セーラー服

クロノヒョウ

第1話




 引っ越し業者の人たちが帰り、俺は一人になったアパートから窓の外を眺めた。

 この街には神山先輩がいる。

 今、神山先輩と同じ空気を吸っている。

 俺は神山先輩を追いかけて、先輩と同じ大学を受験した。

 ただ先輩に会いたかったから。

 ただ先輩のそばにいたかったから。


 一つ年上の神山先輩を知ったのは俺が高校生になってすぐだった。

 先輩はとにかく顔がカッコ良くて、女の子にも当然モテていた。見るたびに違う女の子と歩いていたし、告白されている場面も何度も目撃した。きっと先輩は性格もいいのだろう。先輩のまわりには常に人がたくさんいた。そんな目立つ神山先輩に憧れないわけがなかった。

 そう、俺の恋愛対象は物心ついた時から男だった。


 俺はと言えば、幸か不幸か小柄で華奢で、小さい頃からよく女の子に間違われていた。高校生になってもそれは変わらず、よく女子から「可愛い」と言われていた。

 そんなだからか、俺は文化祭の時にみんなにお願いされ、クラスの出し物であるカフェで女装することになった。女子が準備したセーラー服を着させられ、ウィッグをかぶりメイクまで施された俺は見た目だけは完璧な女の子になっていた。

「あれ? こんな可愛い子、この学校にいたっけ?」

 オーダーの飲み物をテーブルへと運ぶと、そこに座っていたのはあの神山先輩だった。友達と来ていた神山先輩は俺を見るなり「可愛い」と言ってくれたのだ。

「あ、あの、えっと、俺、男です」

 すぐそこにいる神山先輩に緊張しながらも俺は心の中では飛び上がるほど喜んでいた。あの神山先輩が、今こうやって俺の目の前にいて俺を見つめてくれているのだ。

「え、お前男なの? すっげえ可愛いじゃん。俺ぜんぜんイケるわ。ハハ……」

 そう言って笑う先輩の笑顔がただただ眩しかった。

 そしてなんと、神山先輩に連絡先を聞かれた俺はそれから先輩と連絡をとるようになったのだ。先輩は思ったとおり、本当に明るくて気さくで面倒見のいい優しい人だった。

 廊下ですれ違うと必ず声をかけてくれたし、頭も良かった先輩は、俺に何度か図書室で勉強も教えてくれた。

 そうやって距離が近づけば近づくほど、先輩への想いはどんどんどんどんふくらんでいくばかりだった。

 でもそんな日々はあっという間で、先輩は卒業すると都会の大学へと行ってしまった。俺は何の迷いもなく、先輩と同じ大学に行くためにこの一年間必死で勉強し、見事に合格したというわけだった。


 ――ブブッ――ブブッ――

 ちょうど部屋も片付いた頃にスマホが音をたてた。

「えっ?」

 俺は慌てて電話に出た。

「神山先輩?」

 そう、先輩からの電話だったのだ。

『よお弘人ひろと、お前俺と同じ大学受かったんだって?』

「は、はい! ちょうど今、引っ越して来たところです」

『ふーん。まあ、またよろしくな。何かわからないことあったら何でも聞けよ』

「はい、ありがとうございます!」

『じゃあまた今度な。飯でも連れてってやるよ』

「本当ですか!? あ、あの、先輩?」

『ん?』

「明日ってあいてますか? あの、俺、何にもわかんなくて。よかったらこの街の案内とか……」

『ああ、明日か。うーん、いいぞ。じゃあ明日、迎えに行くから住所送っとけよ』

「は、はい! ありがとうございます!」

『おう、じゃあな』

「はい」

 俺はしばらくスマホを耳にあてたまま動けなかった。心臓がドキドキしていた。

 明日神山先輩に会える。

 やっと、一年ぶりに先輩に会えるんだ。

「ヤバッ」

 俺は慌ててまだ開けていない段ボールの整理にとりかかった。



 ――ピンポーン

 チャイムが鳴り、俺は急いで玄関のドアを開けた。

「よっ、久しぶり」

「あ、お久しぶりです、先輩……」

 久しぶりに見た神山先輩は相変わらず、いや、前よりももっとカッコ良くなっていた。また少し背も高くなっている気がした。そしてさらに男らしくなっている姿に俺の心臓は一気に加速していた。

「元気だったか?」

「は、はい!」

 先輩は俺の頭をポンポンすると、「お邪魔します」と言って靴をぬいだ。

 あの神山先輩が俺の部屋にいる。

 俺は緊張がピークに達していた。

「いい部屋じゃん」

 先輩はそう言うと部屋の中を見てまわり、奥のベッドルームのドアを開けようとしていた。

「あ、先輩、そっちは……」

 俺は慌てて先輩の側へ駆け寄った。だがもう遅かった。先輩はベッドルームに入ると、壁に掛けていたセーラー服を見て固まっていた。

「弘人、何でセーラー服があんの?」

「そ、それは、その……」

「何? お前もしかして彼女いたの?」

「は? え? はあ!?」

 先輩は何か勘違いしているようだった。

「ま、まさか! それは……」

「じゃあ何なんだよ!」

 先輩はなぜか怒っているようで、俺の目の前に立って俺を見下ろしていた。

「いや、あの、これ、先輩覚えてませんか? 初めて先輩に会った時に、俺がこれを着ていて」

「……ああ、あの時の、か」

「はい」

「でも何でわざわざこんなものとってあるんだよ」

「だってあの時、先輩に可愛いって言ってもらって俺嬉しかったから! だからこれは俺のお守りみたいな物なんです! これを見てると嬉しくなるから、ずっと大事に持ってて……」

