ミッション03 現状把握

3-1

 太陽は、東から昇り西に沈む。

 それは、地球では当たり前のことだった。


「足元に星空があるのも変な光景だったのに、恒星の光が吹きあがってくるのも変な感じだな」


 コロニーの入港口。パイロットスーツの上にジャケットを羽織ったユートが立っている。

 ヘルメットは外している。接岸した平面の大地には、地球とほぼ同じ組成の大気が存在していることを確認できたからだ。

 

 コロニーの先端部からモーターが駆動する音が響く。

 突入作戦時に閉じていたコロニーの羽――発電用のミラーがゆっくりと広がり、光を受けてエネルギーを蓄える。

 ユートは、手にしたタブレットに忙しなく情報を入力していく。


「角度よし、動作よし――シーナ、発電状況は?」

『想定の数値を確認。ひとまずコロニーの現状維持は可能でしょう』


 AIからの返答を受け取ると、タブレットに表示されたチェックボックスにタッチした。


 ワンドガルドへのコロニー接岸作戦から一二時間後。

 僅かな仮眠を取った後、ユートはコロニーの現状の確認作業に追われていた。


「了解、次は居住区の確認に向かう」


 ユートはタブレットを仕舞うと早足で歩き始めた。


『あ、最初に断っておきますけど、ろくでもない状態ですよ』

「はは……覚悟はしてるよ」


 エアロックの扉を開けると、内部の空気が入れ替わるまで待機する。


「面倒だな」

『とは言っても、大気の管理はコロニーの死活問題ですからね。頑強なユートはまだしも、繊細な機械には毒かもしれません。コロニー内の環境はなるべく維持しておきましょう』

「ああ、分かってる」


 そうしているうちに空気の入れ替えは完了し、コロニー内部へと繋がる扉が開く。

 扉の先にある床や壁には銃弾の跡が残っている。ほんの半日前に行われた戦闘だと言うのに、ユートたちにとっては遥か昔に感じられた。


(戦闘に接岸作戦……短い間に色々あったからな)


 コロニーの廊下に足音が響き渡る。足音を生み出すのはユート一人で、生み出された音は壁に反響すると通路の奥へと消えていってしまう。


「シーナ、確認するけど残っている人間は俺だけなんだよな」

『ええ、生体反応を確認しましたが、人間はユートだけです』


 ユートは腰に液体金属の剣を差したままである。仮にテロリストが残っていたのなら、即座に戦闘に対応するだけの準備はある。

 だが、いくら道を進もうと人の気配はない。

 最初は警戒していたユートだが、早々に警戒を緩めた。


◆◆◆


 居住ブロックの扉を開いた瞬間、ユートは眩暈を覚えた。


「……酷いとは思っていたけれど」


 目の前にはコロニーの移動で破損した家や道路。それはまだマシだった。

 遥か右手には土砂が折り重なって採光用のミラーを覆いつくしている。左手には上部から水が流れて巨大な水溜りが出来ている。


「そりゃあ上部は全滅だよな」


 シリンダー型のコロニーは、円筒状の胴体が居住区になっている。

 六分割にされた外壁は、採光用のミラーと人が歩くための大地になっている。

 本来は回転することによって、外部に重力を発生させていた。だが、コロニーの接岸作戦の際に停止。無事に接岸したものの、重力の影響で大部分が落下していた。


『ね、言ったでしょう』


 ユートは曖昧に笑って答える。

 タブレットに被害状況を入力しながら、改めて奇跡的に命を拾えたことを感謝した。


「暫くは使い物にならないかな」

『気長にやりましょう。"ここには"住人は居ないのですから』


 タブレットに必要数の作業用オートマトン数を入力する。

 ここにはそれ以上の用はない。ユートは早々に立ちることにした。


◆◆◆


 居住区を後にすると、シャフト内部を移動する。

 資材倉庫にデーターサーバー、バッテリーが貯蓄されている予備のエネルギープラントと、重要な施設はシャフト周辺に集中している。

 結論を言うと、中央部の被害はまだマシであった。


「ドローンはテロリストに利用されて八割が損失」

『景気よく撃墜してましたからね』


 AIの皮肉を無視して残された機材を確認する。


「作業用のオートマトンまでは手を付けてなくてよかったよ」

『ええ、農業プラントも五割は稼働を確認しています。『このコロニー』であれば十分に意地が可能です』


 ユートは立ち止ると、顔を伏せる。


「このコロニー、か」


 タブレットには、次の目的地が表示されている。

 ――住民安眠室――


◆◆◆


 コロニーのシャフト、その中央部に設置された部屋が開かれる。

 金属製の無機質のラックに、二メートルほどのカプセルが幾つも並んでいる。

 コロニー外部の人間にこの部屋を見せた時、まるで倉庫か――棺桶のようだと評した。


「……みんな、無事かな」


 ユートは丁寧にカプセルを一つずつ確認していく。

 カプセルは上部の一部が透明になっていて、中身を見ることが出来た。

 透明な仕切り越しに存在するのは、人の顔だった。

 ただ、呼吸はしていない。脈拍もない。目を閉じてそこに腐らず朽ちずに存在しているだけだ。


「……住民の謎の停止事件、か」


 十年前、コロニー内で奇病が発生した。

 発症した人間は眠りに落ちたように活動を停止する。呼吸も脈拍も停止をするが、同時に老化も成長もしなくなる。


『時間が止まったようだ、と言われましたね』


 時間停止病――そう名付けられた病気は原因も治療方法も分からなかった。

 政府はコロニーの閉鎖を決定。既に発症していた九千人の住人を封印し、コロニーを外界から隔離した。


「けれど、研究のサンプルとして残しておく必要があった」


 ユートは元々コロニーの防衛のために『生産』された強化人間であった。

 生まれながらにエクステンションマッスルを動かす素質を持ち、常人よりも強化された肉体をもつ強化人間。

 彼に与えられた役割はコロニーの防衛。

 それは、コロニーそのものが半ば放棄されても変わらない。

 コロニーの管理を役割付けられたシーナと共に、コロニーを守り続けていた。


「……よし、みんな生きている」

『ええ、保証しますよ、ユート』


 住民の安全を確認すると、部屋の証明を落とす。

 カプセルの外部に設置された電装が明滅する。

 ユートは小さく挨拶をすると、部屋を出た。

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