第3話

「吟遊……詩人?」

 トビーが聞き返す。


 確かにそういうスキルがあると聞いたことはあるが、実際に会うのは初めてだ。吟遊詩人とは、言葉を操るスキルであると共に、昔語り……つまりは知識系、情報屋のような側面も持っていたような気がする。


「さっき突っ掛かってきたブライとは、半年ほど同じパーティーにいたが、最近追い出された。俺は役に立たないとさ」

「役に立たない?」

「俺抜きでも充分やっていける。何ならもっと役に立つメンバーが欲しいってことで、俺を追い出して若い僧侶を囲ったみたいだな」


「ああ、あんたが噂の……」

ぽそっとアシルが呟く。

「口男?」

 トビーが聞き返した。


「ったく嫌な響きだぜ、口男、なんてよぉ」

 シュリが頭の後ろで腕を組んだ。

「俺のスキルはちょっと珍しいからな。言葉で仲間の能力を上げるんだ」

「スキルアップ……ですか」

「ま、そういうこと」

 魔導士の補助魔法に似ている。


「少し前にどこからともなくふらりと現れ、口で食ってる口男だと聞いたが?」

「そう呼ばれてるのは知ってるが、実際はそんな大したもんじゃねぇ」

「口男は伊達か」

 アシルが淡々とした口調でそう話す姿がなんだかツボに入ってしまい、リリーナが笑い出した。

「え?」

 笑われたアシルが焦った顔をする。

「俺は何かおかしなことを……?」

 真面目に慌てている様子を見、更にリリーナが笑う。我慢できないのか、口に当てた手から声が漏れ始める。


「ぐふっ、口男、あはは」

 そんなリリーナを見ながら、トビーが呆れた顔で言った。

「すみません、リリーナはゲラなんです」

「……ゲラ?」

 眉を寄せ、アシルが首を捻る。

「ええ……いわゆる笑い上戸、ですね」

「あはは、ごめっ、ごめんなさいっ、でもアシル様ったら真面目な顔でっ、口男、口男って。なにその口男って! ぷぷ、」


 そんなリリーナを見、シュリがにこやかに

「お嬢ちゃん、笑うと可愛いじゃない」

 とリリーナに話を振る。すると、一瞬で真顔に戻るリリーナ。

「お嬢ちゃんってなんですか? そういうの、やめていただけます?」

 キッとシュリを睨み付けた。

「えええ? あれぇ? さっきまでとキャラ違くなぁい?」

 シュリがトビーの後ろに隠れるようにして対峙する。


「で、どうする? 組んだからにはある程度お互いの力を知っておいた方がいいと思うんだが?」

 器用に片方の眉だけを上げ、アシルが三人を見た。

「おっ! それいいねぇ。行くか!」

 シュリがパン、と手を叩いた。

「行くって、どこへです?」

「そりゃ、もちろん!」

 シュリがピッと指をさす。その先に見えるのは……、


*****


 魔物の森、と呼ばれている場所。


「そっちだ、トビー!」

「はい!」

 剣を振り回し魔物に斬りかかる。そんなトビーを背後でリリーナが援護する。アシルはさっきテイムしたばかりのブラックウルフを使い、目の前のワームを無力化する。

 ブラックウルフを、しかもテイムしたてでここまで使いこなしてしまうのだから、やはり只者ではないな、とシュリは思った。


 かくいうシュリは、スキルを発動させることなく皆の戦いを見ていた。

 トビーは発展途上だが、筋がいい。動きが俊敏で反応が早い。まだ体は小さいが、実戦を続ければどんどん強くなるだろう。

 リリーナは一見大人しそうに見えて、とても積極的で、攻撃的だ。トビーを援護しながらも、隙を見ては攻撃を繰り出している。こちらも成長は早そうである。

 が、問題は時間がないことだ。ドラゴン討伐はすぐに始まる。あと数日で仕上げるというのはさすがに無理があった。


 それに……、


「あのオッサン、本気出さねぇな」

 アシルだ。

 伝説とまで言われたテイマーでありながら、ブラックウルフ一匹しかテイムしていない。さすがにこれでは戦力としては弱すぎる。


「おい、お前は何もしないのか、口男?」

 何もせず口ばかりのシュリを見て、アシルがムッとした顔をする。

「ヒーローは最後に登場するって決まってるんだよ!」

 シュリはへらへらとそう言い放ち、

「ほら、トビー次が来てるぞ!」

 と指示だけを出す。

「うわっ」

 トビーが足をもつれさせ膝を突く。隙だらけの状態のところにワームが飛び掛かる。大人の背丈ほどもあるワームが団体でやってくる様子は、大分気持ちが悪いものだ。


「ファイヤーウォール!」

 リリーナが追撃し、焼き払う。が、リリーナもだいぶ疲れてきているようだ。ふい、と横を見ると、アシルはシュリ同様、何もせずただ二人を見ていた。


「おいオッサン、加勢しろよ」

「その言葉、そのままそっくり返す」

「俺はオッサンじゃねぇ!」

「三十越えれば同じことだ」

「チッ、」

 シュリが舌打ちで返す。今年、三十一歳だ。


「今日はそろそろ終わりでいいだろう」

 アシルがブラックウルフに命じる。

「アシル・バーンの名において命ず。ヴァング! ワームを殲滅せよ!」

 アシルがそう口にするや否や、ブラックウルフが駆け出す。そのままワームに飛び掛かると、片っ端から食いちぎってゆく。


「ひょ~、圧巻」

 シュリが手を叩いた。トビーとリリーナは呆気にとられその様子を見ている。さっきまでと動きが違う。たった一匹のブラックウルフが、数十はくだらないワームをあっという間に片付けてゆくのだ。その力、スピード、どれを取っても素晴らしい働きであり、これは単に『ブラックウルフをテイムした』だけのことではない。個体として最高のブラックウルフを選別し、従わせているということだ。

「やっぱ只者じゃないんだな」

 シュリが呟く。


 すべてのワームを無力化させ、ブラックウルフがアシルの元へ戻る。

「よくやった」

 ぽす、と頭を撫でると、ヴァングが気持ちよさそうに目を細める。それを見ていたリリーナがソワソワしながら近付き、

「あ、あのっ。触っても大丈夫……ですか?」

 とアシルに聞いた。

「……まぁ、大丈夫だが」

 返事を聞くや否や、パッと顔を輝かせ、ブラックウルフに手を伸ばした。


「ヴァング、はこの子の名前……ですよね?」

 アシルがそう呼んでいたことを思い出し、訊ねる。

「ああ、そうだ」

「ヴァング……」

 名を呼び、手を差し出す。ヴァングはリリーナの手に鼻を寄せ、匂いを嗅いだ。そして危険がないと判断したのか、ペロリ、とリリーナの手を舐める。

 リリーナは手を伸ばし、ヴァングの頭を撫でた。

「へぇ、怖くないんだな」

 シュリが意外そうに言うと、ヴァングの耳がピクリと動き、小さく唸り声を上げた。


「……来る!」


 アシルが振り向き構える。トビーがつられて振り向くと、地鳴り。続けて森の奥から大型の獣の足音が聞こえ……、


「あれって……ニードルベア!?」

 全身を鋼の針の毛で覆われた巨大な獣が走ってくるのが見えた。

「おい、どうするシュリ!」

 アシルの呼びかけに、シュリがニッと笑った。

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