4-2
ファルコンのキャノピーを開くと、黎明の黄金の空が見えた。
ちょうど、大地の端から太陽が昇ってきている。ユート大地に降り立つと、暫く眺めていた。
「ここは地の果て流されて東……今日もさすらい涙も枯れるって感じか」
『ユートは、地球に降りたことがありましたね』
「ああ、大気圏内でのファルコンの運用テストのために、一時的にね」
ユートの胸元、バッジからシーナの声が聞こえた。
バッジには複合センサーならびに通信機が取り付けらている。
コロニー内部やコックピット内では通信機器があるが、外部で行動する際に使用するデバイスである。
『地球と、何か変わりはありませんか?』
「よく分からないな。コロニーと違う、雑多な草や土の匂いはもちろんだけど。朝焼けは地球と全く同じだよ」
ユートは休んでいる間も、作業は進んでいた。
コンテナユニットは自動で展開し、内部から出てきた作業用のオートマトンが機材を展開している。ドラム缶に手足を付けただけのような見た目の作業用の機械は正確に仕事を始めていた。
『ユート、頼まれていた水晶は?』
「ああ、ちゃんと手元にある」
パイロットスーツから受け取っていた箱を取り出すと、蓋を開く。中身は一切破損していない。
『制御室でエインシアが煩いので、そろそろ作業を始めてください』
「いいけど……」
『珍しく言い淀みましたね、何かありますか?』
今までの作戦に比べれば簡単な作業である。不安があるとはAIには思えなかった。
「ちょっと、ってどれくらいかな」
『……ああ、その病気ですか……はぁ~(クソデカ溜息)』
「またそれかよ!」
明らかな失望の反応に、二回目は明らかに不満を口にした。
『適当でいいんですよ』
「その、適当が分からないんだって。適して当たるんだから、いい加減にやったら失敗するってことだし」
『……昔から定量の無い気分の指示は苦手でしたからねえ』
「シーナだって適当にコロニー内の電力を制限してくれって言われたら困るだろ」
上司からの適当な指示は、どんな時もあるものだ。
『まあ、指示出した人間の部屋を停電させるところからはじめますね』
「だろ」
とりあえず話を区切ると、ユートは水晶の箱からメモ紙を取り出す。
幸いにして紙に記されていたのはコロニー間で使われている共通言語で、ユートでも問題なく読むことが出来た。
「地面に埋めて呪文を唱えろ、あの女の人が言っていたのと同じ内容だね」
一通り読み終わると、紙をたたんで再び箱に戻す。
次に、箱から水晶を手に取る。傷一つない水晶は恒星の光を取り込むと、静かに輝いていた。
「さて……とりあえず状況を整理しよう」
ユートが依頼されたのは、水晶を地上まで運んだうえで地面に埋め、呪文を唱えること。
「呪文を唱えると言うことは、音声が何かしらのトリガーになるんだろう。なら、地面に埋めるにしても音声が届かない程深く埋めるのはマズいな」
『そう考えると本体の一部が地上に露出する程度がいいでしょうね』
「埋めるにしても余計な存在の干渉がない場所がいいな。水源や植物がない荒野に穴を掘るか」
ユートは周囲を見渡す。
幸いなことに、周囲の原野には草木もまばらで、土が剥き出しの場所には困らなかった。
ユートはめぼしい場所を見つけると水晶を地面に埋める。拳大の穴を掘ると、水晶を産めて周囲を土で埋める。ちょうど、上辺だけが土の上に露出する状態になった。
「それじゃあ、次は呪文だ」
メモを取り出すと呪文を確認する。
「ルナレイアライン・アラライド」
殆ど棒読みであった。だが、変化はすぐに訪れた。
地面に埋めた水晶から光が溢れる。恒星よりも強い光に、ユートは思わず手をかざして目を守る。
音が聞こえて来た。光そのものが空気を切り裂く鋭い音だった。
次に、大地が揺れる。直感的に危機を感じ取ったユートは慌てて後ろに飛ぶ。
彼の直観は正しかった。
地面から何かが生えてくる。水晶を中心に吹きあがった光を追いかけるように、白い構造物が飛ぶ出してきた。
「呪文を唱えるなら十分に距離を取れってメモに書いとけよ!」
『ええ、マニュアル不備ですね。コロニーならメーカーにクレームが入っています』
ユートは十分に距離を取ると変化を観察する。
光と共に噴き出した構造物は、白い岩のような物質で構成されているようだった。
「……古代ヨーロッパ、それこそローマ帝国の遺跡みたいな建造物だ」
