吟遊詩人は好敵手

にわ冬莉

第1話

 町のギルドには驚くほど多くの人間が集まってきていた。


『ドラゴン討伐のお知らせ』


 という張り紙が国中に張り巡らされてから十日が経つ。そして申し込みが、今日から開始されたのだ。

 報酬は金貨三百枚。そして国王との謁見、祝賀会の参加。

 力ある者、一獲千金を狙う者、名を馳せたい者、動機は様々だが、大半の者は金貨狙いだろう。そんな輩がこぞってこの場所へと集まってきているのだった。


「え? 駄目なんですかっ?」

 トビーは受付で声を上げた。やっと順番が回ってきたにもかかわらず、出した書類を見るなり受付嬢に渋い顔で受理できないと言われてしまったのだ。

「応募項目、ちゃんと読んでくださいね。申し込みはグループで。四名もしくは五名。代表者は成人以上であること。ちゃんと書いてあるでしょ?」

 そう言われ、申込書を押し返される。


「そんな……、」

「どうしても申し込みたいのであれば、ここに集まってる誰かに声を掛けてみては? 結構みなさん、そうやってグループ組んでますから」

「……はぁ」

「次の方!」

 無情にも受付を追い払われる。まだ、助言をしてくれただけましだろうか。

 双子の妹、リリーナが不安そうにトビーを見る。

「心配すんな」

 トビーはそう言って周りを見渡す。


 屈強な男たち……剣士や格闘家、法衣を纏った魔導士、杖を手にした魔法使い、獣を連れ歩いているのはテイマーだろうか。この中から誰か、自分たちと組んでくれそうな人を見つける。


 トビーは剣士、妹のリリーナは魔法使い。とすれば、組むべきは魔導士か、格闘家……弓使いや僧侶でもいい。が、いかんせんこちらはまだまだ駆け出しの若い剣士と魔法使い。どう声をかければいいのか、トビーは考えを巡らせる。


「はいはい、ごめんよ~、俺が通るよ~! お! 可愛いおねぇさん、もしかして剣士ぃ? いいねその甲冑! セクシーだし似合ってる! で、ドラゴン討伐だろ? どうよ、俺と組まない?」


 キラーン、という擬音が出そうなポーズで親指を立てる賑やかしい男の姿を見つけ、トビーとリリーナが思わず視線を向ける。

 声を掛けられた女性は眉間に皺を寄せて、

「は? 組みませんけど?」

 と即答していた。


「ええ~? なんでよ! 俺、結構役に立つぜぇ? おねぇさんの力……そう、まだ眠ってる未知なる力をググ~ンと引き出してあげちゃうんだけどなぁ~? ねぇ、ダメ?」

 最後の『ダメ?』は可愛らしく組んだ手を右耳近くに当て首をかしげるというポーズ付きである。言わずもがな、女性の眉間の皺は、どんどん深くなっていった。

「気持ち悪っ」

 そう吐き捨て、去って行った。


「ちぇ、冷てぇな」

 後ろ姿を見つめながら呟くと、次の瞬間、

「おお! そこの麗しの君!」

 と片膝を突き、別の女性に声を掛けていた。


「……すごいな、あの人」

 トビーの言葉に、リリーナも大きく頷いた。

「おい、あいつって……、」

 トビーたちの後ろで、コソコソと話をしている魔法使いと剣士がいる。目はあのナンパ男を追っているようだ。

「だよな、やっぱり!」

 くすくすと侮蔑的な笑いと共に顔を歪ませる二人。


「パーティーから追い出された、って聞いたけど、なんでここにいるんだ? まさか新しいメンバー探しに来たのか?」

「賞金目当てだろうな。でも新しい仲間を探すってのは無理じゃないのか? だってあいつのスキル……」

「だよなぁ」

 どうも彼はどこかのギルドを追い出されたことで、新しいメンバーを集めているということのようである。が、


(声、掛けづらいよな……)


 パーティーを組む相手がいれば誰でもいいというわけではない。目標は大きく、ライバルも多い。なるべくならのだ。が、


「無理!」

 男がまたフラれている。

「ええいっ、誰か俺と組みたい奴いねぇのかよ~? いい仕事しますよぉ~っと」

 誰彼構わず声を掛けては断られる、を繰り返す男。ぼさぼさの頭。ボロボロの衣服。剣を下げていないし杖も持っていない。


「……あの!」

 トビーは意を決して声を掛けた。メイスを手にした屈強な男に、である。


 男はチラ、と視線だけを下に向け、低い声で『あん?』と答える。

「あの、もしまだパーティーを組んでいらっしゃらないのでしたら、僕たちと組みませんかっ? 僕は剣士で、妹は魔法使いなんですけどっ、」

 勇気を出してみたものの、声を掛けられた男は二人を一瞥し、鼻で笑った。


「ハッ! お前らと、かぁ? おいおい、ままごとの相手探してるんじゃねぇんだぞ? これが何の集まりかわかってここにきてんのかよ? ドラゴン討伐だぞ? お前ら、ランクいくつだ? Fか? Eか?」

 バカにするように、そして周りに聞こえるような大きな声でそう口にする。トビーが拳を握り締め、

「これでもCプラスですけどっ」

 と言い返すと、一瞬の間の後、話を聞いていたであろう、周りにいた人間が全員、声を上げて笑ったのだ。


「まさかだろ! ここに来てる面子は、最低でもBランクプラスだぞ? それだって数える程度で、ほとんどがAで、Sもいるってのに!」

「ほんと、ビックリだわぁ! あんたたち、危ないから帰りなさいよぉ」

 弓使いらしい女性も笑いながらそう言ってくる。

「おうちに帰ってママにミルクでももらいなって、にーちゃん!」

 体の大きな男にバン、と背中を叩かれ、トビーの体が大きくつんのめり、膝を突いた。


「トビー!」

 リリーナが駆け寄ると、また、周りから笑い声が聞こえる。トビーはグッと拳を握りしめ床を叩いた。悔しさに唇を噛み締める。


「──笑うな」


 地の底から響くような声が聞こえ、トビーが顔を上げた。自分ではない。誰かが発した声は、怒っている。トビーと同じように。


「誰だ、今のはっ」

 大男が見渡すと、


「俺だよ」


 不機嫌そうに目を細め大男をめ付けているのは、さっきのナンパ男だったのである。


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