6月18日(火)

━━━━━━朝



心地のいい雨の音に起こされて、ゆっくりと目を開けた。

昨晩、ベットに横たわって見た天井の景色が、つい先ほどのようにはっきりと思い出せる。


本当に一瞬のことだった。


目を閉じて、開けるまで。

刹那の瞬きとほとんど同じような感覚だ。


かといって、寝足りないかと言われればそんなことはない。

胸が晴れ晴れするほどすっきりと起きられた。その証拠に、顔の周りに眠気が尾を引くようなこともない。

久しぶりにうんとぐっすりと眠れたようだ。


静謐とした部屋の中で、ぐっと息を殺して雨の音に耳を傾ける。

まるで、少しでも刺激してしまうと、飛んで逃げていってしまう虫を捕まえようとする時みたいに。


ただ静かに。静かに。静かに。


心を穏やかに、と心がける。


意識ははっきりとそこにある。けれど気配はそこにない。

そうしていると、自分が大自然のハンターにでもなったような気がして、不思議な高揚感が湧いてくる。それが余計に眠気を静寂の彼方へと押しやってしまったので、もはやこれまでか、と覚悟を決めて、ベットに寝ころんだまま、両手をぐぐぐっと伸ばして大きく伸びをしてみる。


心地よく背中を反らせた反動で、口元からほとんど無意識に声にならない吐息が漏れる。あるいは大きな欠伸だったのかもしれない。


そのあと頭上に伸ばした腕を畳んで、頭の後ろで組んでしまう。

すっきりとした脱力感の中で、しばらくは何も考えずにただぼんやりとしていた。


さらさらとした雨音だけが聞こえてくる。


今日はいい朝だ。

どこへも出かける予定もないし、出かける気もない。


一日中、部屋に引きこもってゆっくりできる。


朝からシャワーを浴びてもいい。お昼まで寝ていても構わない。


暇とは実にいいものだ。余暇だって「暇が余る」と書く。だから、暇であることがいいものであるということは否定しようもない事実だ。そればかりは間違いない。


暇そのものを楽しもう。特に何もせず、ただダラダラとそこにあろう。


とりあえず、もうひと眠りしようかと布団を被り直す。

とにかく今は気分がいい。あまり眠くもないのだが、今ならきっと眠れるだろう。


目を閉じて、いざ眠ろうか、という時に、枕元に置きっぱなしにしていたスマホが無粋な通知の震えを伝えてくる。一旦は無視してみる。けれども、一度気になってしまうとどうにも寝付けない。


何度か寝返りを打った後、とうとう辛抱たまらず上半身だけで跳ね起きる。






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➤ [-ここから未読メッセージ-]

【ありさ】「先パイ、今なにやってます?」


【ありさ】「あれ?授業中っすか?」


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(こんな朝っぱらから誰だ…?)


画面を叩くと、時刻は九時半を回っていた。

いつもであればとっくに授業が始まっている時間だ。


しかし、今日ばかりはそうではない。

特に何もする用がないとなると、こんな朝からメッセージの通知を鳴らす人物も思い当たらない。


なにせ、休日ともなれば丸一日スマホが沈黙していてもおかしくはないのだ。


さて、誰がメッセージを送ってきたのか。

ほんのわずかに訝しみながら、スマホの画面ロックを外す。


すると、どうだろうか。


開かれたトークルームの差出人を見てみると、そこには直近で最も連絡を取り合っている後輩の名前が表示されている。


よく会話はなしているとはいえ、平日のこの時間に、こちらからメッセージを送ることはあっても、彼女の方からメッセージを送ってくるようなことは今まで一度もなかった。


それゆえに若干の驚きこそあったが、それ以上に思わず口角が上がってしまうような謎の高揚感が全身を巡る。こうなっては、眠気も完全に吹き飛んでしまって、今更寝に戻る気にもなれない。


