第5話  母と娘とその彼と

 昼休み、娘からのLINE。

 娘〈仕事終わりに 待ち合わせ しようよ〉

 母〈了解〉

 娘〈お店の 情報 送るね〉

 久しぶりに、娘とのデート。

 あの子も、社会人2年目。

 どんな店を選んだのか、楽しみでもある。

 今日のクリニックは、終業間近に込み合うこともなく、すんなりと終わった。

 スマホを頼りに、店へと向かうと、え?…ここ?立ち呑み屋?

 我が娘にしては、意外な場所を選んだなと、ぼんやりしていると、大学生らしき男の子が、じっとこっちを見ている。

 両手には、買い物袋がぶら下がっていて、その袋からは、ネギのあたまがのぞいている。

 やおら男の子が「いらっしゃいませ~」とのたまいながら、店の中に入っていく。

 あら、アルバイト君だったのね。

 男の子は、店の奥に入り、買ってきたものを、冷蔵庫へと整理している。

 店の中は、5~6人も入れば、いっぱいになってしまうような狭さで、年季の入った柱が、いいツヤを出していた。

 店を観察していたら、「お客さ~ン、入んないの?」と男の子。

 あ!っと思って入ろうとしたら、たたらを踏んでしまった。

「大丈夫?こういうとこ初めて?」

 へ?年上にむかって、小僧がため口?

 と思っていたところへ、「ママ?」

「え?まつりちゃんのママなの?やべえ。俺、失礼なくちのきき方しちゃった」

「とにかく、入ろうよママ」


 娘とバイト君は、かなり親しげに話を交わし、お酒もどんどん進んでいく。

 これは、ひょっとするとひょっとするのか…?

「ママさん、飲んでます?まあ、無理して飲むもんでもないけど。おなか空いてないですか?サービスしますよ」

 と言われたところで、はた、と気づいたので、聞いてみる。

「店主は、今日はお休み?」

「いや、ここって、自分の店っす」

 へ?てっきりバイト君だと思ってた…。

「あら、ごめんなさい。大学生ぐらいの年にみえたから」

「ん~、でも俺、まつりちゃんと同い年ですから」

「え?その若さで、経営者?」

「といっても、先代が、常連だった俺を、指名しただけなんだけど」

「いや、指名されたからって、そうは簡単に継がないでしょ?」

「う~ん、まあ、こう見えて、いろいろあったんで」

「ママ、彼はね、法学部の出身なんだよ」

「いいよ、そんな話しなくて」

「えぇ~?」


 その話は、おそらく、二人がめでたく結婚!という時にするのだろう。

 忠告したいことは、山ほどあるけど、自分たちで気が付くのも、勉強のうち。

 こちらから、聞きたいことも、山ほどあるのだけど、そこは、年増女としては、無粋な真似は、できない。

 若い時は、よくも悪くも、周りが見えていなくて、夢中になれる。

 若いからこそ、体験できることも、たくさんある。

 いつもいいことばかりとは、限らない。

 でも、自分で選んだほうを、正しいと信じて進んでいくしかない。

 私にも、まだまだ母としての役割が、たくさん待ち受けているようである。


                       つづく


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クリニックの待田さん あしはらあだこ @ashiharaadako

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