地獄は地獄で、それなりに。

青いひつじ

第1話


天国は天国で、それなりに楽しかった。


しかし正直、今いるここも悪くない。

天国では、それそれは穏やかな生活だった。誰かの怒鳴り声も聞こえない、先輩は皆優しく、落ち着いて仕事ができた。平和主義である僕にとって、とても居心地の良い場所だった。


しかし、天使という存在を演じるのは、思いのほか大変であった。天使はやたらと好感度が高く、常に発言に気を配らなければならない。また、常に潔白でなくてはいけない。

車通りが少ない道でも、赤信号を無視することはできなかった。


先輩たちは優しさゆえに、僕の力量以上の仕事を与えてこなかった。僕は、毎朝出勤時間ギリギリの9時に出社し、軽く人間界の見回りに行き、12時から13時までしっかりと休憩をとり、戻ってからは1日のレポートを書く。というのを毎日繰り返していた。落ち着いていると言えば、落ち着いている。




そんな僕は3ヶ月前、地獄に配属になった。

僕が何か悪さをしたわけではない。定例異動というやつである。ここに配属されて辞める若手が多いことから「地獄送り」と言われているらしい。


組織のトップである鬼長と面談した際には、あまりのカジュアルさに、天国とこうも違うのかと驚いた。面談と聞いていたが、話したことといえば、世間話や元カノのことだった。鬼長は「終わったら飲みに行こ〜ぜ〜、歓迎会や〜」とご機嫌な人だった。


地獄は気楽で、口調についてあれこれ指図されることはなかった。自分の意見を主張しやすい環境だった。

その代わり、仕事でミスをすれば厳しく叱られた。僕の先輩は、黄色いツノがトレードマークの、ペン回しをよくする先輩だった。僕が取引先に送ったメールを全て確認する細かい人で、最初の1ヶ月はよく叱られた。

しかし口調こそ厳しいものの、文字に起こすとその内容は論理的で分かりやすく、先輩から学ぶことは多かった。

先輩は、僕に新しい仕事をたくさん与えてくれた。機械のように働いていた時には見られなかったであろう、新しい自分に出会えた気がした。僕の仕事がうまくいけば、誰よりも喜んで、涙を流してくれた。意外に情に熱い先輩だった。


天国で、みんなとお揃いの白いワンピースを着て、なんとなく毎日を過ごしていた僕にとって、地獄での生活は刺激的だった。


僕に対して冷たかったお局の鬼とも「あれ?ツノ切りました?」「今日のネックレス素敵ですね」なんて会話をしているうちに、気付けば仲良くなっていた。


そんな感じで3ヶ月が経ち、地獄送りと言われている新天地は、僕にとってはそれなりに楽しい場所だった。

天使として働いていた元同期とは、今でも連絡を取り合っている。



「いや〜、よく地獄で働けるわ。みんな辞めてくって言うし。大変じゃない?特に鬼関係とかさ」


「んー。確かに、仕事は大変かも。まぁ、でもいいとこもあるよ。変な鬼がたくさんいて面白いし。こないだなんか、朝礼でお辞儀した時、先輩の鬼のパンツが破けてさぁ〜、太りすぎですよ〜とか言って、クククク」


「信じらんねぇ、、お前ってほんと、そんな些細なところ面白がれるの、ほんと才能だよ」


「まぁ、なので、地獄は地獄で、それなりに楽しいっす」







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