第2話

「なんだ、お前かシュリ・マクシス」

 大男がニヤニヤしながらナンパ男……シュリを見た。


「相変わらず弱いもんいじめか、ブライ」

 シュリが言い返す。


 ブライ、と呼ばれた大男はキッとシュリを睨んだ後、すぐに破顔し、

「いじめ? まさか! 俺はこの子たちの身を案じて言ってやったまでさ。ドラゴン討伐だぞ? ゴブリンじゃない」

 大袈裟に身振り手振りを交え語ると、またしても周りがドッと沸く。

「大体、ランクBにも達していない子供と、誰がパーティーを組むんだ? そんなもの好きいるわけないだろう?」


 ブライの言うことは尤もだった。ドラゴン討伐に向かうのに、ランクCなど論外だ。最低でもSランク平均のパーティーでなければドラゴンは狩れない。あくまでも目安、ではあるのだが。


「物好き……か」

 トビーが立ち上がり、言った。

「確かに仰る通りです。俺も、妹もレベルはC。ドラゴンなんて相手にするのはとても無理かもしれない。でも、それでも行かなきゃならないんだ……俺たちにはどうしても賞金が必要なんです! 村を救うためにっ」

「トビー……、」

 リリーナが俯き、呟く。


「賞金稼ぎたいなら、ギルドで地道に稼ぐって方法だってあるぜ?」

 シュリが言うと、トビーが激しく首を横に振る。

「そんな時間はない! ないんです!」

 訳アリなのだろう。

 しかし、それはここにいる別の誰かだって同じことなのである。トビーだけが特別ということにはならない。


「なんだよ、辛気臭ぇな。ともかくここはお前らのいるような場所じゃねぇんだから、とっとと出てけってぇの」

 ブライが手をひらひらさせる。

 冷たい視線をいくつも浴び、リリーナは悔しそうな顔で俯いている。トビーはグッと唇を噛み締めていたが、静かに歩き出した。


「おっと、お客様のお帰りだ! みんな、道を空けてやれ~!」

 ブライが茶化すと、それに倣って周りの人間が笑いながら手を叩き、道を空けた。手拍子に合わせて進んでいくトビーとリリーナの顔は暗く沈んでいる。そんな二人の前に、シュリが立ちはだかった。


「パーティー組めればいいんだよな?」

「……え?」

 トビーが顔を上げる。


「はぁぁ? どうしたシュリ、誰も組んでくれないからって自棄やけになったかぁ?」

 ブライが声を上げる。

「うるせぇ! 外野は黙ってろ!」

 シュリが一喝する。そしてもう一度トビーに向き直り、じっと目を見て、言った。

「俺と組むか? お前たちがその気なら、だけどな」

「あなたと……?」

 シュリが首を傾げる。

「お互い何も知らねぇが、これも縁だろ」


「こりゃいい! 聞いたかみんなっ、かの、シュリ・マクシスが子供二人とパーティーを組むとさ!」

 場がドッと湧く。

「おいおい、でもまだ足りねぇぞ? あと一人いないとパーティーとしては登録できないんだぜぇ? おい、誰かこのパーティーに入りたいってやついるかぁ~?」

 ぎゃはは、と笑いが起こる中、ズイ、と一人の男が前に出る。厳つい体に切れ長の目。四十を過ぎた辺りだろうか。静かな狂気、のようなものを感じる。ざわつく店内。


「俺が入る」


 その言葉を聞き、その場がシン、と静まり返った。

「……おい、マジかよ」

 ブライが顔を引き攣らせた。

 シュリは男の顔を見て、首を捻る。見たことがある気がするが、思い出せないのだ。


「どうだ、構わないか?」

 訊ねる男に、シュリが、

「ああ、俺は別にいいけどよぉ」

 と答え、トビーとリリーナを見る。二人は顔を見合わせ、しかし小さく頷き合うと、

「お願いします!」

「よろしくお願いしますっ」

 と揃って頭を下げた。


「よ~し、決まりだ!」

 シュリが受付から紙を受け取り、その場でさらさらと名前を書く。それを双子に渡し、名前を書かせる。最後に男に紙を渡すと、男は『アシル・バーン』とサインした。

「アシル……ああああ!」

 シュリが仰け反る。

「あんた、アシルか!」


 アシル・バーンといえば有名なテイマーだ。最近はあまりその名を聞かなくなっているが、数年前はギルド荒らしとまで言われていた力のあるテイマーの名だった。

「あんたほどの人が、なんで……」

 シュリの問いには答えず、アシルは申込用紙を受付に差し出す。

「これでいいな?」

「え? あ、はい……」

 驚きながらも、受付嬢が用紙を確認し、受理した。

「これで手続きは済んだ。行くぞ」

 アシルがそう言って三人を見、出口へと歩き出す。その後ろを、不安そうな顔で双子が付いていく。怪訝な顔でシュリが続いた。


 四人が姿を消すまで、中の人間はただ黙って見送ったのだった。


*****


「あ、あのっ」

 足早に歩き続けるアシルの背中に向け、トビーが声を掛けた。が、アシルは振り向きもしない。

「えっと、アシル……さんっ!」

 今度はアシルが歩みを止める。顔だけを向け、『なんだ』と返す。

「あの、ありがとうございましたっ」

 トビーが頭を下げ、リリーナが続く。


「礼を言われるようなことじゃない」

「でもっ、俺たち全然レベル低いし、なのに一緒にパーティー組んでいただけるなんて」

「それはそっちのにーちゃんもだろ?」

 シュリを顎でしゃくる。

「あ、はい! お二人とも、本当に、」


「なぁ、アシルさんよぉ」

 シュリがトビーを押し退け、前に出る。


「アシル、でいい」

「俺もシュリでいい。……で、なんでまた、手を挙げたんだ?」

「それはお前もだろう?」

「……それは、まぁ、そうだけど」

 ごにょごにょしながら言い淀む。


「あの!」

 間に割って入るトビー。


「あの、せっかくなので自己紹介しませんかっ? 俺、トビー・チャドです。歳は十六で、こっちが、」

「リリーナ・チャド、魔法使い……です」

 おどおどしながらリリーが続いた。

「俺たちは双子で、どうしても賞金を手にしたくて参加を決めました。あの、まだランクも低いんですが、迷惑かけないように頑張るのでよろしくお願いします!」

「お願いします!」

 二人の勢いに乗せられ、アシルが口を開く。


「俺はアシル・バーン。テイマーだが、ほとんど役には立ちそうもない」

「は? なんで?」

 思わず聞き返してしまうシュリ。

「あんた、あの有名なアシルだろ? ランクSSじゃなかったか?」

「えっ?」

「ええええっ?」

 双子がアシルを見上げる。


「……ランクなんて意味ないだろ。今の俺は廃人同然だ。テイムしてる獣もいない」

「え? いない? まさか!」

 聞いた話ではあるが、とんでもなく強い魔獣を持ち歩いている、という噂や、ドラゴンテイマーを目指して旅に出た、などと言われているような人物なのだ。

「そのまさか、だ。討伐に向かう前に魔獣をテイムするところから始めないとな」

 自嘲気味に笑う。


「で、お前は?」

 アシルに促され、シュリが姿勢を正す。


「シュリ・マクシス。ブライのパーティーを追放されたばかりの、吟遊詩人だ」

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