丸い柱に白亜の壁、木材よりも石材で構成された建物は、歴史の資料でみる新聞のようであった。
構造物の出現が終わると、光が収まっていく。同時に音も消えていき、荒野の風音よりも小さくなる。
直感的に、変化は終わったと感じ取った。
ユートは慎重に歩み寄ると、構造物の確認をする。
「大きさは一軒家ほど。高さは10メートルくらい……」
柱に触れてみる。ひんやりとしていて、感触は僅かにごつごつとしていた。
「本当に石材で出来てる」
『ローマの神殿と言う喩えは強ち間違っていないかもしれませんね。とりあえず、『神殿』と仮称しておきましょう』
神殿には窓はない。扉が一つだけあった。
「中も調べたほうがいいかな」
ユートは扉の前に立つと、腰に刺したリキッドメタルブレードを抜く。打ち刀程のサイズで固定をした。
慎重に扉を押す。鍵はかかっていなかった。
扉は驚くほど軽く、力を込めなくて開くことが出来た。
ユートは半開きの状態にすると、息を止めて内部の様子を探る。
『音には異常はありません。少なくとも現状で使えるセンサーでは異常はありませんね』
「こっちも、気配は感じられない。とりあえず、突入してみる」
扉を開くとゆっくりと内部に入る。
神殿の内部に入ると、目の前に人の顔があった。思わず身構えるが、それが自分自身の顔であるとすぐに気が付いた。
「これは、水晶で出来ているのか?」
神殿の内壁は水晶で出来ていた。水晶は侵入者であるユートの姿を反射している。
四方八方、上下に自分の姿がある。
(ただ、姿が映ってるだけなのに……妙に落ち着かないな)
一歩一歩、慎重に踏み出す。少年の足音だけが、空間に響いている。
「シーナ、状況は……」
ユートはシーナに問いかける。だが、返答はなかった。
「まさか、通信が途絶してる?」
ユートの顔に緊張が浮かぶ。唯一の味方であるシーナとの途絶は、今の彼にとっては死活問題であった。
(不味いな、すぐに離脱を)
踵を返すと入ってきた扉を開く。入って来た時とは別に、乱暴に開くと外に飛び出す。
「よかった、ロックされて――」
無事に脱出出来た安心感。だが、それは一瞬で吹き飛ぶことになる。
扉の外に出ると、出迎えたのは機械仕掛けの床と壁だった。
風が吹き荒れる。先程まで居たはずの、原野ではなかった。
「ここは――」
『ユート! どうしてそこに!』
茫然とした少年の意識を呼び戻したのは、聞きなれたAIの声だった。
声を聞いた瞬間、一気にユートの頭は回りだす。
「ここは、コロニーの入港口?」
『ええ、コロニーの入港口です』
反対側の壁にはエアロックへの入り口がある。
数時間前にも見慣れた景色であることに気が付くと、一気に安堵した。
『肯定します。と言うか、なんで地上からコロニーまで一気に移動したんですか? それに、後ろにあるのは』
ユートが振り返ると、コロニーの壁に似つかわしくない石の扉が取りつけられている。
「……まさか……」
ユートは再び扉を開けて内部に入る。扉の先には水晶で出来た部屋が広がっている。
「やっぱり、予想通りだ」
ユートは思った通りだと確認すると、すぐに入って来た扉をもう一度潜る。
目の前にあったのは、コロニーの外壁だった。
「なるほど、扉を開けっぱなしにするとこうなるのか」
『ユート、突然どうしたんですか?』
「大丈夫、次は地上に行くと思うから、ちゃんと観測しててくれ」
『ええ!?』
狼狽するAIを無視して再び扉を開ける。水晶の部屋に入ると、しっかりと扉が閉まっていることを確認する。
「さて……」
慎重に扉を開く。さて、その先にあったのは、彼の予想通りのものであった。
「地上の原野だ……」
地上の乾いた風がユートに吹き付ける。
機械仕掛けのコロニーから、人の気配もない大地へと移動していた。
『ユート! どういうことですか?』
「とりあえず、起こったことを整理するよ」
◆◆◆
水晶を埋めたことで出現した建造物。その内部には水晶出来た部屋がある。そして、何より重要な情報は、扉を出るとコロニーから地上へと一瞬で移動すること。
『俄かには信じられませんが、実際に移動しているのは観測されている以上、認めざるをえません』
「と言うか、実際に体験しないと自分でも信じられないし」
空間転移は宇宙にまで手を伸ばした文明でも実用化されていない。それが、目の前のあるのだからユートにだって自分で体験しなければ分からないだろう。
