ミッション02 ワンドガルド接岸
2-1
コロニーの入港口には、シャフトを通じてコロニーの上部へと続くエレベーターがある。
今、そこにはユートがいた。
エクステンションマッスルに乗り込み、微動だにせず待機している。
やがて、エレベーターが止まった。
扉が開かれと、目の前には宇宙と空の境界線が広がっている。
遥か雲の上、透明な層の上に青い宇宙が広がっている。
コロニーの上部、エクステンションマッスルに乗り込んだユートは、ゆっくりと歩み出た。
『エクステンションマッスルの移動を確認。続けて、ファイターユニットを遠隔操作します』
ユートに続いて、ファイターユニットがエレベーター内から外に出る。
戦闘時とは違い、機首とビームカノンは取り外されている。これからの作戦には不要だからだ。
ユートの目の前には、コロニーの外壁が広がっている。30キロメートルを超える巨体の上に、ちっぽけな存在が立っている。
エクステンションマッスルは、ファイターユニットを排除した人型機動兵器であっても、10メートルのサイズはある。だが、生身の人間にとっては巨人であっても、コロニーに比べればはるかに小さかった。
拡張された人体は自分が立っている人口の大地を確認する。
コロニーの上部には牽引用のワイヤーが設置されている。本来は事故等で定められた地点から移動してしまった場合に、シャトルなどでけん引するための機構である。
「まさか、大地に突き刺すために使用することになるとはね」
『何者も、物は使いようですよ。人間がコロニーを質量兵器にするようにね』
「はは……返す言葉もないや」
軽口を叩きながらファルコンの状態を確認する。コロニー突入すると言う無茶をした割に損傷は軽微であり、動きに支障はなかった。
「大丈夫、こっちも問題はない」
『それでは、ミッションを確認します』
■■■■■■■
■作戦『ワンドガルド接岸作成』
概要:
原因は不明であるが、スペースコロニーごと未知の宙域へと転移した。
結果として地球への落下は免れたものの、今度は転移先に存在する平面の大地へと引き寄せられている。
速やかにコロニーを動かし、安全を確保しなければならない。
作戦目的:
コロニーを大地の裏側に接岸させる。
まず、停止した核パルス推進エンジンを再起動し、コロニーを急加速させる。
コロニーを大地の自転方向の先に移動させたのち、エンジンを徐々に停止させ、大地との相対速度を合わせる。
最終的に大地の裏側にコロニー牽引用ワイヤーを突き刺し、安全を確保する。
■■■■■■■
コックピットのコンソールに作戦の概要と簡易マップが転送される。
自分の現在位置、作戦の要となるアンカーの設置個所。
『一つタイミングを誤れば、このコロニーに眠る住民ごとお陀仏です』
「大丈夫、このコロニーを背負うのはいつものことだ」
『いい返事です。さあ、一世一代の賭けを始めましょうか!』
ユートはヘルメットのバイザーを閉じると、コントローラーを強く握りしめる。
ファルコンが微かに揺れる。ユートの手も震えていた。
「……ビビッてるのかな」
『そこは、武者震いと言うことにしておきましょう』
皮肉屋のAIらしくない、真っ直ぐな励ましに、ユートはヘルメットの中で微笑んで応えた。
ファルコンの震えが止まった。待っていたかのように、シーナは作戦の開始を告げる。
『それでは、ミッションを開始します』
「了解!」
コロニーの背部、無理やり設置された核パルス推進エンジンに再び火が点いた。
コロニーは急激に加速し、杖の大地と並走しながら宇宙空間を突き進む。
ユートが乗ったファルコンはコロニーにしがみ付きながら、モニター越しに眼下に広がる大地を眺めている。
「森に、海に、平面である以外は地球と殆ど同じか」
遥か先に雲が見えた。平面上に広がる白い境界線は、宇宙から眺めた地球と同じだった。
コロニーは徐々に加速し、眼下を流れる雲を追い越していく。
森は途切れ、平原の上を通り過ぎると荒野。そして、その先は大地の果て。
荒野の果てと宇宙の境界線は透明な空で、やがて宇宙の青に変わっていく。
核パルス推進エンジンを全力で吹かしながら、コロニーは自転方向の先に躍り出た。
『ユート、作戦開始です』
「了解!」
ユートはコントローラーを握るとファルコンを立ち上がらせる。
コロニーの外壁を蹴って前に。目指す先には先端部に着いたコロニーのミラー。
「リキッドメタルブレード展開!」
右腕に装着された籠手から液体金属が飛び出すし、電気信号により発光する。
液体金属は、特定の電気信号によって相転移する。また、発信する信号によって形成する形をコントロールすることが可能である。
たちまちに、手甲と一体化した実体剣が展開する。
ユートは展開した剣を一閃する。太陽光発電パネルが飛び散り、ミラーがコロニーから切り離された。
「リキッド化! 接着後にすぐに固定!」
再び手甲から電気が発生する。今度は個体となった金属が一気に溶解する。
ユートは液体ごと切り離されたミラーを手に取ると、再び液体金属に電気信号を送る。
ドロドロの状態のまま個体になると、無理やりエクステンションマッスルの腕と、コロニーのミラーを接着した。
『接続を確認! ファイターユニットを起動します』
待機していたファイターユニットが起動する。
シーナによって制御された宇宙戦闘機には機首の部分はない。
『一秒後に接触、衝撃に備えて!』
「了解!」
ファイターユニットは、半ば激突するような形でジョーと接続をする。
無理やりのドッキング、コンソールには『緊急接続』のメッセージが表示されている。
コックピットが揺れ、ユートの顔が苦痛に歪む。
(コックピットにもダメージがある。本来はパイロットが気絶するか、機体だけを緊急回収する時に使うからな)
機首の代わりにエクステンションマッスルとコロニーのミラーを無理矢理掴んだ人型機動兵器を付けた戦闘機は、そのままコロニーの後部に向かって飛ぶ。減速することなくコロニーの後ろへと飛び出した。
コロニーの後部では核パルス推進エンジンが徐々に速度を落としていた。
「……一歩間違えた大地と激突か」
徐々に減速するコロニーとユートたちの前に、大地が迫ってくる。
コンソールが圧縮熱による過熱を知らせる。だが、止めるわけにはいかなかった。
「コロニーの羽を盾にして大気圏に突入……」
無理やり接続した右腕が悲鳴をあげる。神経接続によって人体の延長のように動かせるエクステンションマッスルであるが、同時に機体からのダメージがフェードバックされる。コントローラー越しに伝わる熱は機体が味わっているダメージの一部でしかない。せいぜい熱湯に手を突っ込んだ程度であるが、ユートが生身で飛び出せば一瞬にして消し炭になってしまうだろう。
「保ってくれよ、ファルコン!」
徐々に空の色が変わってくる。宇宙の青は空の青に変わり、透明な大気の中に突入する。
空気が流れていく。同時に、少しずつ熱が引いていく。
背部では核パルス推進エンジンが一機、完全に停止していた。
『ユート、圧縮熱はクリアしました』
「了解、これよりミラーを放棄してコロニーに帰還する」
液体金属を相転移させると手甲に圧縮する。熱によって赤熱化したミラーが、ゆっくりと大地の下に落ちていく。
ファルコンを反転させると、すぐさまコロニーに向かって針路を向ける。
その時だった、ファルコンのコックピットにアラートが響き渡ったのは。
「なんだ……」
コンソールを確認すると、エネルギー残量に対する警告が発生していた。
「なんでだ? 作戦開始前にエネルギー残量は確認したはずなのに」
そう口に出している間にも残量を示すアイコンは減っていく。
コンソールにパワーダウンの警告が表示された。急減速したファルコンが揺れる。
「くそ! 足で無理やり着地する!」
ファルコンの出力を落とすと、間一髪、コロニーの背部に辿り着いた。
