素面では語れない話

冬野こおろぎ

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 わたしは昔、雨というものが、心底こわいものだと思っていたのです。


 今日みたいな雨の日にね、痛むのですよ。右足が。


 まさかお客様に、右足のことを見抜かれるとは思いもしなかったのですけれど……流石は小説家の先生ですわね。人間観察力というのでしょうか、人を見る目が他の方とは違われておりますのね。


 物凄く痛いというわけでもありませんし、痺れるというのとも、違っていると思います。しくしくと痛む、という表現が一番合っているかもしれませんわ。


 我慢が出来ない痛みではないけれども、さりとて、完全に無視できる痛みでもない。とても微妙な感覚なのです。


 いつから痛むのかについては、正確には覚えておりませんが、子供の頃からなのは間違いありません。


 女将としてこの宿を切り盛りするようになってから、もう10年以上になりますが、この右足ときたら、雨の日になるとこうして痛みを訴えるのです。昔っから、そこのところは何も変わりが無いのですよ。


 仕事には何の障りもございませんので、その点はお気遣いいただかなくとも。

 

……ええ。さきほど雨がこわいと申したのは、足が痛むからでございますよ。


 あら、そのお顔。「どうせそれだけではないのだろう」と勘ぐっておられる、そんな表情をされておりますわね。わたしも女将として、色々なお客様を相手にしてきましたからねえ。人間観察力には、そこそこ自信があるのですよ。


……えっ、わたしの話が小説のネタになるかもしれない? それはどうかしら……あら、本気で聞きたいというのですか?


 しかしねえ。素面では語りにくい話って、誰にだってあるものでしょう? 


……あらあら、先生ったら。わたしにお酒を勧めてくださるのですか? 小説家の方って、そんなにネタ集めに貪欲ですの? 


 本当はよろしくないのですが、本日は先生以外にお客様がおられないことですしね。では、ご相伴にお預かりいたしますわ。うふふ、我ながら、わるい女将ですこと。




 ……ふう。良い加減に酔いが回ってきました。ではそろそろ、雨がこわいと思ったという理由をお話しいたしましょうか。

 

 とは言いつつも、実のところ、どう切り出せば良いものか困っているのです。わたくし、昔っから話が下手なものですからねえ。それにこんな話、人前でしたことが無いものですから。


 なので、どうか笑わないで、最後まで聞いてくださいまし。


 

 実は……わたくし、いわゆる「見える人」なのですよ。

 


 「幽霊」らしきものが見える、そんな人なのです。

 

 雨が降る日にね、わたしの視界の隅に、ぼんやりとした黒い人影が現れるのでございます……ええ。もちろん、今も見えておりますわ。


 先生の後ろ。あのふすまのすぐ近くに人影が……いえいえ。別に、先生を怖がらせたり、からかったりするつもりなど、毛頭ございませんわ。


 そもそも、あれのことを「幽霊」と表現したのは、その方が先生にも伝わりやすいかと思ったからですの。あれが幽霊かどうかなんて、本当のところは、わたしにも分かりませんのよ。


 ただ、雨が降り始めると、人影が視界にはっきりと現れるのです。

 

 何をするでもなく、ただぼうっとそこにたたずんで、わたしのことを眺めている……そう言えば伝わりますでしょうか。


 それが男性なのか、女性なのかまでは分かりませんが、ソレが現れた後で、決まって右足がしくしくと痛み始めるのですよ。子供の頃からずっとです。


 子供の頃は……少なくとも18歳の頃までは、その人影を幽霊なのだと信じて疑いませんでした。雨の日にだけ現れるソレが、それはもう、こわくてこわくて仕方がなかったのです。


 学校の先生や、わたしの友達に尋ねても、そんなものどこにも見えないと、はっきりというのですもの。幽霊だと信じるのも、無理からぬことだと思いません?


 もちろん、他の皆には、幽霊が見えるかとは聞かずに、「あそこに変な染みが見えない?」と言う風に、さり気なく聞きましたわ。そうしないと、後で変な目で見られるでしょう?


 それなのに、先生には「幽霊が見える」って言い切るだなんて……ふふふ、わたしったら。酔いが回っているから、自分が思っているよりも大胆になっているのかもしれませんね。


 ちなみに、はじめて義父と義母に人影のことを尋ねた時は、凄く心配されてしまいましてね。ちょっとした騒ぎになってしまいましたわ。


……ええ、わたしを生んだ父と母は、既に他界しておりますの。


 両親ともに、まだわたしの物心がついていないときに、交通事故を起こしてしまいましてね。二人とも、車の下敷きになってしまったと聞いております。


 その車には、わたしも乗っていたらしいのですが……両親が亡くなった大事故だというのに、わたし、そのことを全く覚えておりませんの。いくら記憶をたどっても、なんにも思い出せませんのよ。


