第38話 唯一の魔族の少年による復讐 弐/弐
「ふははははははははは‼︎よっっっっっわ‼︎」
「…………楽しんでるな」
王子相手に高笑いしながら剣を振る少年を見て、我は思わず呟いた。
あの剣は、恐らくシュクリス様が愛用しているカタナとかいう種類のもの。
たしか叩き斬るという感覚が近い剣とは違って、鋭い切れ味が特徴だと言っていたはず……まだ体が成長途中故に非力な彼には良い得物だろう。
現に、決闘は王子が向かってきてすぐに王子の得物を弾き飛ばして終わらせ、その後は鬼ごっこのような事をして遊んでいた。
城の中を逃げる王子の体を少しずつ死なない程度に斬って膝や肘の一ヶ所に正確に傷をつけ、回数を追うごとに深くなる切れ込みに沿って王子の動きに耐えかねた腕や足が千切れるように仕向けるという鬼畜の所業で動けなくしてから、傷口を焼いて失血死を防ぎ、この謁見室にもう一度連れて来た。
我が引くレベルの鬼畜とは……ブルートはアラゾニアやアフィスティアと仲良く出来るかもしれないな。今はあの二人を恐れているようだが、暫くすれば慣れて仲良くなるだろう。
「お前らっ‼︎こんな事するなんて一体何が目的だっ⁉︎」
「わ、私をこんな目に合わせるなんてっ‼︎万死に値するわよむぐぅ」
「誰が話して良いと言った?この塵以下の屑共が。黙っていろ。我は今忙しいのだ」
……見守り育てた可愛らしい子供の成長を見て、未来を想像して気分が良かったのに屑の聞くに耐えない声で台無しだ。
勝手に話した屑共の口を抑え、物理的に縫い止める。
もう一人、きゃんきゃんと甲高い声で喚いていた女は、一番最初に既に縫っている。
「〜〜〜〜っ‼︎〜〜〜〜〜〜〜⁉︎」
「〜〜〜ん゛ぃ゛ん゛ぎゃぁ゛っ‼︎」
「……」
うむ、女は静かになったから合格だな。
一番最初にうるさいと唇を切り取った上で口を縫った事で懲りたのか、随分と静かになった王妃とは違って、王女と王は痛みに顔を歪めて泣き、顔中べちゃべちゃになっているのにも関わらずずっと喚いている。
「静かにしろと何度言ったらわかる?我は支配するものが【死】である故に、回復系統の魔法は使えないのだ。……まだ主人様に殺害許可をもらえてないので、間違えて殺してしまうと困るのだよ」
そう言いながら二人に向かってだけ一瞬覇気を解放してやれば、アンモニア臭が広がってしまった。……血の匂いだけでも少々不快だというのにアンモニア臭か。
近づきたくない。……配下の奴らに任せるか?
いや、でも我が直接やった方がもらえるポイントは高いのか?
失礼致します、主人様。
こいつらを苦しめるのは配下の者でもよろしいでしょうか?痛めつけるのが好きな奴らがいますので、もしよろしければそいつらに任せたいのですが……。
『うん、別に好きにしたら良いよ。楽に死なせさえしなければね』
ありがとうございます。
必ず望む以上の結果を上げさせます。
『楽しみにしてるね』
そう言って念話を切った主人に心の中で頭を下げ、そのまま配下を呼び出す。
「「「お呼びでしょうか?我らが王」」」
呼び出しに瞬時に応えたのは、等身大の鎌ではなく鞭や小刀、中には爪剥ぎ機などというマイナーなものまで思い思いの武器を持った三つの人影達。
この国の人間の殲滅を任せた奴らとは違い、魂の扱いが雑で罪を犯した死者に責め苦を与える事を生業、そして生きる意味とする者達だ。
「我が主人がお望みだ。決して殺さず、決して楽にさせずに遊んでやれ。殺して良いという許可が降りるまでの間は遊べるぞ?いいか?絶対に、殺すな」
「「「畏まりました。我らが王の御心のままに」」」
膝をついていた三つの影がそう言うと共に立ち上がり、
一番小柄な奴が王女を担ぎ上げて最初に消えた。アレは確か魔物使いだったな。
そういえば以前、オークやゴブリンへの報酬に悩んでいると聞いた事があったな……ああ、なるほど。何をどうするのか想像がついた。オークの子ならともかく、ゴブリンの子は腹を突き破って出てきて母体を食するからな……なかなか悲惨だろうな。
二番目は王女を横抱きにした大柄な奴。我らのような存在の中では珍しく回復系の魔法も使える者だ。多分精神状態を回復させてからまた痛めつけるのだろう。
最後の奴は王を見て嫌そうに目を
お気に入り相手には少し手加減をして長く持たせる彼女だが、あの様子だと死なないギリギリを攻めるだろう。
ふぅ。これで邪魔する者はいなくなった。
小さく可愛いものが好きなのだが、いつもの仏頂面とこの大柄な体では普通だと怖がられて逃げられてしまうし、小動物の類も我の纏う死の気配にすぐに逃げてしまう為触れられない。
