第2話 「ようこそ、わが家へ」

「と、いうわけで……ようこそ、わが家へ」


 そう言って大げさに両手を広げ、来訪者――プルチラを歓迎する。

 といっても、所詮借りたアパートの一室でしかなく、二人で住むには微妙に手狭な印象を受ける。広げた両手も、狭い廊下のせいで腕の角度が急だった。肩が痛い。

 俺の肩が悲鳴を上げ、腕がプルプルと震え始めた頃、歓迎された当人であるプルチラは大きく息を吸うと――


「いや、アンタの家きったな!」


――と、叫ぶのだった。

 あまりにも大きな声だったので、狭い通路に反響してちょっとエコーが掛かっている。正直、近所迷惑なのでやめてほしい。

 

「おいおい、そんなに喜ぶなよ」


「喜んでないわよ!」


「いちいち反応がうるせぇな……」


 ちょっとからかう度にピーチクパーチク叫ぶものだから始末に負えない。

 声も幼女特有の甲高い声なので、耳がキンキンする。

 俺はプルチラが未だ何か喚いているのを聞き流しながら、家の間取りの説明を始める。


「こっちがトイレ、そんでこっちが風呂。好きにお湯張ってもいいけど、風呂掃除はしっかりやれよ。この部屋は――」


 補足なども加えながら、淡々と説明し、ブルチラは最初は不服そうな顔だったものの、今では真剣に話を聞いている。

 悪魔だが、根は真面目なのかもしれない。なんで悪魔やってんだ。


「そりゃ、私のお母さんとお父さんが悪魔だったからでしょ?」


「急に心読むじゃんお前。いやまあマジレスしたらそうかもしんないけど、なんて言うか、その……悪魔にしては、いい子だなぁって」


「ナチュラルに子供扱いなのはムカつくけど……ま、ありがと」


 顔を微妙に赤くしながら、プルチラは伏し目がちに言う。こういうことを言っている時は、見た目相応に可愛らしいじゃないか。

 俺はまだ顔が赤いプルチラの髪をわしゃわしゃと撫でると、


「晩飯、買ってくるよ。何がいい?」


そう言って、できる限り優しく笑ってみせた。


△▼△▼△


「やっぱ、この時期のこの時間帯はゲロ寒いな……調子乗っていいところ見せようと、その場のノリで防寒着を着ずに外に出たのが悪かった」


 「ハァー」とため息をつき、その時に手をかざして、かじかみそうな手のひらを暖める。正直、こんなことをしても焼け石に水……熱いものを冷やそうとするという状況とは、まるっきり正反対だが。


「言葉遊びで気を紛らわせるのって、すげぇ虚しいんだよなぁ。この前も、オフィスで一人で深夜に残業してる時、ぶつくさ独り言ちて自我を保ってたんだけど」


 やっぱり今回も独り言ちて寒さに弱気だったり、虚しさを感じている心を慰めている。今家に帰って防寒着だけ取りに行くのも、なんというかプルチラに馬鹿にされそうで嫌だ。

 と、一人で何やらしている間に、コンビニに着いた。

 この深夜でも、なお光を発する店の看板。青と白、そしてミルクの瓶のようなマークが、煌々と存在を主張している。

 俺は光に吸い込まれる虫のように、店内に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませー」


 店内に入った瞬間、さっきまでの冷たく肌を刺す風とは違い、肌を優しく包み込むような温かい風が俺を迎え入れる。寒さに震えていた体も、今ではすっかり鳴りを潜めている。

 眠たげな店員の掛け声が狭い店内に響き、それにつられて俺もあくびが漏れる。

 深夜のコンビニは、人が少なく静かで、暖房によって適温に調節されているから眠たくなるのも仕方あるまい。

 俺は、このゆったりと落ち着いた空気が好きだ。

 暖かさに身を委ねていると、眠気が徐々に込み上げてくる。まどろみの沼に沈みかける、この丁度よい眠たさが、心地よくてたまらない。

 ウトウトしながら、プルチラの食べたがっていたアイスや、俺の食べたいものをカゴに入れていく。

 値段とか、細かいことは今は考えない。気の赴くままに、だ。


「お会計、二千五百円になりまーす」


「カードで」


 なんだか高めの値段が聞こえた気がするが、きっと気の所為だ。

 数円の大きなレジ袋、ずっしりと重くなったそれを手に持って、俺は店内を出ていった。


――外は、眠気が吹き飛んでしまうほどの極寒地獄だった。




「――た、ただいま……」


「なんで今にも死にそうなくらい這々ほうほうていなのよ……」


 極寒地獄をなんとか突き進み、やっとのことで家に着いた俺は、冷えた体のまま玄関からリビングまで這って進む。

 コンビニにいたときは、とても心地よかったのに、温度差で熱を出してもおかしくはない。出したとて、会社には行くことになるが。


「もう、しょうがないわね! 今からお風呂沸かすから、ちゃっちゃと体温めちゃいなさい!」


「おかん?」


「今の発言、おかんじゃないけど悪寒はしたわよ……」


 お、座布団一枚。

 プルチラは盛大に顔をしかめている。

 とにかく、風呂を沸かしてくれるのはとてもありがたかった。プルチラに「ありがとな」と短く感謝をして、俺は冷えた体を癒やすべく風呂場へと向かう。脱衣所で服を脱ぐと、冷えた俺の肌が更に外気に晒され、冷感が暴れ狂う。

 寒さにガタガタ震える体を無理やり抑えつけて、俺は風呂場のドアを開け放ち、その天国のような湯船に身を沈めて――!


「ぎゃああああああ!冷てえええええええええええええ!」


――温かな湯船かと思われたその水たまりは、正真正銘ただの冷水だった。


△▼△▼△


 暖房が部屋中を包み、外との結露が窓に水滴を作っている。

 暗い夜、まさに深夜の時間帯。対照的にまったく明るい室内で、過激な衣装を着た幼女が、固そうな床の上で正座させられていた。


「フフッ……えっと、その……フフフフ……」


「笑ってんじゃねぇよクソガキ、おいコラ、どういう了見だコラ」


 失笑してまともに受け答えもできてないプルチラに、青筋を浮かべながら俺は問い詰める。さっきから彼女はずっとこの調子で、俺の悲鳴が聞こえてきた直後なんて、腹を抱えて大爆笑し、フローリングの上を転げ回っていた。

 やばい、今思い出してもめっちゃムカつく。


「そのね……フフフフフフ……ちょっと、フフッ、イタズラしちゃおフッフフかなって……」


「話の途中でちょくちょく笑うなや。何が『イタズラしちゃおフッフフかな』や」


「ほんと、フフフ……ごめんなさい」


「笑いながら謝るなや!」


 結局彼女の笑いが止まることはなく、買ってきたコンビニご飯は俺一人で食べた。

 今晩は飯抜きだと知った彼女は、半笑い半泣きとかいう謎すぎる表情で俺に縋り付いてきたが、「笑ってるから嫌だ」というと、また半笑いで諦めて半泣き寝入りした。

 自分でも言っててよく分からないが、とにかく流石に笑い過ぎだと思った。


 次は、アイツに風呂を沸かさせるのはやめておこうと、心に固く誓った。

 

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クズ、悪魔っ娘を拾う。 あるままれ~ど @arumama_red_dazo

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