3-2
コロニー内部を一通り確認すると、ユートは管制室に戻って来た。
粗方瓦礫は整理され、部屋の隅にまとめられている。
その中には、エインシアが眠っていた繭のような物体もある。
「繭の主……エインシアは仮眠室――部屋のロックの状況は?」
『ええ、もちろんかかったままですよ』
「わかった。窮屈だろうけど身柄は拘束しておいたほうがいい」
結局、コロニーの接岸作戦が完了するまでエインシアは目覚めなかった。
さすがに、椅子に縛り付けたままと言うのは問題なので、コロニーの仮眠室に移動している。
だが、彼女を自由にさせることはしなかった。
突如出現した謎の女。ワンドガルド言う名前を口にし、何かを知っているような素振りを見せる。
要するに、怪しいと判断したのだ。
「とりあえず、状況を確認しよう。シーナ、コロニーの被害状況は?」
タブレットを置くと、椅子に座る。
コンソールが起動すると、コロニーダメージ状況が表示される。
『奇跡ですね。本来だったら大地に突き刺さって爆散していたところだと言うのに、目立った損失は盾代わりにしたコロニーの羽くらいですから』
もちろん、無傷とは言えないが、未知の作戦の結果としては上々と言えるものであった。
少なくとも、コロニーを救うと言う目的は十分に達成できている。
『さて、改めて現状を確認しましょう』
外壁と一体化したモニターが一斉に起動すると、コロニーの外部の映像を映し出す。
遥か下には恒星が輝いている。
通常、太陽は東から昇ってくる。だが、世界の裏側からでは、西から徐々に沈んでいき、東から大地の上に昇っていく。
「ここが昼間ってことは、地上は深夜かな」
『紛らわしいですが、慣れてください』
映像が切り替わる。大地に突き刺さったアンカーの状態が表示される。
『結論から言うと、大地との接続状態は非常に安定しています』
「ああ、コロニー内部を移動したけれど揺れはないし、吃驚するほどだ」
当初、ユートたちがアンカーでの接続を一時的な物だと考えていた。
コロニーと言う巨大な質量を大地に吊るす。そんなものが長時間維持できるとは思っても居なかった。
『こちらをご覧ください』
映像が再び切り替わる。そこには、空中に制止したコロニーのミラーがある。
突入時に圧縮熱からの盾にするためにした、コロニーの羽が落下することなく空間に存在していた。
「……どういう事なんだ?」
『細かい理屈は全く分からないから、結果だけを受け入れてください。あのスクラップも、このコロニーも、大地と同じ速度で自転に一体化しているんです』
ユートの口が間抜けに開く。それはそうだ、そんな現象は頭の中に一欠けらもなかったのだから。
『大気と同じように、自転に合わせて移動しています。何かしらの力場が大地の裏側を包んでいるから、このコロニーも安定しているようです』
「ははっ……平面の大地の段階で無茶苦茶だってのに」
『ええ、この大地は平面です。それはユートも見ていますね』
「ああ、疑問の挟みようもない」
コロニーの接岸作戦の際、嫌と言うほど大地を見て来た。
世界の果ての切り立った崖。本来球形である惑星は平面だったのだ。
『改めて確認をします。私たちが接岸したこの大地は、杖の底部を起点に自転を行っています』
「杖そのものが地軸になっているイメージだけど、ややこしいよな」
『ええ。杖が軸と言う考えは捨ててください』
「……どちらかと言えば、平面の大地が地軸に刺さった杖によって縫い付けられている状況だな」
『理解が早くて助かります』
「頭は痛くて仕方ないけどね」
頭をかきながらため息をつく。
嘘みたいな情報の連続であるが、信じざるを得ない。
「地軸があると言うことは、南極と北極に当たる地点もある筈だけど」
『理論上は存在しますが、今のコロニーに残されている観測機では知ることも出来ませんね』
「そうなると不毛な話だ。これは棚上げにしよう」
ユートは椅子に深く座ると溜息をつく。
次々に明らかになる未知の現象に、逃げ出したくなる。
「ほんと、嘘みたいな出来事ばっかりだ……コロニー落としの方がまだ現実味があるよ」
未曽有のテロを止めるために始まった戦い。
