またね
耳元で声が聞こえた気がした。
ハッとして目を開けると部屋の中は薄暗さに包まれていて、遠くで夕焼け小焼けのメロディが鳴っている。
どうやら眠ってしまっていたらしい。
頬に付いたクッションの跡を指先で撫でながら窓から庭を覗き込む。さっきの声はどう聞いてもユリさんだった。問題はこれが夢の中の音声か、実際の音声か、だ。見回した景色の中にはまだ姿が見つからない。
新築のマンションには次々と入居者がやって来ては、せっせと家具を運び込んでいる。真夏を迎える前に引っ越しを済ませておこうと、誰もが慌ててやって来るのだ。
たまにエントランス前を竹箒で掃いたりなどしていると、不思議そうな顔をした住人がやって来て会釈をする。実はここの大家が親戚で、と説明をすれば皆すぐ納得した顔になるものの、どことなく遠巻きにされてしまうのも仕方のない事なのかと思う。
芙蓉が白い花をつけている。
夕闇にぽつぽつと灯る灯にも似て、誘われるように庭に出ると、しんとした空気が頬を撫でていく。
昨日の晩、フローリングの床を裸足で歩くような音がした。あれが夢の中の事なのか、現実に起きた事なのかは、じきに分かるだろう。
まさかとは思うけど、ギターの音に苦情が来たら困るなぁと考える。けれど、そのままの繋がった思考でチョコミントのアイスを買っておいた方が良いかなぁとも考えてしまう。僕は自覚しているよりもどうやらずっと、夏が来るのを楽しみにしているようだ。
【文披31題】芙蓉の影、夕化粧の残香 野村絽麻子 @an_and_coffee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます