2-2
眼下には星の海、頭上には剥き出しの大地。傷だらけのコロニー上部に立っているのは10メートルを超える人型の機動兵器。
「冗談みたいな状態だってのに……まだ来るか」
コックピットの中でユートは思わず愚痴を吐く。コンソールは無茶な挙動によって発生したエクステンションマッスルのダメージが報告されている。
だが、事態はまだ予断を許さなかった。
『ユート、正面の生命体は見えていますか』
「ああ、幸いメインカメラは無事に動いているし、センサー類も大分復調している」
コンソールには外の映像。メインカメラが捉えた謎の生物――巨大なワニの胴体に、長い首と角、そして翼を付けたドラゴンとしかいいようのない存在がファルコンを睨みつけている。
「竜……ドラゴン、だよな」
『ええ、ドラゴンですね』
竜は物語の中の存在である。ユートの記憶にもシーナもデータベースにも、地球上にドラゴンが存在した記録は存在しない。本来なら安易にドラゴンと呼ぶのは適切ではないのかもしれない。だが、この場において相手を識別するにはもっとも適していた。
「30メートルは超えてるよな。なんであの巨体で小さな翼で空が飛べるんだ?」
『と言うか、翼を広げたまま静止していますね』
ドラゴンは翼を広げたまま、コロニーの傍に滞空している。ヘリコプターがホバリングをするように、ほぼ同じ位置で静止していた。
物理的な力では考えられない。未知の力によって浮いているような状態だ。
(どうするか……)
ユートは状況を決めかねていた。
目の前の生物は、ただ単にこちらを観測しているだけかもしれない。
だがもし……あの敵意に満ちた瞳が示すように攻撃するとなれば――
『ユート、気を付けてください。対象の熱力が上昇しています』
シーナの警告とほぼ同時に、ドラゴンの口が開かれた。
顔の横まで裂けた口から、鋭い牙がのぞく。だが、それよりも驚くべきことがあった。
「火球?」
口の中に炎の玉が発生する。
ユートは直感的に危機を感じ取った。ファルコンの脚を再起動させると跳躍する。
ドラゴンの口から火球が放たれた。
高速で放たれた火球はファルコンの足元に着弾すると、爆発を起こす。
「つっ……」
ユートの顔が歪む。神経接続によってフェードバックした熱量が足に突き刺さる。
(神経接続によるフェードバックは実際の熱量に比べれば微々たるもの……それで、一瞬痛覚が死ぬレベルの熱が届くってことは)
爆炎の下に、真黒に溶解したコロニーの外壁がある。もし、直撃をしていたのなら、と、ユートは青ざめた。
『ユート、続けてきます!』
「分かってる」
火球は続けざまに跳んでくる。ユートは転がるようにコロニーの外壁を移動しながら攻撃を回避する。
跳躍、そして、着地の瞬間に爆炎が襲い掛かり、エクステンションマッスルの脚がもつれる。
無理に着地することなく転がって移動する。それすら間一髪で、先程まで立っていた場所に爆炎が突き刺さった。
「シーナ、ファイターのコントロールを渡す!」
『了解しました。攻撃はこちらの判断で行います』
コロニーの後部で停止していたファイターが起動する。
『エネルギーは残り少ないです。飛行は一発が限度ですよ!』
エンジンを吹かすと跳躍する。ドラゴンに向かい、残ったエネルギーを全て込めて突撃をする。
逃げ惑うユートに集中していたドラゴンはどれに気が付かない!