 雨の日に、右足がしくしくと痛むという症状。あれはその事故で受けた大怪我の、後遺症のようなのです。頭にはその時のことが何にも残っておりませんのに、身体の方は頑固に覚えている……なんだか変な具合ですわね。


 雨の日に古傷の痛みがぶり返すこと自体は、よくある話のようですよ。なんでも、雨が降ると気圧が変化する影響で、自律神経の働きが乱れるとかなんとか。


 ……あら。先生も、雨の日に頭が痛くなるのですか。なるほど、近頃ではそれを「天気痛」と言うのですね。


 頭痛がするようでしたら、うちの旅館の温泉にゆっくり浸かるのがよいですわ。

 あの湯は、肩こりや神経痛、リュウマチはもちろん、頭痛にも効くのです。身体を温めると、先生の頭痛もきっと良くなりますわよ。酒酔いも、きれいさっぱり醒めるでしょうし。

 そうそう、よく温泉の湯をコップにすくって飲まれる方がおられますが、そのようなことをされても良い効果は得られません。温泉はお酒とは違って、喉ではなく、肌で味わうものですから。

 

……あらあら、先生は温泉よりも、わたしの話の方に興味があると。


 確かに、こんな中途半端なところでやめるのもキリが悪いですわねえ。話を続けるとしましょうか。ですが、温泉には後で絶対、浸かってみてくださいね。当宿自慢の温泉ですから、きっとご満足いただけますわ。



……そのようなわけで、病院で治療を受けた後、わたしは親戚の家に預けられましてね。そこから、義父と義母に育てられたのです。本当の父と母と過ごした時間よりも、義父と義母と暮らした日々の方が、ずっとずっと長いわけですね。

 

 人影が見えることを、義父と義母に話した日のことですが、すぐに病院に連れていかれました。

 

 もちろん二人とも、わたしに事故の後遺症があらわれたのだと疑ったのです。特に、頭の方に悪い影響が出たのではないかと。


 ところが。

 

 病院で検査をしてもらっても、どこにも異状が無いようなのです。

 最初は地元の病院で診てもらいましたが、その後で訪れた大病院でも、似たり寄ったりの結果でした。医者の先生は、視界に人のような影が写るようになるという症例には、過去にお目にかかったことがないと、首をひねっておられましたよ。


 医学的に問題はないことは分かりましたが、現にこうして見えるのだから困りものです。


 あの人影はね、雨が降りはじめるといつだって、朝にも昼にも夜にでも、おかまいなしに現れるのですよ。


 明かりを消した後の、まっ暗がりの部屋の中でも、その姿がくっきりと見えるのです。仮にも影なのですから、暗がりには埋もれてしまわないとおかしい、そうは思うのですが。きっとあれは、理屈ではくくり切れないものなのでしょう。


 さっきの繰り返しになりますが、雨が降ると、まずあの人影が視界に現れて、その後しばらくたってから、足が痛みはじめるのです。


 ですからわたしは、あれはわたしを苦しめるためだけに現れる、得体の知れぬ悪霊のようなものではないかと、長いこと本気で信じておりました。


 そんな不穏な考え方をしていたものですから、アレが現れる雨の日が、それはもうこわくてこわくて。



 ですが、雨をこわがっていたのは、あくまでも昔のお話です。今は、心の整理が出来ましたからね、こわくもなんともありませんわ。


……きっかけですか。そうですね、雨をこわがらなくなったきっかけは、義父の葬式の時に、とあるお坊様のお説教を聞いたのが始まりでしょうか。

 

 義母は今も元気にしておりますけれど、義父はわたしが18歳の時に、肝臓の癌で亡くなりましたの。義父はお酒が大の好物で、いくら飲んでも悪酔いしない人でした。ですから肝臓癌と聞いた日には、何かの間違いだろうと診断結果を疑ったものです。

 

 義父が亡くなったのは、よりによって雨の日だったのです。ですから、わたしは本気で、アレがついに義父にまで手を掛けたのだと、それはもう強く思い込んでしまいまして。今にして思えば、優しい義父を失ったショックで、気が動転していたのでしょう。


 その思い込みが高じて、義父の葬式のために訪れたお坊様に「雨の日にだけ現れる悪霊を除霊してほしい」と、はっきりと頼みこんだのです。


 いきなり葬儀とは関係の無いオカルトな話をされて、お坊様もさぞ驚かれたことでしょう。


 ですが結局、除霊はしなかったのですよ……ふふふ。別に無視されたとか、呆れられたりとかはしませんでしたわ。


 お坊様は、まずはわたしをなだめてから「幽霊は人に祟るものではございませんよ」ときっぱり、そうおっしゃったのですね。そして、「幽霊は、今を生きる人のために用意されたもので、亡くなった方のためにあるものではないのです」と言葉を続けられまして、最後には、「自分の過去を振り返り、ゆっくり心を整理することをお勧めします」と諭されました。


 まさか、お祓い加持祈祷のイメージの強いお坊様の口から、幽霊は祟らないと言われるとは思いもしませんでしたから、それはもう衝撃を受けましてねえ。強く強く印象に残りましたよ。