「ふーん」

「あっ」

 俺は何を言ってしまったのか。これじゃあまるで告白したようなものではないか。俺は恐る恐る顔を上げて先輩を見た。

「ハハッ、弘人、顔真っ赤だぞ」

「え、いや、その、すみません」

「何で謝るんだよ」

「気持ち悪いこと言ってすみません。可愛いって言ってもらって嬉しかったとか」

「気持ち悪くねえよ。てかさ、弘人、俺のこと好きなの?」

 直球でそう聞かれた俺は、もうどうにでもなれと思って首を上下に振った。

「はい。俺はずっと、先輩のことが好きでした。先輩を追いかけて、同じ大学を受けました」

 自分の顔がどんどん熱くなってくるのがわかった。

「それさ、俺が気づいてないとでも思ってた?」

「へっ?」

 俺は驚いて先輩の顔を見た。

「俺が今までどんだけ告白されてきたと思ってんだよ。弘人が俺を好きだってこと、とっくの昔に気づいてたよ」

「う、うそだ……」

「でもお前は何も言ってこねえし、俺とどうこうなりたいって気持ちはないのかなって思ってた」

「そんなことないです! 俺は先輩が大好きで、でも先輩は女の子が好きだし、告白なんかしたら迷惑だろうなって思って」

「そんなの誰が言ったんだよ」

「え」

「迷惑なんて誰が言った? 女の子が好きって誰が言ったんだよ」

「だって先輩……」

「言っとくけど俺、誰とも付き合ってないから」

「は?」

「で、そのまま俺はこっちに来て普通に生活してた。どうしてかわかんないけど、よくお前のことを思い出してたし、よくお前のことを考えてた」

「そんな……」

 先輩が俺のことを考えてくれてたなんて。俺は嬉しすぎて泣きそうになっていた。

「弘人がこの大学に受かったって、それ聞いた時、俺も嬉しかったんだ。また弘人に会えるって思って」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。で、昨日電話で話して声聞いて、俺もドキドキしてた。そしたらこんなセーラー服なんか置いてあるからマジでびびった。あせった」

「こ、これは。その、きのう荷物開けたらこれが出てきたので」

「あのなあ。確かにこれを着てた弘人は可愛かったぞ。でもな、俺はそんな格好してるから好きになったんじゃない。弘人はこんなの着なくても可愛いし」

「あっ」

 先輩はそう言いながら俺の腕をつかんだ。そのまま引き寄せられた俺は先輩に抱きしめられていた。

「俺も弘人が好きだ」

「先輩……」

 俺は嬉しくて泣いていた。あの神山先輩が俺のことを好きだなんて。

「先輩、俺も、ずっと先輩のことが好きでした」

「うん。ありがとう弘人、俺のこと追いかけてきてくれて」

「当然です! 先輩に会いたかったです」

「うん。俺も会いたかった。ほら、泣くなよ。顔上げて?」

「……はい」

 俺は両手で涙を拭きながら顔を上げた。

「んっ」

 その手をつかまれたと思った瞬間、俺は先輩にキスをされていた。突然でびっくりしたけど、嬉しさのほうが勝っていた。

「……なあ」

 唇が離れると先輩は俺を見つめていた。

「ちょっと着てみてよ」

「は?」

「あれ」

 先輩は壁に掛かったセーラー服を指さしていた。

「……ええ!!」

「なあ、わざわざこっちまで持ってきたんだろ? せっかくだから着てみせてよ」

「ま、マジで言ってます?」

「マジ」

 俺はセーラー服を見つめた。もちろんあれから一度も着ていない。ちょっと戸惑いはしたけれど、先輩のお願いなら。

「……わかりました」

 俺は先輩に見つめられながら服を脱いだ。そしてセーラー服を取り、スカートをはいて上着を着た。

「……これ、何の罰ゲームですかぁ」

 振り向いて、ベッドに座って待っていた先輩の目の前に立った。

「罰ゲームじゃねえよ。やっぱり似合ってる。弘人可愛い」

「もう……せんぱぁい」

 俺は恥ずかしさのあまり先輩にしがみついた。

「フ……ハハハ……あーもう。何なんだよお前」

「先輩こそ何なんですかぁ」

「もう、今日は街案内中止」

「えっ」

「可愛いから抱く」

「わっ……」

 先輩はそのまま俺をベッドへと押し倒した。

 まるで夢でも見ているかのような気分だった。大好きな先輩を追いかけてきて、久しぶりに会えたと思ったらこんな思わぬ展開に。

「なあ、俺以外のやつの前でこんな格好すんなよ」

 先輩は俺に何度もキスをしながらそう言った。

「も、もちろんです……あっ」

 せっかく着たのに、すぐに脱ぐことになってしまったけど、先輩とのきっかけを二度も作ってくれたこのセーラー服を俺はこれからも大切にとっておくのだろう、などと考える余裕はもう、すぐになくなった。



          完





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