。そう考えてします。
「気にしててもしょうがない、か」
頭をかくと、席を立つ。
(やっぱり、部屋に居ると落ち着かない)
◆◆◆
ユートは水晶の部屋を通る。石の扉を開けると、地上の景色が見えてくる。
既に太陽は高く昇っていて、眩しさに思わず目を覆った。
地上ではオートマトンたちがコンテナで運んできたカーボンの構造材を組み立てている。
あちことに即席の中継アンテナが建てられており、原野は急速に文明に侵食されていた。
『ユート、どうしましたか?』
すぐ傍の中継アンテナからシーナの声が聞こえて来た。
ノイズもなく、通信状態は大分安定していたようだ。
「部屋に居ても、なんか休まらなくてさ」
『そうですか……』
そう言うと、シーナは黙ってしまう。
ユートはぼうっと景色を眺めていた。
原野の先には湖。周辺には草が生い茂っていて、よく見ると蝶やバッタが飛んでいる。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。映像の中で見た、鳩の鳴き声のようだった。
「鳥や虫……」
風が吹いた。オートマトンたちが忙しくなく働く駆動音に、風の音が混ざる。
オートマトンたちはわき目もふらずに働き続ける。
そういう風に作られた、と言われればそれまでであるが。
(……こんな状況でも、変わらない)
その様が、不思議と羨ましく思えた。
「なあ、シーナ」
『はい、何か?』
問いかけの返事は早かった。まるで、ずっと待っていたようだ。
「もし仮に、地球に戻ることも出来なくて……コロニーのみんなも眠ったままだったらどうする?」
もし仮に、全部無駄になってしまうことになったら、と。
『それは、その時考えます』
返ってきたのは、いたってシンプルな答えだった。
『そう言った悲観論を確定させるには情報が足りませんから』
そう、何も分からない。
分からないから、今わかっていることをする。
今、必要なものはなんだ。今、何が欲しいのか。今、何をやらないといけないのか。
『AIの本分は情報の蓄積からの分析ですからね。絶望を結論付けるだけの情報を、私たちはまだ持っていません』
そのために、一つ一つ事実を積み重ねていくだけだ。
「なあ、シーナ」
『今度はなんです?』
「ドラゴンの肉って食べられるのかな?」
◆◆◆
夕焼けの広野に、肉の焼ける音が響き渡る。
倉庫で埃をかぶっていた焼き網と電気コンロ。最低限のバーベキューのメインディッシュは、ユートが倒したドラゴンの肉。
『一応、組成の分析した結果、毒はありませんでした。肝も皮も避けていますが――』
「大丈夫大丈夫、匂いからは危険は感じないから」
油が焦げる匂いがする。鮮やかな赤身は、ドラゴンの腹部の肉。ジュージューと油が焼ける音がする。
匂いを嗅いだらユートの腹が鳴る。現金なもので、目の前の肉に落ち込んだ気持ちは消えていた。
『昔、落ち込んだ時こそ肉を食えとは聞きましたが』
「うんうん、先人の知恵ってのは、確かなもんだよ」
ユートは頃合いを見て肉を取る。
タレもつけずに、口の中に放り込んだ。
『味の感想は?』
「合成肉に比べると味が複雑だ。舌にのっけた時は薄みかと思ったんだけど、噛んで肉汁が出てきたら旨味だけじゃなくて甘かったりこってりしてたり」
コロニーで常食される肉は、殆どソースの味しかしない。
それに比べると、彼の口に入った肉は内側から肉の旨味が染み出てくる。
「種類で言うなら、疑似鶏肉に近いかな。噛んだ時にハッキリ歯が通る感じが同じだ」
◆◆◆
気が付けば、持ち込んだ肉は全て食べ終わったしまった。
ユートは腹をさすりながら座り込む。
空は既に暗くなり、異星の星空が広がっていた。
手を伸ばそうとした時、自分の身体が思った以上につかれていることに気が付いた。
「なんか、やっと生きてるって実感が湧いてきた」
ずっと気を張っていて、疲労にすら気が付いていなかった。
「地球圏じゃ考えられないようなことばっかり起こって、本当は夢なんじゃないか、そうだったらいいのにってすら思ってた」
だけど、現実は変わらない。お腹が減って、疲れて、今にも眠りそうになっている。
「でも、ちゃんとこの地で得られた肉も食べられると分かった」
この地で手に入れた糧を食べることが出来た。
この大地にあるもので、命を繋ぐことが出来た。
「俺はここで生きていて、生きるための手段を持っているだって実感できた」
水も、食べ物も、空気もある。
この大地は、少なくともユートたちが生きることを拒んでいない。
『一歩間違えたら、コロニーごと消えていましたからね』
ユートは思わず苦笑いをする。
ボロボロの身体が言っている、本当によく、生き残れたと。
「エインシアが信用できないのは確かだけど……一応、コロニーの恩人なのかな」
『それを確定させるにも情報が足りませんね』
「そうだな……次に会った時、ちゃんと聞こう」
ユートはエインシアを勝手な人だとは思っている。
けれど、悪人であるかと聞かれれば、困ってしまう。
カラカラと、あっけらかんに笑う姿を思い出す。
性の悪い人間が、あんな風に笑うだろうか、と。
「ついでに、一発くらい殴っておくか」
『いいですね、AIは推奨しますよ』
そう、すべては次に決めればいい。
「……よく分からないけどさ……明日も、頑張ろうと思う」
『ええ、期待していますよ』
異星の夜は更けていく。
その夜、ユートは深く眠れた。
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