第3星:真実の名前で呼び合うとき


「アルバート 聞いてちょうだい」


「どうしたの アレクサンドラ」


 僕たちは心のうちを明かすとき

真実の名前で呼び合うんだ。




 春になった。


窓の外には桜が咲いている。


アリーは生きている。


けれどアリーは淑女のように白いリボンで髪を束ねて

もうさくらんぼのティント(試しに塗ってみたら 水で落ちなくって焦ったよ)は付けていない。




「わたしはね 本当はね」



 痩せ細って

骨と皮だけになったアリーの手が

僕の手を探す。



「うん 本当はどうしたんだい」



 そんなアリーの手を

僕はここにいるよって

両手で包み込む。


その冷たい小さな手を

優しく温めるように親指でさするんだ。



「わたしはね 死にたくないの」


「うん」



 水瓶に挿さった桜が

窓の隙間から入ってきた風で揺れて

花びらを散らしている。




「知ってる? アルバート」


「どうしたの アレクサンドラ」




 アレクサンドラの綺麗な瞳から

いつか見た図鑑のルパートのしずくのように透き通った涙が溢れた。


僕はその涙を手の甲で拭くんだ。


アレクサンドラの頬は冷たいのに

溢れる涙はなぜかとても温かかった。




「人の死は 誰かに意味を与えるの」


「そうなの?」



「この間 ミアが死んでしまったでしょう。

その時 ミアのママとパパが言っていたの。

「ミアの死には ミアの人生には意味がある」って」


「本当に」



「本当に。


「僕たちはその意味を汲みとって

活かして生きていこう」って言っていたわ。

でもね わたしはね わたしはね」




 アレクサンドラの瞳からポロポロと涙が溢れてくる。


僕も涙が溢れてきたから大変だ。


僕の頬に付いた涙は

もう僕のものか

アレクサンドラのものかわからない。




「わたしはね 生きて

生きて みんなに意味を与えたいの。


生きて わたしの人生の意味を示したいの」


「あぁ あぁ わかるよ」



「ずいぶん前に死んでしまったハリソンは

世界旅行が夢だったでしょう。

その夢はハリソンのパパが代わりに叶えているけれど

わたしは わたしが わたしの夢を叶えたいの」


「あぁ あぁ わかるよ」




 僕はアリーが僕の手を握る力が強くなったのを感じた。


僕はそれに応えるように

しっかりとアリーの手を握り返した。




「知ってるかい アレクサンドラ」


「どうしたの アルバート」



「僕の夢は宇宙飛行士だ」


「うん 知ってるわよ」



「それからね」


「うん 知ってるわよ




わたしもあなたと結婚したいわ」


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