激しい轟音とともに、ファイターがドラゴンの横っ腹に突き刺さった。
ドラゴンは僅かに顔をゆがませる。だが、すぐさま苛立ったように腕を振り回すと、ファイター掴んで乱暴に跳ね飛ばす。
再びの轟音。そして、衝撃。ファイターは無残にもコロニーの上に叩きつけれた。
『ダメですね、竜の鱗は生半可な攻撃を通さないようですね』
「ならっ……」
『ええ、受け取ってください』
コロニー上部、エレベーターの扉が開かれる。
中から飛び出したのはファイターユニットの機首部分。ただし、機首だけでなく、ビームカノンを装備している。
ファイターが飛び出すと、ユートの真上に飛び出す。そして、ビームカノンとの接続を解除する。
ユートはファイターユニットからビームカノンを受け取ると左腕に装備。
ファイターの突撃は直接的なダメージがなかったが、ドラゴンに隙を作り出すには十分であった。
ユートが照準を合わせると、コントローラーのレバーを握る。
ファルコンがビームカノンの引き金を引く。
「そっちが炎なら、こっちはビームだ!」
銃口から放たれた加粒子ビームは一直線にドラゴンへ向かって伸び――直前で拡散した。
「なっ……」
思わず声が漏れた。
狙いは確実だった。距離もユートの腕であれば外すことはない。
ビームであった粒子が飛び散る中、ドラゴンの相貌がファルコンとユートを捉えた。
竜の口が歪む。
ユートは歯を強く噛んだ。
「嘘だろ、確かに大気圏内ではビームは拡散するが、有効射程はここまで短くない!」
『ユート、回避を!』
火球が再び放たれた。
ユートは床を蹴ろうとするが、ファルコンは動かない。砲撃の反動で信号の伝達が遅れていた。
回避が出来ない。とっさに右腕を突き出すとリキッドメタルを乱暴に展開する。
液体金属は即席の盾になると、火球を防いだ。だが、熱と爆風がエクステンションマッスルを揺らす。
「っ……あれ」
だが、ユートは違和感を覚えた。
「さっきより、熱くない?」
神経接続越しに熱と衝撃は伝わってきた。だが、初撃のような絶望的な威力はなかった。
『ユート、しっかりしてください! 勝機はあります』
「どういうこと?」
『先ほどまでの火球の熱量を分析しました。明らかに低下しています』
ファルコンに向けられた数十の火球。最初はまさに必殺の一撃であり、ユートの回避も紙一重であった。
だが、その一撃を何度も続けることは出来ない。
『相手は生命体です! 自分の中にある熱量にだって限界はある』
現に、ドラゴンは火球の連射を止めて荒く息を吐いている。
心なしか、滞空する高度も落ちている。
「なるほど……なら!」
再び火球が放たれる。だが、速度は落ちていた。
冷静に確認をすると、ユートは余裕をもってエクステンションマッスルを動かす。攻撃の回避は容易であった。
火球は連続して放たれるが、もはやユートが当たることはない。
ドラゴンはみるみるうちに高度を落とす。そして、ついにコロニーの上に着地した。
「―――ォォォォォッ!!」
咆哮がコロニーを揺らす。
ファルコンのコックピットが衝撃で揺れるが、ユートにはそれが怖くない。
『ユート、分かっていますね』
ドラゴンがコロニーを揺らしながら向かってくる。
腕を広げ、鋭い爪を立てていた。
エクステンションマッスルの全長は10メートル程。通常であれば三倍以上の大きさの存在が迫ってくるとなれば、絶対絶命の状況である。
だが、それはユートにとって脅威にはならない。
「火球による攻撃もない、弾を打ち尽くした兵士がナイフを持ってやけっぱちの突撃ってとこか」
左腕にマウントしたビームカノンを槍のように突き出すと、ペダルを踏みこみ。
背部のブースターに火が点き、拡張された人体は巨獣に向かって飛び出した。
「距離50、30――」
モニターに映るドラゴンが大きくなってくる。
「今だ!」
相対距離が一桁になる直前、トリガーを引く。
ほぼほぼ接射の距離でビームカノンが火を噴いた。
拡散することなく放たれた加粒子は莫大なエネルギーで突き刺さると、鱗を溶かす。
「続けて!」
右腕の液体金属が剣の形に収束する。
溶かされたウロコに剣がねじ込まれる。
「―――ォアアアアァァァァ!!」
ドラゴンの咆哮がコックピットを揺らした。あまりにも爆音に一瞬耳が遠くなるが、ユートは止まらない。
「リキッドメタルの表面に金属粒子を充填。リキッドメタル高周波モードに!」
液体金属剣が鈍色の粒子を纏うと振動する刃が形成される。
刃が竜の首に突き立てられた。
激しく飛び散る火花。響き渡る竜の悲鳴。
エクステンションマッスルの顔に赤い血が降り注ぐ。
もはや断末魔もない。加粒子の刃は首を切断すると、竜の巨体はコロニーの上に倒れた。
「今度こそ、ミッション完了、だな」
『ええ……』
コロニーの後部に光が見えた。
自転方向の反対。地球で言うところ、西の端から太陽が大地の『上』から顔を出す。
「……ははっ……西から降りてくる太陽、か」
『正確には、この恒星系の恒星ですけどね』
そう、ここは異世界。
平面の大地に、名前も知らない恒星が照らす世界。
『ユート、改めて言いましょう』
前途は多難である。
『このコロニーを救ってくれて、ありがとうございます』
だが、確かなのは、少年が多くの命を守ったと言う事だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます