1-4
光が消えるまで、ユートは口も目も動かすことが出来なかった。
その時間は一分にも満たなかった。だが、それが永遠であるかのように感じられた。
光が消え、世界が姿を取り戻してもユートは呆気にとられていた。
目の前には、長耳の女性が悠然と佇んでいる。
(この人は……いったい……)
テロリストの仲間と言うにはあまりにも浮世離れしている。
その姿は凶悪な犯罪者と言うより――
(まるで、物語の中のエルフみたいだ)
すらっとした高身長の美人。そして、長い耳。着ている服もユートのようなパイロットスーツではなく、トガのようなゆったりとした布である。
(何者なんだ……)
だが、状況はゆっくりと観察する時間を与えなかった。
『ユート、正面の映像を確認してください!』
シーナの言葉に思考から引き戻される。
正面のモニターの映像が切り替わった。
「……ナニコレ」
そこにあった映像は、ユートをさらに混乱させた。
平面の大地があった。
地球が在るべき場所に、平面の大地が浮かんでいた。
宇宙空間に浮かび上がるのは、平面の大地。緑の森もそびえたつ山々も、海ですらあった。
中央には巨大な杖が突き刺さり、遥か先には恒星が見える。
「これ、外の映像?」
『察しが早くて助かります』
ユートは顔をしかめると頭をかく。
「地球じゃない、コロニーも月もない」
『存在するのは、杖の刺さった、平面の大地……』
目の前の景色は、地球圏で育った彼にとってあまりにも異常であった。
「地球は? さっきまで目の前にあっただろ!」
『混乱しているのは、私も同じです。けれど、コロニーのカメラはこんな空想じみた景色を映し出しています』
「冗談じゃない! さっきまであって地球はどうしたんだよ!」
『騒がないでください、音声パターンをツダ・ケンに変更してボリューム上げますよ!』
混乱するAIと強化人間。その様子を金色の瞳が冷ややかに眺めていた。
「……コホン」
咳払いを聞いて、ユートは固まる。ようやくすぐ傍にある一番の異常を思い出したのだった。
ユートが黙ったことを確認すると、女性は静かに口を開く。
「あそこはワンドガルド……杖が支える神によって引き裂かれた大地……」
それが当然のように、長耳の女性は静かに語る。
あまりにも当然のように出てくる言葉、迷いない語り口は狂人のものではなく、確信をもった発言であった。
それが嘘ではないと、ユートは直感した。
「……あなたは、いったい」
少年の問いかけに、女性は微笑む。
「私の名はエインシア――」
そして、名を告げる。
その瞬間、コロニーが揺れた。
「あっ……」
激しい揺れに周辺に放置されたいて瓦礫が浮かび上がる。
そして――
「ぐげっ……」
エインシアと名乗った女性の頭に激突した。
激しい衝突音と共に人体がきりもみ状に吹き飛び、壁にぶつかる。再び激しい衝突音とともに、腕が痙攣していた。
「だ、大丈夫か?」
ユートはが慌てて抱き起すが、意識はなかった。
「……気絶してるよ」
『はぁ~(クソデカ溜息)』
「まって、なんでわざわざカッコクソデカタメイキなんて発音したの?」
『私の失望を表現するにはそれくらいの漫画的な表現が必要だと判断しました。ユート、あなたのその腕は何のためについているのですか? 転ぶ女性一人支えられないとは強化人間が聞いて呆れます』
「うわ~、微妙に反論できない理屈もって来やがった」
再びコロニーが揺れた。明らかな異常を感じ取ると、ユートの表情が変わる。
「シーナ状況は?」
『コロニーがあの平面の大地の引力に引かれています』
コロニーが大地に落下する危機は、未だに終わっていなかった。
『まずいですね、このままでは結局大地に激突してしまいます』
「なんとか軟着陸させることは出来ないかな」
ユートは近くの席に座ると端末を起動する。
コロニーに備えられた設備を確認していく。