ユートがエクステンションマッスルの脚をで、ファイターユニットごと着地する。元々背負った状態での移動は想定していないので、後ろに向きによろけてしまった。
着地と同時に、二機目の核パルス推進エンジンが停止した。姿勢制御スラスターによって大地の下に向かってコロニーが移動する。
最後部が大地の下に潜り込む。ユートが上を見上げると、大地の裏側があった。
草も生えない岩だらけの天井が広がっている。
「はは……っ地球じゃ絶対に見れない光景だな」
遥か後方には大地を貫通する杖の一部があった。
見下ろすと、遥か下に星の海が広がっている。
だが、それを悠長に眺めている余裕はユートにはなかった。
『アンカーユニット射出!』
コロニーからアンカーが放たれる。
上部の大地から激突音がする。最初の一機は、問題なく大地に突き刺さった。
ワイヤーがピンと張詰められる。エンジンとは異なる力がかかり、コロニーが大きく揺れる。
『一号アンカーの接続を確認、続けて第二、第三の接続を確認』
ユートは振り落とされてないようにコロニーにしがみ付く。この酷い揺れも作戦完了までの話である。
『四番、五番――接続確認』
大地にアンカーが突き刺さる度に揺れは小さくなっていく。
(このままいけば、作戦は成功する)
ユートは固唾をのんでコンソールからの情報を確認する。
作戦マップ内で接続の完了したワイヤーのアイコンが、緑色に変化する。
『最終アンカー、射出します!」
そして、最後の一機が射出された。
アンカーは一直線に大地に向かって伸びていく。接触をすると、そのまま大地に刺さる――筈であった。
アンカーが急速に減速をする。大地に接触すると、刺されることなく弾かれる。
弛緩したワイヤーが宙に踊る。同時に、コロニーが揺れた。
『ユート、直ちに支援を』
「了解!」
ユートはコントローラーを握り込むと、脚部のペダルを踏みこむ。
ファルコンの脚部に設置されたスラスターが起動すると、大きく跳躍する。
宙に浮いたアンカーを掴むと、大地に向かって飛翔する。
だが、再びコックピットにアラートが発生する。
『推力が減衰しています』
「分かってる!」
あと少しで大地に手が届く。だと言うのに、機体のパワーは徐々に下がっていく。
ワイヤーが引っ張られる。未だに安定しないコロニーが真横に回転しようとしている。
「終わってたまるかよ!」
強くペダルを踏みこむ。ワイヤーを離すまいと信号を送り続ける。
「俺は強化人間アンリミテッド10! このコロニーを守るために生まれて来た戦士だ!
ファルコン、ここで気張ってくれ! お前だって、ここで終わりたくはないだろ!」
叫び声がコックピットに響き渡る。
その時だったら、コンソールからアラートが消える。同時に、推力が想定を超える値を示す。
脚部から噴き出したエネルギーが、光のように吹き荒れる。
「行くぞ、ファルコン!」
加速したファルコンは、大地に迫る。
アンカーを拳を振り抜くように大地に突き刺した。
『最後のアンカーユニットの接続を確認! 同時に、コロニーの安定を確認』
ユートは静かに息を吐く。
ファルコンは疲れたようにコロニーの背部に降り立つ。
「作戦、完了かな」
『ええ、お疲れ様です――』
作戦完了、その筈であった。
『待ってください! 謎の生体反応が高速で接近!』
「なぞって……」
『映像を見せます』
モニターの表示が切り替わる。
コロニーの下、星空の上に大きな物体が存在している。
『大きさは30メートル、速度は戦闘機と同じレベル――』
影は猛烈な速さで迫ってくる。最初は何かが存在するとしか認識できなかった影は、徐々に姿を露わにする。
巨木のような胴体から生える一対の羽。四肢には鋭い爪がある。
胴体から頭まで深い緑色の鱗が覆い、長い首の先にある頭から角が生えている。
「これは……竜?」
影がコロニーの上に飛来する。
そこにあったのは、物語の中に存在するドラゴンそのものであった。
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