「そっちにエインシアは居る?」
『それが、先程部屋を出ていったっきり戻ってきていません。何故か生体反応もロストしていて……』
「マジかよ……」
ユートは冷や汗を流した。いよいよもって、エインシアと言う謎の存在に対して警戒を超えて恐怖がわいてくる。
「やあ、呼んだかい?」
「っ!」
声を聞いた瞬間、全身の筋肉が一気に覚醒する。
反射的に、ユートは飛び退いた。
それもその筈だ。
シーナが見失った筈の存在が――長耳の女性が、石の扉の前に立っていたのだ。
『ユート、大丈夫ですか?』
「そう警戒しないでくれ、君も手に持った剣を下ろしてくれると助かるんだけど」
「……わかった。今のアンタに従わないと、何をされるか分からないからな」
ユートはエインシアに従って剣を鞘に納める。
「これは、いったい何?」
「転移の水晶だよ」
「それは答えになってない。どういう理屈で空間転移をしているんだ?」
「そうかそうか、君が求めているのはロジックの説明か」
エインシアはカラカラと笑うと、よどみなく答える。
「そうだね、この水晶は生まれた時はもっと大きな結晶だった。だけど、物質世界において分割していいるんだ」
エインシアは足で地面に絵をかいていく。
最初は大きな六角形の物体。それに対して、真横に一本の線を引いて分割する。
「ただ、あくまでも物質的に分断されただけ、内部に内包した世界そのものは繋がったままだから、水晶内の世界への入り口を用意すれば、繋がることが出来るんだよ」
「内側の、世界?」
「そうそう。君たちだって想像しないかい? 鏡の中や万華鏡、物体は光を反射しているのではなくて、中に存在する世界を映してるんじゃないかって」
当然、そのような理屈があると言う語り口。圧倒され、ユートは口を挟む暇もなかった。
『科学を簡単に越されちゃいましたね』
「う、うん」
ユートは目の前の女性の正体がますます分からなくなった。
金色の髪が荒野の風に流れる。長い耳に端正な顔立ち。物語の中の高貴なる存在。触れてはいけない、人を超えた何かであると、圧倒されていた。
「改めて、感謝をさせて欲しい。私は君の内包する魔力によってこの世界へと戻ってくることが出来たみたいだ」
「まさか、もう記憶が戻ったのか?」
「いや、そう言わないといけないと心が言っているんだ」
だと言うのに、カラカラと人懐っこく笑う。遥か遠い存在であるようで、どこにでもいる人のようだった。
「さて、それじゃあ」
唐突に、エインシアは神殿の扉を開いた。
「まって、どこに行くつもりだ」
「さあ、どこだろう……少なくとも、私は私の心のままに生きる」
呼び止めるユートに告げると、扉の中へと歩いていく。
「君も、そうするがいい。この世界において、君は自由なんだ」
そう言い残すと、扉は閉められた。
「待て!」
ユートは慌てて追いかける。勢いよく石の扉を開いたが、その先には誰も居なかった。
「クソ!」
苛立ちの言葉を吐き出すと、扉から手を離す。
少年の手が力なく下がり、扉はゆっくりと閉まっていく。
「勝手に巻き込んでおいて好きに生きろとか、無責任にもほどがあるだろ!!」
それは、あまりにも無責任な話だった。
すべてが流されるままに決まった。ただ目の前の状況に対処しているだけで、気が付けば広野に立っている。
「コロニーには眠ったままの人がいる! あの人たちは逃げる権利さえなく、強制的にこの世界に連れてこられた!」
それは、まだマシな方だった。
コロニー眠っている人たちは、何もしらないまま異世界にやって来たのだから。
「それだってのに、自由にしていいなんて言われても何もできない! 俺たちだって、一つ一つ目の前のことを片付けるので精一杯だ!」
自由にしろ、と言うのは簡単だ。
だけど、選択する時間もなく強制的に追い詰められた先で、今更自由を与えるなどとは、都合がよすぎることだ。
少年の慟哭が原野に響く。答える物は何もない。
生まれ育ったコロニーの危機に、必死で戦った少年。
状況に対して必死に行動をし続けた結果、見たこともない平面の大地に放りされてしまう。
元凶だと思われる存在は勝手に納得して消えてしまう。
「次は……何をしたらいいんだよ」
後に残ったのは、ちっぽけな存在が一つだけだった。
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