episode.2 疑問

 アームギアが生まれたのは20年前、当時はあくまでマンパワー補助の重機的立ち位置だったにも関わらず軍事面で陸戦主力兵器としての立ち位置を獲得した。


 何故ここまで注力されたのか。

 それは今となっては誰にも解らない。




 3日後

 旧日本領・東京エリア・連合軍極東方面軍本部



 本部と名付けられてはいるがそこは軍基地に変わりはない。

 アームギア訓練用のだだっ広い土地に、多数の基地職員を含めた人員、それに合わせた宿舎の数。

 購買も簡単なコンビニ式ではなく、もはや大型スーパー並みだ。

 病院、美容院、映画館、飲食店に酒を提供する店、最近は旅行代理店も入りかなり町じみてきている。


「うげぇ...うえぇ...うわぁ...」


 昼時の食堂、当たり前に混み合うそこでトレーを手に受け取りカウンターに立つドロシー・ミシア少尉は悲しげな顔をして、変な声を出していた。

 理由は明白で、トレーに乗った茶色の物体が原因だ。


「やめんかその顔」


 糧食班班長にして基地のコック長、ニールは、眉間に皺を寄せつつも申し訳なさそうな声を出した。

 黒人男性のニールは40後半ながら基地アメフト部所属の現役ラガーマンで、そのガタイは現役兵士顔負けだ。

 そんな彼が申し訳なさそうな顔をするものだから


「むぅ」


 ドロシーは申し訳なく思いつつも、釈然としない声を出した。


「アホ」


 そんなドロシーの頭をカズマがチョップする。


「おのれは糧食班の苦悩が解らんのか」

「だってぇーほら! また! 合成肉!」


 ドロシーはトレーをカズマにズイ、と突き出し茶色の物体(合成肉)を指差す。


「カズマさぁ、あんたは毎日合成肉でいいわけ?」

「い、いや、そう言うことは」

「そう言うことでしょー!? こーの何が混ざってるか解らん変な肉! 私は牛肉が食べたい!」


 そう、合成肉。

 普通にまずい、口に入れると鼻を抜ける変な匂い。

 栄養に特化したバイオサイエンス食品などと言われているのだが、結局は金である。

 民間のバイオサイエンス企業が、金を払って軍に肉を渡す、宣伝と健康診断時のデータが欲しいのだ。


「しかし新庄の言う通りだぜ、俺たちだって苦労してんだよ」


 ニールは大尉の階級章のついたコック帽を正す。


「こんなクソまずい肉をマシにしなきゃならねぇ。そうなると、デミグラスだ。味には俺達も総出で文句つけてんだが治らないんだよ。そのクセ肉の消費にノルマがある。最悪だよ」