その最中、異常が起こったのはどこからだっただろう。
それは、一人の女性の出現――
「やっぱり、あの女――エインシアに話を聞く必要があるな」
『ええ、同意見です――』
その時だった――
「呼びましたか?」
管制室の扉が開いた。
ユートはすさまじい早さで振り返ると、そこに立つ女性の姿を確認する。
「たとえ星の海からの来訪者であっても、杖の大地は受け入れるんだよ」
姿を見せたのは、長耳の女性――コロニーで眠っていた、エインシアだった。
「なんで――ここに――」
『仮眠室にはロックがかかったままです……何故』
シーナの報告にユートの顔は更に険しくなる。
彼女の報告が正しいのなら、施錠を無視したのだから。
「開けて、そのままだとまずいので閉じただけだよ」
平然と、そう言い放つ。
「おはよう、話に加わってもいいかな」
困惑するユートをよそに、謎に包まれた女性は歩いて来る。
ユートの顔を覗き込むと、隣に座った。
◆◆◆
最初に問いただしたのは、核心的な質問。
――あなたはいったい、何者なのだ――
「結論から言うと、私は自分が何者であるか分からないんだ」
堂々と言い切るエインシアを前にして、ユートはこめかみを押さえた。
「エインシアって名前は憶えてるのに、都合のいい記憶喪失もあったもんだなオイ」
ユートは、女性が記憶喪失であることを信じていなかった。
コロニーの自爆プログラムを起動した際に見た姿は堂々としていた。気絶する直前に名前を告げる語り口も、記憶がない不安定な状態の人間とは思えない程確かなものだったのだ。
「エインシア? それが私の名前なのかな」
帰ってきた言葉はユートを更に困惑させるものだった。
『ユート、嫌な予感がしてきました』
「俺も同じだよ」
ユートは自らの中に浮かんだ疑問を確かめるべく、問いかける。
「もしかして……最期に覚えてる光景が、瓦礫に頭をぶつけてピンボールみたいに吹っ飛んでる状態だったりします?」
「うん、その通りだよ」
堂々と言い張る様に、ユートは頭を抱えた。
「ところで、質問に答えてくれないかな。私の名前はエインシアでいいんだよね」
「はい。貴方が気絶する直前……記憶を失う直前に聞いたのが、その名前です」
「そうかそうか、いやあ、どうにも馴染む名前だと思ったよ。それ以外は大概空っぽだけどね」
カラカラと笑うエインシアから、ユートは目を逸らした。
『はぁ~(クソデカ溜息)、そこの強化人間がちゃんと対応してればよかったんですけどねえ』
「なんで、かっこクソデカタメイキかっこなんて言った?」
『私の失望を示すのには用意された音声パターンでは不可能です。なので、直接文字にしました』
理不尽な罵倒に、思わずユートは口を尖らせる。
(とは言っても、あそこで呆気にとられて棒立ちだったのは事実だしなあ)
理不尽ではあるが、及ばない面があったのも事実である。反論は情けないと、腹の中に引っ込んでしまった。
「ははは、そんな悲観的になることはないさ」
AIと強化人間のくだらない言い争いを、当の女性はケラケラ笑いながら眺めていた。
「記憶を失っていると言っても、完全になくした訳じゃない。例えば、私は今、この状況に安心している。少なくとも、望ましい方向に向かっていると言う事だ」
そう答える彼女には悲壮感はまったくない。
「悪いと思っているのなら、一つ頼まれてくれないか」
そう言うと、エインシアは懐から小箱を取り出す。
古い木製の小さな箱で、飾りはない。
「これは?」
「大事なのは、中身だ」
箱を開くと、手で握れるほどの大きさの水晶玉と、古びた紙が出て来た。
「これを地上まで運んでほしい。そして、地面にちょっとだけ埋めたのならメモに書かれている呪文を唱えるんだ」
蓋を閉じると、エインシアは無造作にユートに向かって箱を投げた。
ユートは慌てることなくキャッチする。
「よかったね、今度はちゃんと出来たじゃないか」
カラカラと笑い声が響いた。
よく笑う人だ、とユートは彼女の印象を改めた。
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