 その時のお坊様のご説法に得心がいきましてねえ。人影の要因と思われる、例の事故のことを詳しく知ることにしたのです。


 事故のことは、以前にも義父や義母から聞かされておりましたわ。でも、もっと詳しく知りたいのだと義母に話しましたら、当時、事故を担当されていた巡査長への連絡先が見つかりましてね。ダメもとでそちらに問い合わせてみましたら、なんとあっさり、事故のことを聞くことが出来たのですわ。


 あんまりだらだらと話すと退屈でしょうから、警察の方から聞き知った要点だけお伝えしますわね。


 事故があったのは、とある県の山中でして。山沿いの道路の曲がり角で、両親とわたしを乗せて走る車が、ガードレールを超えて崖に転落したのだそうです。 当時は強く雨が降っていて、路面がたいそう滑りやすくなっていたのですね。激しくスリップした形跡があったようです。


 後部座席に乗っていたわたしは、右足に大怪我こそしたものの、奇跡的に命は助かりました。しかし、前座席の方が損傷がひどく、母は即死、父は意識不明で病院に運ばれましたが、同じ日に亡くなったそうです。


 事故があった時に、近くを歩いている方がおられましてね。その方が、転落する自動車を見て、あわてて警察に連絡してくださったとか。


……いえいえ、全く事件性はなかったようですよ。悪天候ゆえの交通事故として、警察も処理をされたそうです。


……発見者の方ですか?


 その方の名前を聞くことは出来ませんでした。まあ、警察の方が、一般人にすぎないわたしにそこまでの情報を明かされるわけはないのですが。


 ただ、わたしの右足が今もこうして無事なのは、発見者の方が、速やかに警察に通報してくださったおかげとお聞きしました。あと少し救出が遅れていたら、右足が無くなっていた可能性が高かったようです。

 

 このようなことを、警察の方から直接、話を聞くことが出来たわけですけれど……わたしが既に知っていることがほとんどでした。


 残念ながら、わたしの目に映る人影が何なのかについて、これといった確証は得られなかったわけでございます。


……あらあら、先生。なにやら不満気な表情ですよ。

 これは小説ではなく、本当にあった出来事ですからねえ。数々の伏線が最後に繋がって、衝撃のラストが……なんていう展開、あるわけないじゃあありませんか。

 

 まあ、現実は小説より奇なりともいいますが、残念ながらこの話は、奇をてらったところのない、つまらない現実。そういうことになりますわねえ……人影の部分は十分奇をてらっている? ふふふ、そうかもしれません。


 ですが、先生が名探偵よろしく、事故の裏にある驚くべき真実を明るみにしてくだされば、話は別かもしれませんわよ……あら、先生は推理小説家ではなく、ホラー作家なのですか。ならば当面、新たな事実は望めそうにないですわね。


 とにもかくにも、人影の正体は分かりませんでした。なので、わたしはこう解釈することにしたのです。



 雨の日に現れるあの人影は、死にかけていたわたしを助けてくれた、発見者の方の姿なのだと。



……もちろん、事故のことは相変わらず、欠片も思い出すことができません。


 ですが、死に瀕した当時のわたしの目には、その方の姿がはっきりと焼き付いたのかもしれない。それが、雨をきっかけに記憶の底から蘇ってくるのかもしれない……そうでしょう?


 幽霊というものは亡くなった方のためにあるのではなく、今を生きる人のためにあるもの。だとしたら、わたしにしか見えない幽霊のようなソレを、わたしがどのように扱おうとも、誰にも文句を言われる筋合いはないのです。


 自分を救ってくれた命の恩人が、今も影となってわたしを見守ってくれている……そういったひたすら前向きな解釈を施すのも、わたしの自由、わたしの勝手なのでございます。


 

 さて、わたしのお話は、これにておしまいでございます。

 

 気が付けば、ずいぶんとお酒が進んでしまいました。先生があんまり勧めるから……やだやだ、お客さまのせいにしちゃあ、女将失格でございますわね。


 結局、わたしは誰かに自分の秘密を聞いてもらいたかったのですよ。


 ですから、全部お酒のせいにして、思い切り吐きださせていただきました。


 誰しも生きていれば、酒の力を借りて自分をさらけ出したくなることがある。違いませんこと?


 それに、小説のネタに使っていただけるかもと思うと、それだけで興味もそそられるじゃあないですか。ですが、わたしの要領を得ない、しかもオチの無い話なんて、とても小説のネタにはならなかったと思いますが……そんなことは無いと言ってくださるなんて、優しいお方ですこと。



 こんな歳になっても、雨の日にはまだ古傷が痛みます。

 一体、いつまでこの痛みと付き合えばよいのでしょうねえ。


 でも、命の恩人が、こうしてまだわたしを見守ってくださるのですから。


 

 雨はこわくはない。

 

 こわくはないもの、なのでございます。

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