「はぁ、ビーフちゃん...」


 涙を流しながら牛肉を想うドロシーだったが


「安心しろ、今夜はビーフだ、ステーキだ」


 ニールが言うと


「やったぁ!!!」


 まるで子供の様にドロシーはガッツポーズし、隣のカズマは呆れ気味に笑みを浮かべるのだった。



 食糧難なんてのはとうの昔に克服している。徹底した穀倉地帯拡充、農地、酪農、各種養殖関連への注力。

 おかげで皆がいっぱい食べられる様になった、合成肉はその弊害とも言える。


 満足に食べられる様になると、人は食べ物を弄り始めるのだ。


「まずい...」席につき、ドロシーと並んで食事をするカズマは合成肉を口に運ぶと呟いた。


 マッシュポテトを頬張るドロシーは「それ見たことか」と言わんばかりににやけており、カズマは顔を顰める。


「まっず」


 向かいでもカズマ、ドロシーの所属する第三小隊隊長・ベックマン大尉がそんな声を出していた。

 ベックマンは坊主頭を撫で、困った様に二人を見る。


「...まっず」

「二回も言わんでいいでしょう...」


 カズマが言うとベックマンは大きなため息を吐く。


「いやぁ...やっぱマズイってこれ。栄養なんかより味だろ」

「はい!」ドロシー。「ビーフですよね!」

「流石だドロシー。ビーフパティの挟まったテリヤキバーガーは最高だぜ」

「じゅるり」


 アホなやり取りにカズマのデコはテーブルにキスしてしまう。


 まぁいつもの事だけど。

 ベックマンは30後半で結婚だどうのと言われている中、夜のお店に繰り出しては給料の殆どを散財している男だ。

 しかし小隊長としては優秀であり、カズマは信用している。


「でも隊長、今夜、ビーフらしいですよぉ〜」

「何? 本当か」


 カズマは不味い合成肉を飲み込みながら「ステーキらしいですよ」と、ベックマンを見ながら言う。


「はは! やったぜ! 健康クソ食らえ!」


 おおよそ身体が資本の軍人の言葉とは思えない。


「そういやカズマ」ドロシー。「あの助けた博士って今どこいんの?」

「俺が知るかよ。その辺はシャリアの方が詳しいんじゃないか」

「あの子なぁ」


 顎に手を当てたベックマンは、深刻な顔をして


「顔と身体はかなりドンピシャなんだよ」


 最低な事を口走り始めた。


「私、風呂で見ました...結構、もう! 中々ボインで!」


 それにドロシーも乗っかる。


「そんなシャリアにまだ言われてんだろ。セックスだって。ヤって来いよ。童貞卒業してこいよ」

 

 ブフッとカズマは吹き出し咳き込む。


「あ、あんたらよくも昼からそんな話が出てくるな」

「何言ってんだ。世界は男と女、異性間の愛、そしてセックスという快楽で作られてるんだぜ?」


 もう真面目に聞くのはやめよう、カズマは黙々と食事を続けるのだった。



 パイロットの一日は訓練や出動さえなければ暇なものだ。

 時折何かやってる風に見せなければならない時は、部隊総指揮を担当する強面のハリソン少佐がありがたいご高説をくれる。

 

 そして今日は暇な一日であった。


 昼食後の空は晴れ渡り、基地のマスコット、茶色と白の柴犬(カチコミ丸)は穏やかに格納庫横で日光浴。

 バスケ、アメフトやらラグビー、射撃大会とアクティブな連中は活発に騒いでいる。


「ふむ」


 そんな中、作業着に白衣を羽織ったシャリア少尉は何故かサッカーをする連中がいるフィールドのど真ん中で顎に手を当て物思いに耽っていた。


「ちょっと! 邪魔だって!」

「少尉殿!」


 サッカーを続けたい連中はシャリアにそれぞれ文句を言うのだが彼女は全く意に介していない。


「あ! 来た!」一人が駆けつけたカズマを見て叫ぶ。

 彼らはどうにもならない、とシャリアと仲の良いカズマを呼びに行っていたのだ。


「少尉頼むぜ!」

「任せとけ!」


 カズマは了解し、後ろ腰に刺していた新聞紙を抜くとそれを丸めシャリアの頭を叩く。


「ん...」


 そこでシャリアは目の前のカズマに気付き顔を向ける。


「アウチ」

「何がアウチだこのバカ! 来い!」


 カズマは慣れた手つきでシャリアを小脇に抱えるとフィールドを後にする。



「で、何してんだよ。サッカーしてる連中のど真ん中で」

「たまにあるんだよねぇ。人の喧騒の中にいる方が考えがまとまる時がね」

「だからってワザワザサッカーの妨害する事ないだろうが!」


 二人はフィールドを後にし、人の少ないアームギア格納庫へ。

 ガリア3が並ぶ格納庫隅のベンチに並んで座る。


「...ねぇ、例えば、いや、そうだね。ふむ」


 何か言いたげ、しかし言葉のまとまらないシャリアは悩みながら口籠る。


「君、さぁ...」

「あ、ああ」


 彼女の真剣な眼差しが向けられカズマは少し動揺する。


「戦場で変な体験をした事はあるかい?」

「変な? 幽霊がどうこうとか?」

「いや...オカルトの類かな」

「は、はぁ」


 普段シャリアはこんな変な話はしない、彼女はオカルトの類など全く興味がないのだから。


「いや...悪い、経験は無い」

「そう...」


 答えは分かりきっていた、そんな表情のシャリアは続ける。


「知恵の実って言葉に聞き覚えは?」

「聖書だったか」

「だよね」


 表情は変わらない、彼女の望む答えではないらしい。


「君は疑問に思ったことは無い? アームギアって兵器に」

「疑問も何も、兵器システムだろう」

「でも文明崩壊前ってこんな機動兵器は夢物語だったんだよ」

「そりゃ文明が滅んで100年も経つんだし」


 そうかい、彼女はカズマに興味を無くし立ち上がった。

 アームギアで出て来て20年。

 今まで疑問に思わなかった彼女だが、既存の兵器システムへ疑問を持ち始めていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖域のヴァルキュリエ @GBOY17

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