その為、例外である主人様とブルートを見守れる時間は至福極まりない。
我が一番人当たりがいいからとブルートとペアを組める事になったからには、我は彼の成長を見守ると決めているのだ。
「ゆ、ゆうふぃてくるぇよぉ……か、金ならいくりゃでもやりゅじょっ‼︎そえで良いだろぅっ⁉︎」
「なぁ、姉さんを殺しただろ?」
「ゆうふぃてよぉ」
「姉さんを殺しただろ?」
「いたいいぃぃぃ」
「姉さんを殺しただろ?」
「……たしゅけて」
「姉さんを殺しただろ?」
「……ふぁい」
「答えるのが遅い。次に関係のない事を喋ったら、その役立たずの耳と口を切り落とすからな」
先ほどまでの何処かパフォーマンスじみた動きがなくなり、ただただ己の為の復讐を始めた少年の背中を、静かに見守る。
彼は
誰かに見せる偽りの怒りではなく、ただ自分が整理をつける為に大切な人を奪った者に対して、悲しみや怒りという感情を全てぶつけて整理を付けていく、弱者として踏み躙られた者が見せる凶悪な獣の牙が剥かれるその瞬間。
彼女はそれを、非常に好むのだ。
「何故殺した?」
歯が何本も抜けているからか、なんと言っているか聞き取りにくい王子のクビに刃を突きつけた状態でブルートが訊いた。
我には無駄なものに感じられるが、彼には必要な事なのだろう。
「……」
「何故、姉さん達を殺した?」
黙っている王子に苛立ったのか、刃を更に押し付けてもう一度問うた。
このままでは埒が開かないと思ったので、我は王子に、そっと状態異常スキルの一つである【自白】をかけてブルートを支援する。
すると、王子はペラペラと話し出した。
「魔物だきゃりゃだよぉ‼︎俺りゃ人間しゃまに楯突く魔物にゃんて、殺処分しゅるのがとうじぇんだりょう⁉︎お前もだ。こにょ、害悪な、まもにょめ‼︎」
「…………そう」
静かに呟き、水平に刃を振った彼の声は、瞳は酷く凪いでいた。
「えぁ……?」
「最初からお前は、こうやって殺そうと思っていた。僕の【思考加速】はな、一秒間の認識を約一千倍に引き伸ばすんだ。失血や酸欠になりながらも薄れるまでに時間のかかる意識の中で、せいぜい苦しみ抜いて死ね」
唖然とした表情で転がった王子の首に向かってそう吐き捨てながら刃を鞘に納め、我の方を振り返ったブルーとの頭をいつものようにぐしゃぐしゃと撫でた。
「これで良かったのか?」
「はい……姉さん達が死んだこの国で、姉さんから教えてもらった技を使って奴の命を奪えたのですから。僕には何の後悔もありません」
「そうか。……なら帰ろう」
「はい‼︎」
王子の扱いについては、ブルートに一任されていた。
彼はここで決着をつけると決めて、そして王子を殺した。自身の納得できる方法で。
ならば、我であってもそれを否定する事は許されないし、しようとも思わない。
ただ、大きな決断をした少年の成長を喜び、この先も見守るだけだ。
彼が王子を殺した間に、この国の城下や辺境の街を破壊し尽くして瓦礫の下に埋まった赤子の命までも奪い終わった配下達に帰還を指示して、我はブルートの手を引いて主人様の元へと向かった。
『お前のせいだ』
『助けて‼︎』
『許さないっ‼︎』
『ふざけるなあああああぁぁぁぁぁぁぁああ‼︎』
縋り付いてくる霊の怨嗟の声を、ブルートに気付かれないようにそっと遠ざける。
まだブルートは知らなくて良い。
悪人には苦痛を、善人や赤子には安らかな死を死者の王である我からは送った。
苦しんだ者の声など、彼が気にする必要は微塵もないのだ。
全て彼らの自業自得なのだから。
善なる魂はいつの日か、主人様の世界で生まれ変わると良いだろう。
君達の恨みは、悲しみは……全て王である我が受け入れるから。
だが……王子の魂を指先でつうっと引っ掻きながら嗤う。
『ぐあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ‼︎』
嗚呼…なんと甘美な悲鳴だろう。一番楽しいのは主人様のような美しく可愛いものを愛でている時だが、悪人の魂を破壊した時の悲鳴ほど聴いていて愉しいものはない。
「オリギーさん、何かありましたか?楽しそうです」
「……何もない。早く帰って主人様に褒めてもらおう」
「?……はい‼︎」
お前のような薄汚れた魂は、煉獄の炎に焼かれて幾億の年月を苦しみ抜くと良い。
そう心の中で吐き捨てながら、王子を魂を煉獄に放り投げて再度歩き出した。
まさか主人様のところにあんな汚物を持ち込むわけにもいかないし、当然だな。
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