『難しいでしょう。コロニーを地球に着地させる機構があるのなら、我々のミッションの内容も違っていました』
「単純に推進装置を使って落下の衝撃を和らげることは? とりあえず調べる!!」
◆検索:推進機関、もしくは移動にしようする道具◆
キーワードを入力すると、コンソールに検索結果が表示される。
コロニーの外部に設置された設備。姿勢制御用スラスターに牽引用ワイヤー、何れも星の引力を振り払える力はない。
『動かそうにも、コロニーにはテロリストが用意した核パルス推進エンジンか、簡易的な姿勢制御スラスターしかありません。全力で動かしたとしても、落下するコロニーを支えることは出来ないでしょう』
「核パルス推進エンジンの再起動は可能なの?」
『ええ』
「それなら、180度旋回したうえでエンジンに点火し、引力圏からの離脱は?」
『ラグランジュ点が分からない以上、不用意に動かさない方がいいでしょう』
コロニーは通常、月と地球の引力が干渉しあい、安定した箇所に設置される。
それは長年の観測結果により計算された箇所であり、すぐに算出することは出来なかった。
「くそ、考えろ……このままじゃ結局、このコロニーを殺すことになる……」
再びコロニーが揺れた。
気絶しているエインシアが衝撃で跳ねる。無重力空間で、ピンボールのように弾き出された。
「っと」
ユートは飛び上がると、進行方向に先回りする。両手を広げてエインシアを支えると、椅子に座らせる。
『とりあえず、ご婦人を放置するのは危険なのでテープで椅子に固定しますか』
「そうしよう」
ちょうど傍に漂っていた備品箱からテープを取り出すと、椅子に固定する。
女性の扱いとしては論外であるが、放置するよりは親切である。
「……待てよ」
その作業中、一つの事に思い至る。
「今なんで、俺は受け止められた」
瓦礫の一部がぶつかって部屋の中を跳ね回った。そのうち二つが平行して飛んでいる。
そのままぶつかれば、双方が破損する。先程のユートとエインシアも、一歩間違えたら壁にぶつかっていた。
(そう、ただ慣性任せるだけなら接触の際に衝撃が発生する)
弾き飛ばすことなく受け止められたのは、腕で勢いを殺したから。
では、殺すためにどうしたのか。
「……シーナ、あの大地は自転をしているか分かる?」
『今確認します』
シーナの計算は早かった。すぐさま観測していた映像とともに結果をモニターに表示する。
『どうやら、地球と同じように西から東に向けて回転をしているようです。中心点は杖の根元。一点を中心として、回転をしています』
「公転は?」
『同じように、あの恒星を中心として軌道を描いています」
平面の大地は、宇宙空間で動いていた。
かつての地動説が提唱したように大地そのものが静止しているのではなく、地球と同じように宇宙の中を一定の法則で動いている。
「シーナ、提案がある。大地と相対速度を合わせて接岸することは可能か?」
『なるほど、地上に落ちていくのではなく、大地の進行ルートから突入すると言う事ですか』
人工衛星やコロニーは、地球の周辺をつねに動いている。その速度は地球上の乗り物よりも遥かに早い。
そんな物体に接触する時、正面からぶつかれば大事故になってしまう。
だが、コロニーへの入港や接触する必要は出る。その時に無事に接岸するためには、相対速度を合わせて並行して飛ぶ必要があった。
「徐々に速度を落として突入し、コロニーの牽引用アンカーを大地の裏側に突き刺す」
正面から大気圏に突入して大地に突き刺さる必要はない。
『いいでしょう、どちらにしろ全滅であるのなら、生き残る可能性にかけましょう』
ユートとシーナのミッションは、コロニーの奪還。それが果たせなければ破壊。
先程までは自爆のために動いていた。
だが、状況が変わった。
前者の目的を果たす条件が揃ったのだ。
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