影は僕が踏んでおくから、そのまま生きていいんだよ。
久々原仁介
影は僕が踏んでおくから、そのまま生きていいんだよ。
小説を書くことが好きでした。
誰とも話さなくていいから、好きでした。
友達をつくって、遊び、笑い合うという、子どもらしい営みが僕にはどうしても遠かった。しかし、それでいいと思っていました。ひとりでいると自分が尊重されている気がした。
漫画や小説が好きでした。本が好きでした。両手を使うから。他に何もしなくていいから。現実とは違う世界にいけるチケットだと思っていました。いつの間にか、片手にメモ帳をもって僕の好きな言葉だけを集めて何度も読み返しました。
本や、小説を書くことはは僕にとって、孤独でいることを赦してくれるための免罪符でした。それでも、僕は決して本だけがあればいいとは言えませんでした。
成長とともに、僕は寂しさを感じ始めていました。十年後、僕はこの人たちの記憶に残っているだろうかと考えることが増えました。
自らさえも貫き通せない弱さを、赦そうと思ったときもありました。人と関わり合い、その喜びが欲しいと心の底から願った日もありました。
それでも僕は、終ぞその喜びを手にすることはありませんでした。周りが悪いんじゃない。誰もが僕を見捨てたわけじゃなかった。何人もの人が歩調を合わせてくれようとしました。
しかし僕は、ずっとひとりで歩いてきたから、それこそが誇らしいという馬鹿な勘違いをしたまま、歩いてきてしまったから。自分の歩調を誰かに合わせることができなかった。
お前はそういう「化物」だと言われました。
僕が悪かったんだろうと思います。
生きている、僕だけが悪かったんだ。
人の目を見るのが怖かった。汚い心を見抜かれたくなかったから。
人と話すのが怖かった。予想のつかない言葉ばかりに傷付くから。
人に触られるのが怖かった。感情が肌を通じて分かるのが恐ろしかった。
逆に、人に傷つけられると安心した。その程度の価値の人間なんだと、教えてもらえることが嬉しかった。僕は、僕のことがきらいな人が好きだった。そう言い聞かせた。人生をずっと幸せな感情で満たすことは僕にはできない。それを受け止める器が僕にはなかった。
例えば、そんな善人がいたとして、そんな言葉や文字をもらったとしても、僕はきっと信じることができないだろうと思います。
だから、小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
僕は小説を書いた。
毎日のように書いた。泣きながら書いた。
それだけが、僕が世界に関わる術だった。
みんなの当たり前が、僕にはほんとに遠かった。
神様は残酷だと思った。
一番欲しいものは、手に入らないようにできている。
ときおりSNSで流れる、誰も傷付くことのない優しさだけを詰め込んだ世界はひたすら僕の心を重くさせた。目にするたびに、あんなものは偽物だと思った。それでも、本当は心のどこかで羨ましかった。
僕の、好きな言葉をまとめたメモ帳は、今でも人を傷つける言葉ばかりが浮いている。
心の底から恥ずかしかった。
あれだけ、孤独を誇っていた自分が、誰かと関わりたいと筆を執る。その惨めさが、段々と僕の心を殺していく。
ここ数年、ずっと書くのが苦しかった。
この弱い心のどこに力を込めて書けばいいんだろうか。
誰かに「お前は手遅れだ」と言ってほしかった。「人と関わる資格なんてない」と、はっきり言って欲しかった。そしたら、もう、書かないから。誰かと関わりたいなんて思わないから。
違う。
本当は、誰かと関わりたかった。
人と関わりたい、心を通わせたい。そう思う自分を、認めてほしかった。自分が自分を赦せるようように、なりたかった。この綻んだ心のどこかに、その答えとなる言葉があると信じて、僕は1冊の作品を書いた。
それが「海のシンバル」という小説だった。
もしかすると、僕の求めるものは手に入らないのかもしれません。
それでもいいと、いま、僕は思うのです。
たとえ自分が、明るい道を歩くことができなくても、僕の本を読んでくれた誰かが、その一歩を踏み出すための部品になりたいと、つよく思うのです。
影は僕が踏んでいるから、そのまま生きていいんだよ。
そして、今日も書くのです。
「久々」に見渡す海「原」が、「人の心」に宿す青を、僕は綴る。
久々原仁介として、君が飛び立つ羽になる。
ただ、僕を見てくれ。
この弱い、僕を。
影は僕が踏んでおくから、そのまま生きていいんだよ。 久々原仁介 @nekutai
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