9.泣いてよ。


 この日のために準備はしていたはずなのに

 練習通りにはいかないものだね

 あなたの気持ちを考えるの忘れていた


 昔から本番に弱くてさ

 嘘じゃないよ

 独り 舞台のすみっこで

 ひざを抱えて肩を震わせていた


 言い出したら止まらないくらいの

 好きは伝えられるのに

 あふれ出したら止まらないくらいの

 想いは胸の奥に落ちてゆく


 あぁ あかね色の空があなたの影と重なって

 独りで帰れない駅への道

 あぁ いつもの演技なんてできなくてさ

 唇と指が熱を待っているんだ


 戻らぬ日々がまた一つ

「サヨナラ」の中で過ぎていくよ




 あの日宿した後悔は飲み込んだはずなのに

 早々 忘れることなんてできないね

 あなたのにおいが染み込んで離れないんだ


 望んでいた未来には遠くてさ

「そうじゃないよ」

 独り 部屋の真ん中で

 鏡を抱いて会話の真似していた


 書き出したら止まらないくらいの

 日記はつけているのに

 読みだしたら止まらないくらいの

 思い出なんて数ページだけ


 あぁ 勿忘草わすれなぐさの花がすきま風と重なって

 冷めてしまったコーヒーカップ

 あぁ 嫌いだった味なんて飲めなくてさ

 わたしまだ大人になんかなれないよ


 いつもの明日にまた一つ

「サヨナラ」の言葉繰り返すよ



 心の隙間さえ涙は休むことさえ許さない

 あふれた時にあなたの感情をつかまえて

 今すぐ伝えなきゃ 伝えなきゃ



 あぁ 凛と鳴る三日月がわたしの影を照らしてく

 走り出すつま先と駅への道

 あぁ いつもの演技なんてしなくていい

 わたしもう子供なんかじゃないんだね


 いつもの明日と別れるため

「サヨナラ」の意味を知っていくよ


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