ともかく、折角の後輩からのメッセージなのだ。

ただじっと寝ているよりは何倍も有意義だろう。






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【ありさ】「先パイ、今なにやってます?」


【ありさ】「あれ?授業中っすか?」


『悪い』

『今起きた』

『どした?』


【ありさ】「起こしちゃったっすか?なんかすみません。」


『いや、ゴロゴロしてただけで起きてから気にすんな笑』


【ありさ】「そっすか」

【ありさ】「あれ?学校はないんすか?」


『今日は休み…部活もないから家でゆっくりしてるよ』


【ありさ】「そうなんすか」

【ありさ】「めっちゃ羨ましいっすw」

【ありさ】「じゃあ今日は暇っすか?」


『まあ、暇かな』

『何もすることないし笑』


【ありさ】「じゃあ、今日はちょっと暇つぶしに付き合ってほしいっす!」


『あれ?学校?』


【ありさ】「はいっす…」

【ありさ】「そろそろテスト近いんで今日はちゃんと行ったんすよ」

【ありさ】「でも、雨の日の通学はほんとにしんどいっす…」


『あーそゆことね笑』

『まあ、ぼちぼち頑張りな~』


【ありさ】「そうっすよね!ぼちぼちっすよね!了解っす!w」

【ありさ】「そういえば先パイもそろそろテストじゃないんすか?」


『俺はまだ時間あるかな、、まあ、こっちもぼちぼちやるよ』

『そんなに大変でもないしな~』


【ありさ】「さすが先パイっすね、余裕そうで羨ましいっす…」

【ありさ】「あたしも見習わなきゃっすかねー」


『そーだぞー笑、俺を見習って人生楽して生きていけ~笑』

『↑絶対に見習っちゃいけない先輩』


【ありさ】「いやいや、先パイって意外と真面目じゃないすかw」


『俺が?笑』

『うーん、まあ、そう見えるならそうかも』


【ありさ】「なんでそこ納得してないんすかw」


『だって不真面目だから笑』


【ありさ】「いやいや、先パイが不真面目だったら世の中のほとんどの人は不真面目っすよ」

【ありさ】「いつも頼りになるじゃないすか」

【ありさ】「先パイは何かテスト勉強のコツとかあるっすか?」


『んーそうだな~…とりあえず授業中はスマホを見ない方がいいと思うぞー』


【ありさ】「うっ、それはそうなんすけどっ…」


『まあ、ほどほどに頑張ることが重要だぞー』

『俺だって授業中ふつうにスマホみてるし、人のことは言えん』


【ありさ】「そういわれてみると、先パイも不真面目な気がしてきたっすね」


『だからw…俺は不真面目なんだってw』


【ありさ】「じゃあ…今度勉強してくださいよ!」

【ありさ】「前に勉強教えてくれるって言ってたっすよね?」


『なんでそうなる~?笑』

『全然いいけど…テストいつなん?』


【ありさ】「来週の水曜日あたり?」

【ありさ】「ちゃんと覚えてないっね」


『時間ねーじゃんか笑』

『やるとしたら今週末か?予定空いてる?』


【ありさ】「もちろんっすよ」

【ありさ】「あっ、でも週末に集中してバイト入れてるんで」

【ありさ】「土曜の朝だけは勘弁してください…」


『週何回バイトしてるんよ?』


【ありさ】「週に3回っすね」

【ありさ】「たまに疲れて休みたくなることもあるっすけど…」


『結構頑張ってんな~笑』


【ありさ】「そう言ってくれると嬉しいっす、先パイ」

【ありさ】「でもやっぱりしんどいときもあるんすよ…」

【ありさ】「だから、たまに休みながら頑張ってるっす」


『無理はすんなよ~!ぼちぼち頑張るんだ!ぼちぼちな!』


【ありさ】「ありがとう、先パイ」

【ありさ】「無理しないように気をつけるっす」

【ありさ】「先パイも最近、体調良くないんすから頑張りすぎないでくださいね!」


『はいよ~!ありがとな~!』


【ありさ】「こちらこそ、いつもありがとうっす、先パイ」

【ありさ】「それで、今週末はどうするっすか?」


『予定は空いてるからあわせるぞー』

『どこかのカフェでもいくか?』


【ありさ】「それ、ありっすね!」

【ありさ】「じゃあ、商店街の裏のカフェに行ってみたいっす!」

【ありさ】「近くにあるのに、なんだかんだ入ったことないんすよ」


『おけー!じゃあ、後でマップ送ってくれ~』


【ありさ】「了解っす!」

【ありさ】「あとでマップを送るっす!」

【ありさ】「楽しみにしてるっすよ!」


『勉強道具は忘れんなよー笑』


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暇とは砂糖のようなものだと思ったことがある。


個人的には、そのままでも甘くておいしいと思う。

指先につけてペロペロと舐められるくらいのものだ。

中には、そのままでは甘すぎて嫌いだという人がいるかもしれないが。


しかし、本来はそれが正しいのかもしれない。

砂糖とは、要は調味料だ。


お肉を柔らかくしてくれたり、コクを出してくれたり。

お菓子はもちろんのことだが、煮物にも使うし、お茶やコーヒーに入れる人もいる。広義の上ではスポーツドリンクなんかにも入っている。


砂糖はそのままでもおいしい(個人の感想)が、本来は他のおいしいものを作るために使われる。


暇というのも本来はそういうものなのかもしれない。


何か別の、もっといいもののために暇を使う。

それが当たり前なのかもしれない。そんな風に考える時がある。


少なくとも、目一杯の練乳を突っ込んだ、あの甘ったるい黄色い缶コーヒーの味は最高の一言に尽きる。マッ缶は本当にいい飲み物だ。


だから、暇をなみなみと注ぎ込んだ時間のよさも、なんとなくだが理解できる。


このまったりと甘ったるい時間が、目覚めの一杯にはちょうどいい。



-終-

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こんなんでいい日常 @oniremon

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